追放された魔導術士の俺は監獄だろうと快適に暮らす
「……以上、100余りの罪状により、国家魔導術士ヴァレスを遠島監獄送りとする!」
「ふざけんな! 俺が今までどれだけ国家に尽くしてきたと思ってやがる!」
「元老院から王・王妃に至るまで満場一致の結論だ。1級犯罪者どもと余生を過ごすがいい。さっさと連れて行け!」
「「ハッ!」」
クソがっ!
貧国から大国までのし上がれたのは、俺の開発した魔導具や術式のおかげだというのがわからんらしい。
押しも押されぬ大国となった基盤さえあれば、残りは凡人どもでもやっていけるという甘い計算でもあるかもしれんが。
「なにを考えているヴァレス、さっさと歩け!」
俺が魔力封じの腕輪をさせられてるからと、一兵卒の兵士ごときに暴力を振るわれる始末。
措置はいいとして殴られるのは面白くない。
さっさと従って奴隷船のような小汚い船に連行された。
船に揺られること2週間ほどで、ようやく到着した。
監獄は、強い風が吹きすさぶ断崖絶壁に建っていた。
「国家魔導術師といえども、1級犯罪者どもと地下で余生を送るなんてなぁ。ざまぁねぇよ!」
「まったくだ、ガッハハハハ!」
クソ兵士どもめ……アホ面を緩ませてられるのも、今のうちだけだ。
こいつらは『才能ある魔術師は手の内を全て晒さない』という格言を知らんのか。
……馬鹿に教養がある訳もないか。
看守兵は俺を地下深くにある暗くジメジメした牢に蹴り飛ばし、声高らかに笑いながら去っていった。
ようやく落ち着けると思ったものの、矢継ぎ早にドスの利いた声が響いた。
「おう新入り、上等な服を着ているじゃねぇか。それを全部脱いで寄越せ」
一歩進んで前に出た声の主は、腕が足より太いという馬鹿げた体躯だった。
魔力封じの腕輪をさせられていても負けはしないが、ちょっとめんどくさい。
「この程度の服でいいならくれてやろう。ところで、ここは随分と臭いな。お前らは掃除とかしないのか?」
「アホかてめぇは。ココは残飯みてぇな飯が日に2度運ばれてくるだけで、他になんもねぇぞ」
なるほど、2食昼寝付きの待遇というわけか。
妙な軋轢や雑務が無い分、趣味に没頭できそうだ。
むさ苦しい同居人が5名に、周囲の檻にも大勢ゴリラがいる以外は気に入った。
とりあえず臭くてジメジメしたのをどうにかしよう。
「おい脳筋ゴリラ、排水管はいくつある?」
「て、テメェ……人を見て喧嘩を売るんだな。その細腕にガッチリとハメられた魔封じの腕輪があるのを、忘れてんだろ?!」
「なんだ、このハリボテがあるから俺に勝てると思ったのか。こんなものは……はい、取れた」
「「アァッ?!」」
周囲の檻からも大声があがる。
大勢の猿が注意を引きたいかのように、ガシャガシャと鉄格子を鳴らし始めた。
「お前らはうるさいから黙ってろ、消音魔法!」
「「……! ……!」」
音がしないだけで、身振り手振りがウザイな……まぁ無視するか。
目の前の脳筋ゴリラも事態が把握できていないらしく、硬直している。
「おいおい、ちゃんと動くだけ本物のゴリラの方がまともだぞ? 排水管はあるのかって聞いてるんだが?」
「……あ、あぁ。満潮の時に窓から海水が入ってきて水責めにする仕様でな、排水管は部屋ごとにあるトイレ用の小さな穴しかない」
道理でジメジメして臭いわけだ。
そっから強制排水すりゃーいいな。
俺は汚いトイレの水なんて浴びたくないから、バブルボールでバリアして……っと。
「浄化の水よ、汚物を全て洗い流せ! 浄化魔法!」
俺の両手から噴水のように勢いよく水が溢れ出す。
この魔法は若干ツーンとする匂いが欠点だ。
「目が染みる!! 染みるぅうぅうう!」
「クッサ! クッサーーーーッ!」
「どうなってんだこりゃあああああ」
「お前らもうるさいから消音魔法しとくな」
「「……! ……!」」
全員、溺れる、溺れる!! とでも言いたそうな顔で必死にもがいている。
はははは、実に愉快だ。
王国と違って世間体を気にしなくていい分、やりたい放題で気分がいい。
おとなしく連行された甲斐があるというものだ。
少し排水に時間がかかったが、おかげで綺麗サッパリ快適だ。
魔法を使ったら腹が減ったな……
「おいゴリラ、飯はまだか?」
「ゲホッゲホッ……んなこと言ってんのはテメェだけだ! この階の全員ブチギレ寸前だぞ!」
「俺は感謝されこそすれ、怒られる言われはない。お前らの持病疾病もついでに完治してるぞ。ゴリラの足の水虫もワキガも治ってるからよく見ろ」
「あれっ……ほんとだ。ありがとう」
「おう、どういたしまして」
「……ってちげぇわ!!!」
「ははははは、お前面白いヤツだな!」
お堅い城仕えの馬鹿どもと違ってノリツッコミが出来るとは、こいつただの単細胞脳筋ゴリラじゃねーな。
