3-1 積み上げられた問題
エルフ族の村を救った日の夜の事、エニグマはゲームでは起こりえなかった問題に直面することになる。
「……腹減ったな。あと寝床どうすればいいんだ……?」
「何ということでしょう。私が貧しい思いをするのはまだしも、主である貴方が――」
「わらわとて腹は減っている。だがこのダンジョンには一括した“食糧庫”があったはずだぞ」
“食糧庫”というのはそれぞれのフロアのモンスター、特に人型のフロアボスに与えるための餌が貯蔵されている施設のことを指す。この食料が必要なモンスターという案件に該当するのはアビゲイル、アリアス、ブランノワール、アルデイン、ヤマブキ(自分で食事をとらなかった場合)やその他人型の中ボス達である。
それ以外の自動生成するモンスターは食料を自給自足する他、第四フロアのエルドルウのような異形種と呼ばれる人型では無いモンスターはやってきた冒険者や自動生成するモンスターをその場で喰らう事が多いため、基本的に餌を必要とはしない。
二つ目の問題として寝床であるが、基本的に一部のモンスターを除いて、殆どが睡眠を必要としない。
故に寝床など必要は無かったはずであるが、これから先はプレイヤーでありダンジョンマスターであるエニグマ自身が睡眠をとるために必要になってくるであろう。
現在アウランティウム、ブランノワール及びエルドルウを除くフロアボスが玉座の間という名の何の生活感もない玉座と赤いカーペットが敷かれただけの最終フロアに集結している状況。
しかる後に中ボスも集める予定であったエニグマだったが、目下食糧問題の早急な解決に追われていた。
「第一フロアのアウランティウムはああ見えて霞で生活するとかいうあり得ない生態のエコロジカルモンスターだからいいとして、俺達はどうすればいいんだ……」
「MAZE」のゲームシステムに則るとするならば、食料は全て自給自足しなければならず、方法としてはダンジョン内に自生している植物やモンスターから素材として採取するか、あるいはダンジョンの外に出て商人等から食材を買い求める他ない。
後者の場合、ダンジョンマスターとしての身元を隠した上で、万が一身元がバレた場合の逃走を図るにあたっての援軍としての控えモンスターを連れていく必要がある。ただしバレない為にはこの援軍の方も、人型のモンスターを引き連れていかなければならないという制約がつけられている。
この場合もプレイヤー対プレイヤーの化かし合いといったところであろうか、通常ならダンジョンマスターでしか知りえない情報を引き出させて通報する冒険者もいたり、逆に冒険者をダンジョンマスターだと偽って罠に嵌める等といったことも起きたりしている。
「一般的な冒険者のフリするのって案外難しいんだが……」
「主よ、今しがたリーパーを食糧庫に向かわせた。確か食糧庫にはしばらくぶんの食料があったはずだ」
「確かゲーム内で三週間分だったっけか……いつまでこの状況が続くか分からない上に、それまでの計算に加えて俺自身の飯の分も計算に加えなくちゃいけないから、早急に解決しておきたい問題なんだよなぁ」
ゲーム内であれば食糧庫にさえ食料を溜めておけば後は自動で各モンスターに補給されるものであるが、ゲームが現実となった今ではこうして集まって食事をとる等が想定され、実のところエニグマも密かに楽しみにしていたのだが――
「あーっ!!」
「どうした主よ!?」
「主よ! 何か問題でも発生しましたか!?」
「……セーラとリルはどこにかくまっているんだ」
完全にエルフの件は片づけたつもりのエニグマであったが、肝心のかくまっていたエルフ族の二人から、世界情勢及びこの地域近辺の情報を聞くのを忘れていたことを思い出す。
「ああ、あの二人なら第六フロアのリーパーの部屋にいるが」
「……連れてきてくれ」
「承知した」
アリアスが第六フロアの方へと走っていくのを見送った所で、エニグマは大きくため息をついた。
「全く、こっちに来てから大型アップデートも真っ青なレベルでやるべきことが多すぎるんだよな……頭の整理が追いつかない」
「ああ、主に降り注ぐ困難の一つでも肩代わりできれば……!」
アビゲイルが苦悩する中、冷静な判断でもってダンジョンの主であるエニグマに対してある提言を行う者が一人――否、一匹。
