14-1 産声
「どうして……? あと少しで、私の復讐が……!」
まだ襲撃を行ってから時間も経っておらず、昼間であるというのにまるで夜のごとく影差す深い森の中で、ベアトリスはガクリと両膝をついて唇をかみしめていた。
「どうして、神父様……どうして私に奴の最期を見せてはくれなかったのですか!?」
「……貴方がそれを見たとして、何を感じるのでしょう。あの魔術師は死に、そして貴方の従姉妹は私が葬りました。その結果だけで十分でしょう」
既に己の役割を終えたアビゲイルは、ベアトリスの後を追うようにして集合場所へと転移を済ませていた。そして待ち時間を潰すかのように聖書を開く傍らで、ベアトリスとの問答に答えている。
「でも、でもそれじゃあ、私の復讐が……あいつの最期を見ないと、この気持ちがおさまらないわ!!」
「見たところで? 恐らくその一瞬だけは気持ちはスッとするでしょう。ついでにあの少女の介錯も貴方がすれば、納得がいくでしょうかねぇ」
完全に頭に血が上っている状況で、まともな判断ができない。恐らく彼女自身で介錯をしたとすれば、今度は一生その罪悪感に苛まれるであろう。アビゲイルに介錯を願ったことが何よりの証拠だ。
そしてもう一つ。少女は既にエルドルウの幼生によって脳を支配されていることを知られようものなら、今度はその暴走する刃をこちらに向けてくるかもしれない。これらをうまく回避するためなら、アビゲイルは話術を総活用してでもこの場でベアトリスを納得させるだろう。
「……そ、そうよ! アルナも私と同じ、十年間も操られていた! だけど今更戻れない! だったらいっそ、いっそ――」
「そうだと思うのであれば、私もあの時貴方を解放せずに殺して差し上げればよかったでしょうかねぇ」
「ッ……詭弁でしかないわ!」
「そうでしょう。貴方はそうやって自分を否定した。誰だって復讐の機会を与えられるのならば与えて欲しい筈です。しかし人は決して、復讐程度で満足できるほど立派な存在ではありません。あの場に残った所で得られるのは、たった一瞬の復讐で十年を埋めたと思い込まざるを得ない虚しさと、たった一瞬で己が同胞を殺してしまったことを延々と後悔し続ける哀しさだけです」
「だったら、だったらどうすればいいのよ!? たった一瞬の満足すら得られずに、唯空虚な十年だけが残された私をどうすればいいのよ!? 十年で身体も大人になって、訳も分からない役職に就けられて! 挙句叔父様も――」
「お前の叔父なら死んだぞ」
ざくざくと音を立てて草を踏み折り、アビゲイルとベアトリスのけんかの仲裁に入ったのはフードを深くかぶった男であった。背中から飛び出していた触手や、鋭い歯の並んだ右腕は元に戻り、その姿はただの人間そのものとなっている。
「おお、我が主よ。無事に御帰還なされましたか」
「ああ。興味深い土産も拾うことができた」
そう言ってエニグマが二人の足元に放り投げたのは、どこかで見た事があるような、らせん状に捻じ曲がった木の杖であった。
「そ、それってまさか――」
「ああこれか? これは――」
「ルーク! あのクソッたれ呪術師の杖じゃない!! どこで拾ったの!?」
ベアトリスが血相を変えてエニグマへと詰め寄ろうとするが、その瞬間にアビゲイルは間に割って入り、両腕を広げてその動きを止める。
「前にも言った筈です。主に無礼を働けば罰すると」
「で、でも神父様! これは私の復讐の相手が持っていたもので――」
「復讐の相手? ……ああ、もしかしたら、お前の言う復讐の相手とはこれになるのか」
恐らくエニグマとしてはこれから情報を摘出するためであっただろう。ルークに寄生していた幼生を剥ぎ取って持って帰って来ていたようで、それをベアトリスの前でプラプラとぶら下げている。
「なに、それ……」
「ああ、これか。ルークに寄生していた悪い虫ってやつだ」
一瞬全てが無に返りかけたことにアビゲイルは肝を冷やしたが、エニグマはそんな事など露知らずといった様子でギリギリの綱渡りに近い会話をベアトリスと交わしている。
「どういうこと……それが、ルークについていたってこと?」
「まあそう言うことになるな。で、復讐ってことは、お前はこいつに――」
有無を言う間も無くベアトリスは蛇腹剣を引き抜いて、その見事な太刀捌きでもってエニグマにつままれていたエルドルウの幼生を真っ二つに焼き切る。