「テメェのせいで、みんな目が血走ってんのがわからねぇのか!」
「ん? あぁ、お前らも手錠外して欲しいのか。ほらよ……パチン」
俺が魔力を込めて指を鳴らすと、同じ階層の囚人の手錠から檻の鍵まで、全部解錠された。
これで見苦しい奴らの数も減るだろう。
「……え、ありがとう?」
「全部俺が設計した魔導具だからな、この程度の抜け道くらい術式に組み込んであるさ」
「ってちげぇわ!!! だったら何でテメェは素直に捕まってんだよ!」
「ははははは! ゴリラお前、ノリツッコミ好きだな。無理に脱走しても追われるだけだ。そういうめんどくせーのは嫌いなんだよ」
「……そう思ってるのはお前だけだぞ。ほとんどの奴らはもう脱走してる」
言われてみれば随分ガランとしている。
想定通りの結果だが、逃げたところで良いことなんて何にもありゃしないのに。
上の階層から激しい喧騒や金属音が聞こえてくる。
こりゃあ飯が運ばれてくるどころじゃねーな。
「おいゴリラ、ネズミの巣穴の1つや2つくらいあるだろ?」
「それなら、通路を挟んだ向こうにあるぞ」
「ちょっと2、3匹捕まえてこい。飯にしよう」
「……チッ、仕方ねぇな。おめぇら取ってこい!」
ゴリラの手下どもがバタバタと騒ぎながら、どうにかネズミを1匹捕まえてきた。
5人で1匹だと足りないかもしれんな。
「ほらよ、テメェが大将だ。好きに食え」
「ネズミなんか食うかボケゴリラ! ……豚にな~れっ!」
俺は残り少ない魔力を使ってネズミを豚に変えた。
子豚が精一杯だったらしい。
「テメェどんだけインチキな魔術師なんだよ!」
「テメェじゃねぇ、俺は国家魔導術士のヴァレスだ。魔法でじっくり焼くからさっさとその豚シメろ。お前らだって腹減ってんだろう?」
「え、分けてくれるんすか?! ありがてぇありがてぇ」
「おう、俺をもっと賛美していいぞ」
「ってちげぇわ!!! ムショでどんだけ快適生活送るつもりだよ!」
「お前らみたいな平民以下が知らないのも無理はない。魔導術士たるもの『住む場所は都にしろ』という考え方なのだ」
「……それよ、住めば都っつーんじゃねーのか?」
はい、その反応くるの知ってた。
「カーッ悲しいねー! 学がないゴリラが思いつく言葉は。俺は汚い部屋に慣れたくない。魔法や魔導具で都と遜色なく変えてしまえばいいのだ」
「お頭、このヒョロいモヤシに従った方が美味しい目にあえるんじゃ……」
「はいそこー、俺の気にしてるとこ言ったから減点! 罰としてお前の飯はこんがり焼けた豚の頭のみ!!」
「ウッヒョー! オレ、豚の脳みそ大好物ッス、一生ついてきやス!!」
……いらんことをしてしまったらしい。
平民以下の奴らが考えることがわからん。
俺は絶対食わんぞ。
上層の喧騒も納まり、数名の囚人が命からがらという状態で戻ってきた。
せっかく広々部屋が使えると思ったのだが……
急に大勢の甲冑兵の足音が近づいてきた。
ゴリラや他の囚人も一斉に俯いて震えだした。
たぶん看守長とかだろう。
「どこのどいつだーーーっ大脱走の手引なんぞしたやつは!」
ゴテゴテした鎧兜を着込んでいるから、顔がサッパリわからん。
かなりチビだな。
さすがに俺を売るようなヤツはいないようだが、看守どもの気が立っている。
誰かしら犠牲にしないとダメそうだ。
俺は食べかけの豚肉に寄ってきたネズミを捕まえ、2つ魔法をかけてほうり出した。
「こいつです!!」
「入ったばかりで騒動を起こすとは、いい度胸だな元国家魔導術士ヴァレス! 即刻処刑を言い渡す、ひっ捕らえろ!」
「ちきしょう、ふざけんなーっ!」
よし、身代わりくん1号のおかげで一件落着。
これで俺を殺しに来るとか監視役だのは来ないはず。
囚人どもは目を点にして看守長たちを見送った。
「んじゃ、俺は疲れたから寝る。お布団くれ」
「アンタってすげぇけど、マイペースすぎねーか?」
渡されたのは湿った藁と木の枕だった。
こんなんで寝れるか!
「ふかふかのお布団と枕にな~れっ! マイペースに生きられるように習得した魔法術式の数々だ。どうでもいいけど起こすなよ」
「「了解しやした、親分」」
「親分はやめろ、唯一神ヴァレス様でいい」
「「わかりまし……って、そんな風に呼ぶか!」」
「はははは、ここは楽しくていいな。おやすみ」
こうして王宮を追放されたはずの俺は、人生で初めてストレスなのない1日を監獄で終えた。
明日になれば王宮のシステム管理者不在で、魔導具全てが操作不可になって大混乱する。
そのザマを直接見れないことは少し悔やまれるが、隠し持ってきた上映装置を使って囚人どもと酒盛りでもするか。
起きるのが楽しみなんて、久しぶりだ。