「ひとまず食事にしませんか? 殿方は空腹で判断が鈍っているご様子ですし、まずはお腹を満たして、ついでにあのエルフ族のお二人も食事の席を共にすればよろしいのではないのでしょうか?」
「ん? どういう意味だヤマブキ」
蜘蛛の様な八本の足を床につけ、人間の様な肉付きの良い上半身を晒している第五フロアのフロアボス、ヤマブキが柔らかく微笑んだ表情でエニグマに一つ進言を行う。
「ですから、只今リーパーに持ってこさせている食料プラス二人分を用意して、エルフ族のお二方をもてなしつつ世間話をすればよろしいのではと思いまして」
「なるほど、それだと自然と情報を引き出すことができるな」
「あっ、貴方は至上の存在であり我らが想像主と、どこぞの馬の骨ともわからぬエルフ族の二人を同席させるつもりですか!?」
ヤマブキの提案に異を唱えたのは、他でもない忠臣アビゲイルだった。
「あのような外界の者をこのダンジョンの最高権力者に無条件で会わせるなど、非常識極まりませんッ!!」
「あらあら、でもこのまま何もしないのもどうかと私は思うのですが……」
「ヤマブキが言うのも一理あるな。アビゲイル、お前の気持ちはありがたいが、ここはヤマブキの意見に乗ってみようじゃないか」
ヤマブキの意見は至極理にかなっていた。この場で食事会を開くことでセーラとリルの警戒心を解くと共に、外の情報やあわよくばこれから先の食糧事情についての対話ができるなど、まさに一石二鳥である。
「……分かりました、我が主よ。出過ぎた真似を深くお詫びいたします」
「いいんだ、アビゲイル。ありがとう」
「ッ! このアビゲイル、主の慈悲に感謝の極みに存じます……!」
はたしてゲーム段階でもここまで盲信的であったかと心の中で疑問に思いながらも、エニグマはアビゲイルの人並み外れた忠誠心に安堵の息を漏らしていた。
「では、簡易的だがテーブルと椅子を用意しよう……できるのか?」
ゲームであればメニューボードを呼び出してダンジョン内の配置やオブジェクトの追加を行えたが、果たしてこの場でメニューボードをゲーム通りに呼び出すことができるのか、その疑問は残されたまま。
「……考えていても仕方がない、やってみるか」
キーボードが無い分をどうやって呼び出すべきかと考えていると、エニグマの目の前に突如ゲームと同じメニューボードが出現する。
「……念じればいける感じか」
エニグマは早速メニューボードに触れてダンジョン内のオブジェクト管理画面を呼び出し、操作を行い始める。
「そういえば資材庫の方も後で在庫確認しておかないといけなかったな。宝物庫は……後回しでもいいか。食べ物とダンジョンの補強ができるかどうかが重要だ」
ダンジョンの補強に金貨は必要ない。全てダンジョンマスターの力により必要な資材さえあればダンジョン内を自由自在に制作できると、「MAZE」では設定されている。
しかし今回ゲームとは違って現実ではどうなるのか、この世界ではテーブルと長机はどう出来上がるのか、エニグマは気になっていた。
「とりあえず、長テーブル一つに、椅子がいち、に、さん――」
「殿、私めは見ての通り椅子は必要ありませんゆえ」
「分かっているさ。だが下にクッションなりを敷いた方が少しは楽だろう?」
「……お心遣い、感謝の極みにございます」
見ての通りヤマブキの下半身はあくまで蜘蛛がベースとなっており、そこから椅子に座ると言った動作は困難だということは明らかである。
エニグマもそれを知ってか、ヤマブキの席には代わりに巨大なクッションを敷くことで、少しでも疲れを取ってもらおうという魂胆があった。
「さて、と。後は出てくるのかどうか……」
長テーブルも手配した。椅子も八脚程手配した。最後はメニューボード内にある実行ボタンを押すのみ。
「資材は充分にある。設置を確定する」
メニューボードのボタンを押した瞬間、エニグマの目の前の空間に突如として表れたのは先ほど手配していた長テーブルと椅子が八脚。いずれも先ほど選んだデザインであり、一時的とはいえこの玉座の間に配置するにふさわしいものである。
「おお、出てきた」
この分ならダンジョンの拡張作業も不可能ではないと考えたエニグマは、ひとまずこの世界でメニューボードの扱いが同じことに安堵の息を漏らした。
「とりあえず細かい配置とかは後にするとして、俺の椅子はあの玉座を流用すればいいか」
テーブルの上座に玉座を移動し終えると、エニグマは玉座に腰を下ろしてリーパーが来るのをじっと待つことにした。