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13-2 虐殺

「先に国民を避難させろ! この襲撃、ただ事ではないぞ!」

「逃がすって言ってもどこに!? 外との連絡はあの膜のようなもので閉ざされているんですよ!?」

「こんな時に、団長がいてくださっていれば……!」


 帝国騎士第二騎士団にとって、これまでにない最大の危機が待ち受けていた。未だ敵の姿かたちは分からず。しかし国民の慌てふためきようと、先ほど遠方で見えた火柱とが、この異常事態を騎士団の面々に知らしめるには十分であった。


「それよりも気になるのが、先ほどから国民が口々に言っている事……」

「まさか団長が、どうして……!?」

「ええい、落ち着け!! 敵の姿が団長だと? そんなまやかしに耳を貸すな!!」


 第二騎士団において団長副団長について実質のナンバー3である者、クラーネ=ケルランテが声を張り上げて全ての動揺をかき消す。その体格は普通の女性と比べて頭一つ以上に背が高く、四肢に付く筋肉も男のそれと遜色ない程に鍛え上げられている。そして得物はというと、それほどの筋肉量に説得力を持たせるような、大きな戦斧バルディッシュを握りしめている。

 周りの注目を集めるように巨大な戦斧を空に掲げ、クラーネはその体格に相応しい大声を響かせる。


「我々が信じる団長が、この帝国を、誇り高き皇帝の血を流すような真似をするはずがないだろう!!」

「……ええ! そうよ! クラーネの言う通りよ! 団長がこんなことをするはずがないわ! きっと何かの間違いよ!!」


 流石の団長副団長に続く実力者といえようか、他の団員の混乱を一括して沈め、そして事態の収束に移るべく指示を下す。


「部隊を三つに分ける!! それぞれが国民の退避の指示! 王位継承のパレードの方には第一騎士団もいるだろうが、我々も救援に――」

「救援なんざ要らねえよ」

「なっ――ぶふぁっ!」


 聞き覚えのない男の声と、聞き覚えのある同僚の断末魔とが、暗雲の下第二騎士団の面々へと届けられる。男の声がする方を見上げれば、民家の屋根の上にフードを深くかぶった男がしゃがみ込んでこちらを見下ろしており、目を引くような長い尾をゆらゆらと揺り動かしている。

 そして同僚の方へと目を向ければ、尾の先が裂けてできた巨大な口に上半身を食いちぎられた、無残な姿の下半身が倒れていた。


「あー、やっぱり食うなら女の肉のようだな。柔らかい方が美味く感じるらしい」


 それまでの経験を語っているのか、尻尾の先でくちゃくちゃと音を立てながら男はフードの奥で歯を見せて笑う。


「それに、そこらを歩く市民よりも身が引き締まっていて美味い。エルドルウが言うのも分かるかもしれないな」


 その思考と嗜好、既に人の域を超えている。それすなわち騎士団の目の前に降り立っているのは、人智を超えた怪物だという示唆。


「貴様が、この騒動を起こしたのかぁああああああ!!」


 団員それぞれが武器を構え、屋根の上の化物と対峙する構えを取る。


「絶対に逃がすな! ここで討ち取る!」

「逃げるかよ。むしろそっちの方が――」


 屋根から降り立ち、己が尻尾をバネのようにまげて着地をする。そして人の姿を模った何かは更に背中からバキバキと骨を折るような音と共に、いくつもの触手を突きだす。


「――ビビって逃げるなよ?」


 一本一本が威嚇する蛇のようにうねり、化け物の周囲を纏わりつくように動きまわる。本来ならば迷宮ダンジョンの深層に潜んでいるべき存在が目の前にいる。人間と同等の知恵を持ち、人間のように言葉を発し、人間を喰う。そのような化物を放置しておけるであろうか。


