side 鏡堂 広太
「それ、許可取ったに入るの?」
斎藤が家に来て、先程の空の様子を話したら不安そうな顔をされた。
空は俺には反抗するけど、"友達"には友達としての態度を取るから何も心配要らないだろう。
「嫌だったら嫌って言うよ、多分」
「それもそっか。これ、空が好きなネギのおつまみ、店長が作ってくれたから部屋で食べさせるけどいい?」
ビニールの袋に入ったプラスチックパックの中には赤く色付いたネギと細切りのチャーシューを和えたものが詰められていた。
パックの中からでも刺激的な香りが漂っているから匂いを気にしてのことだろう。豆板醤ベースのおつまみなのか、ビジュアルはとても辛そうだ。
「それはいいんだけど、帰ってきてからほぼ何も食べてないからせめてキャベツとかの生野菜か炭水化物を食べてからにしてほしい。胃が荒れそう」
「軽く食べられるものある?」
「リゾットならすぐ作れる」
「完成したら教えて。待ってる間、優に数学教えてもらうから」
言い終わる前に居間で優雅に紅茶を嗜んでいる優の元へ行ってしまった。
いつメンたちの半数以上が優を「優」と呼ぶのに対し、俺のことはみんなが名字で呼ぶ。…なんか悔しい。空は100%「空」呼びだし、友達って感じ。
呼び方が全てでないことは百も承知だが、友達ほしい。
*
「じゃー、空と秘密の座談会してくるから、お坊ちゃんたちはそこで大人しくしてて。盗み聞きすんなよ」
簡単に作った和風リゾットを持たせ、空の部屋へ送り込む。空と仲がいい斎藤だからうまいこと布団から出してくれるかもしれない。
夏木や村尾も会いたがっていたから、ウチに呼べるまで回復したら、はなまる満点だ。
サッと家事を済ませて優と一緒に紅茶を嗜む。母さんが好きで集めていた紅茶。美味しいから飲んでみてねと全部置いて行ったんだよな。確かに美味しいけども。
「ティーポットもう一個ない」
「あるけど」
「飲み比べしたい」
相変わらず一定の抑揚で棒読みな優の、僅かな語尾の上がりを見逃さなかった俺を褒めて。
「コーヒーより好きかも。毎日美味しく淹れて」
「優は辛いものも食べられない子ども口だもんな〜」
「味蕾が全滅してるからって威張らないで」
高級茶葉の美味しさに酔いしれて顔がとろけている優に嫌味を言うと、シャキッと姿勢を正しながら反撃された。
全滅はしないだろ、さすがに。味覚ねぇじゃん。
「紅茶バーがあったら行こう」
「俺はコーヒーの方が好き」
「味蕾全滅」
「味を分かって好きって言ってんだよ。怒るぞ」
毎日カリカリ勉強しているだけの優が紅茶を飲んで満足気にしている姿はとても貴重。飲みながら勉強ならたまにやっているが、こうしてティーポットにお湯を注ぐ様をじっと眺めていることはまぁ無い。
しかもテスト期間だというのにこのクソ天才はノートを開きさえしない。斎藤に教えるのも口頭で簡単に説明していた。悔しい。
俺は今回、調子が悪いというのに。
「鼻に抜ける茶葉の香りを楽しみつつ…」
ご機嫌絶好調なのか、普段、滅多に言わない独り言まで言っている。
「濃厚ミルクで芳醇なミルクティーにしても…」
紅茶のためだけに買わされた特濃牛乳をちょびーっとだけ入れて。
「ん。美味しすぎる」
キラキラと幼い子どものように目を輝かせている。
こんなに幸せそうに飲んでもらえたら紅茶農園や母もさぞ気分が良いことだろう。
「コーヒーしか飲まないから持って帰れよ」
ずっと鏡堂家にいるからいつ帰るのかしらねぇけど。
「広太が淹れるからいいんじゃん。自分ではやらない」
「変わんねーだろ」
「お湯沸かしたり面倒だし」
「沸かすだけだろ」
「めんどくさい」
とんでもねーやつ。やっぱり勉強しかできない無能か。
「自分で自分を愛でるより、人に何かしてもらう方が満足度が高い」
夏の暑さが消えきっていない時期のホットティーは顔が火照るらしく、ぽっとピンク色になった頬を両手で包みこみ、微笑んだ。
「よって、広太が用意してくれる紅茶はカフェでお金を払って飲むものより満足できる」
優の頭の中には意味不明な方程式が完成していた。暑さで頭イカれたか。
「空に必要なのは、こういう見返りを求めないもの。簡単に言うと無償の愛だね」
可哀想な奴だと南無南無しようとしていたら、恐らく本題をふっかけられた。お話下手くそすぎないか?
「ウチに住まわせてるのは別に見返りを求めている訳じゃない。ただそこにいてくれたらいい」
「ん、知ってる」
「じゃあなんで言うんだよ。怒るぞ」