「あぁー!? 何やっちゃってくれてるのぉおおお!?」
「小娘!! 主に刃を向けるとは何事ですか!!」
即座にアビゲイルは拘束魔法でもってベアトリスをその場に縛りつけるが、ベアトリスは真っ二つになった寄生体を見て乾いた笑い声を上げている。
「あは、あはははは……あっけないものね」
「何があっけないものですか! 主に刃を向ける無礼を、その身で償い――」
「ちょっと待てアビゲイル……まあいい、こいつが知らなくとも、お前が知っている可能性があるしな」
そう言ってエニグマは真っ二つになった寄生体を放り投げ捨て、捩じれた杖を拾い上げてベアトリスに見せつけて問いかける。
「これを見た事があるのか?」
「ええ、今まで散々それで洗脳されてきたんだから」
「質問を変えよう。これをどこで手に入れることが出来るか、知っているか?」
エニグマの質問。これの本意は、言葉の通りの意味ではない。実はエニグマが持っているこの捩じれた杖、元の「MAZE」の世界においては低レアではあるもののユニークアイテムとして存在していた装備品であったからである。つまりはこのアイテムの所存次第で、エニグマは次なる目的を立てる必要性が出てくることになる。
「この杖……そういえばアビゲイルには持たせたことは無かったか。低レアだったから確か宝物庫に放り込みっぱなしだったはずだが……一応持っていくとして、それが何故ここにあるかだ。これは世界に一つしかないはずだからな」
「MAZE」の装備のほとんどはランダムに能力値が設定されて生成される。しかし中には固有名詞を持ったユニークアイテムとして存在するものもある。レアリティも様々であるが、基本的にはゲーム内では誰かが一つしか持っていないという代物であって、そのことから貴重品としてコレクトする者も少なくない。
無論エニグマもそのうちの一人であり、サービスを続けて引退者が増えていく最中、これ幸いにとアイテムを集めて回っていた記録がある。そんな彼がこのような武器を見逃すはずがなく、こうして手に入れた上で「MAZE」に関する手がかりにならないかとベアトリスに問い掛けている。
「……知らないわ。ただ、私が洗脳された時もそれを以ていたから、少なくとも十年以上は前のはずよ」
ベアトリスはそれ以上のことは分からないと、エニグマが望む様な答えることが出来ずに首を横に振るばかり。
「チッ! やっぱりこいつを生かしておいて、記憶を吸い取った方が良かったか……」
「いかがいたしましょうか、主よ」
「もういい。今日は腹いっぱいだし、眠い。おい、ベアトリスといったか」
「……何でしょう」
「ひとまず当初の目的通り、国は綺麗にしておいた。国民も、お前に賛同する一部は残している。後はお前次第だ」
「えっ……」
エニグマは忘れていなかった。あのような虐殺行為を行っておきながら、きちんとこれから生まれ変わる国に相応しい民を選別しておいたというのである。
「後はアビゲイルにでも聞け。俺はひとまず先に寝る」
そう言ってエニグマは後ろ手に手を振り、深い森へと消えていく。
何もかもがあっけなく終わった事にベアトリスは何も言えずに目を丸くするばかりであったが、残されたアビゲイルが大きなため息を一つ付いて、ベアトリスの拘束を外してこう言った。
「仕方がありません。大変面倒ですが正式な王位継承の儀式の執り行いと、その後の国家運営の助言をさせていただきましょう」
「えっ、えっ……私が、王って……」
「ではベアトリス女王陛下、王都にお戻りいたしましょう。惨禍にあえぐ民を前に、まずは一つ演説でもしていただかなければ」
これから始まる面倒事を前に、アビゲイルは唯々苦虫を噛み潰すかのような表情をしているが、それでも主からの命だといったことでベアトリスに手を差し伸べてこう言った。
「安心してください。主のご加護ある限り、貴方の道を邪魔するものはいませんから」
「……本当に、私が……」
涙が込み上げそうになるが、次期女王となるべき者はそれまでの苦しみを乗り越えるかのように、唇を固く結んで息をのみ、涙をこらえる。
そして彼女は、こう言った。
「――新しい国の名前を、一緒に考えて貰おうかしら」
「では、クリエティア教国というのはいかがでしょう。何故なら今から作り上げるのは、貴方の国なのですから」
そうしてこの世界で、新たな国が産声を上げることになった。