 ――否。騎士団として、帝国を守る蛇として。決して敵から背を背けることなどできない。


「……我々が腰抜けだとでも言いたいのか?」

「ああ。あと数十後には腰抜けになるから……なァ!」


 触手を使っての跳躍。そして頭上からの襲撃。化け物が最初に狙いを定めたのは――巨大な戦斧を両手に握りしめ、明らかに他とは違って一切の恐れすらない一人の女騎士だった。


「ぐぁあっ!!」

「キャーハハハハッ!!」


 怪物の右手が変化し、ワニのような亀裂がはいる。内側にはノコギリのような歯が並び、骨を砕き肉をむための口が精製される。そして怪物はそのまま一人の騎士に馬乗りとなって捕食を開始する。


「まずは、一人ィ!!」


 ――武器での抵抗もむなしく一瞬にして頭蓋骨をかみ砕かれ、一人の騎士が瞬く間に絶命する。


「美味いか!? 美味いよなぁキャーハハハハハッ!!」


 騎士道であれ何であれ、死体となったものに対する一定の敬意を持ち、それ以上の辱めを行わないのが人間である。対して死体となったものに対し、ただ単に食料だと言わんばかりに弄び、肉を喰らい血をすするのが獣。ならば目の前は、どちら側の存在であろうか。


「おいおい、食い過ぎるのもいいが身体が重くなるぜ?」


 貪るように死体の上に幾重にも重なる触手を見て、今だ餌食となっていない騎士団の面々にも恐怖の色が見え始める。


「……さて、と」

「ッ!?」


 背を向けて余裕の食事を終えた怪物は、返り血を拭う間も無く振り返って残りの獲物を視界に捉える。フードの奥の怪物の感情を代わりに伝えるかのように、その右腕は滝のような血を垂らし、歯をむき出しにして笑っている。


「次……どーちーらーにーしーよーうーか……なッ!」

「ひっ……いやぁあああああああああああ!!!」


 ――その日偶然にも街の一角にて起きてしまった悲劇であるが、これすらも黒く塗りつぶすような更なる残虐な計画が打ち立てられているのを知らずに死ねたことは、彼女らにとってある意味幸せであったのかもしれない。




          ◆◆◆



「流石は我が主。全て事は思うが儘に運んでいるようで何よりです」

「“確かに、私も子蜘蛛達に餌を与えることが出来てうれしいわ”」

「しかし捕らえるのはあくまで街の外に出る者だけでお願いしますね。城から外に出られる者だけが、()()されていないのですから」


 意味深長な言葉を吐いて、崩壊する王都を見下ろす神父。アビゲイルは暗黒砲の直撃によって崩壊した城の跡地にて、連絡用の子蜘蛛を片手に満足げに周囲を見渡していた。そして異常事態は何も王女の御乱心だけというわけでは無く、そして一部で姿を現した怪物だけでは済まないことをこれから先知らしめるために、アビゲイルは懐から小さな笛を取り出す。


「さて、“犬笛”の使い方を小娘ベアトリスにお見せしましょう」


 アビゲイル=ブラウ。ゲーム内での遍歴を見れば、どれだけエニグマが彼の育成に入れ込んでいたかを知ることができるであろう。

 現在の職業ジョブは神父。ひとつ前の職業は魔導師ウィザードそして更に前には――


「――召喚(サモン)・“剥き出しの猟犬(グラトニー・ドッグ)”」


 ――召喚士サモナー。遠い過去には修行僧モンクという格闘と魔法の両立を目指した職業についていたという記録もある。

 召喚の宣言の後、犬笛によるピィーッ! という人間が聞き取れる限界とも思えるような、高い音が王都に響き渡る。そして次の瞬間、本来であるならば第四フロア“地下水路”にて野放しにされている悪食な猛犬が、王都の地下水道を通って何匹も地上へと姿を現す。


「ひ、ひいいぃいいいいいい!」

「何だこの犬は!? 気持ちが悪い!」


 民の目に最初に留まったのは、皮膚が全て引き剥がされたかのような全身剥き出しの筋肉だった。地下に潜んでいるためか目は完全に退化し、代わりに犬の本来の長所として嗅覚が異様なまでに発達している。

 第四フロアの掃除屋、剥き出しの猟犬(グラトニー・ドッグ)の群れが、王都のゴミ処理を行おうとしている。


「フフフフ……全部平らげてしまいなさい。貴方達ならば、寄生体との区別もつくでしょうし」


 しばらく後に、都市のいたるところで悲鳴が聞こえる。神父はそれを耳にして、初めて心の底から笑みを浮かべる。

 民も、貴族も、騎士団も。最大レベル50の犬の前では分け隔てなく捕食対象でしかない。


「いいですねぇ、いいですねぇ……! 愚かな下等生物の悲鳴こそが、人間の肉をひき千切り血しぶきを舞わす絶景こそが、主に捧げるべき芸術なのです……!!」


 愉悦に浸るとは、まさにこういうことを言うのであろう。アビゲイルは興奮のあまり普段の紳士的な笑みから加虐性を孕んだ狂喜へと顔を歪ませる。


「さあ! まだまだです!! もっともっと! もっと殺しなさい!! 子供一匹たりとて逃さず、絶滅に追いやってしまうのです!!」


 そうして歓喜の声を挙げるサディスティックな神父の元に、偶然かはたまた必然か、この国を守る残党と思わしき騎士が数人、姿を現す。


「城に戻って来てみれば……貴様がこれをやったのか!!」


 問いかけに対し、およそ全ての黒幕と思われている神父はゆっくりと振り返り、そしてそれまでの下賤な笑みから元の紳士的な表情を取り戻した上で自らを卑下する。


「私だけではここまでできませんよ。我が主の命あってこそ、このような神の御業を行えるのです」

「主だと……まだ上がいるってのか! 怪しい奴め、この場で斬ってくれる!!」


 一対多数。多勢に無勢。しかしその程度の修羅場、神父にとっては朝飯前と形容することすらおこがましい程に低度なことである。


「――神縛シンバク


 下等生物を相手取ってもはや戦う構えを取るまでもなく、聖書を開く必要すらない。神父アビゲイルが静かに束縛の呪文を唱えれば、足元から広がる魔法陣がその上に立つ者全てを光り輝く十字架に磔にする。


「クソッ! 動けねぇ!」

「そのまま特等席でご覧になりなさい。この国が終わる瞬間を、最期まで」


 そうしてアビゲイルは、最後の仕上げに取り掛かろうと天空に巨大な魔法陣を描き出し始める。


「さあ!! 主の生贄への手向けとして、本物の神罰をお見せして差し上げましょう!!」


 全ての幕を引くために、国崩しの時にしか使えない攻城専用の極位魔法をアビゲイルが放たんとしたその時だった。


「……何ですか? ヤマブキ」

「“あの子、ベアトリスだったかしら? ちょっと見て来た方がいいかもしれないわね”」

「何故です?」


 突然子蜘蛛から耳打ちされるような連絡を受けたアビゲイルは、完全に興を削がれたといった様子で聖書をパタンと閉じて、あからさまに不機嫌な声色でヤマブキとの応対に取り掛かる。


「あの小娘は主から蛇腹剣を授かっている筈です。それで大抵の事は――」

「“一度洗脳された者は同じ者からの洗脳に対する耐性が落ちているから、再度かけられないように気をつけろって、たった今殿から伝言が……はぁ”」


 おおよそため息の後に続く言葉が想像できるであろうが、アビゲイルはそれに対して文句を一つも言わず、主の命とあればそれに付き従うのみだと断言をする。


「確かに私の仕上げは後回しにしても構いませんが……それよりリーパーを回した方がよろしいのでは?」

「リーパーは殿の方角に人間しょくりょうを追い立て回す役割でしょう? ならば貴方しかいないじゃない」

「……仕方がありません」


 アビゲイルは静かに子蜘蛛を振り払うと、まるで残念なお知らせをするかのように、磔にされた騎士に向かってこう述べた。


「貴方達に極上の絶望を見せてあげたかったのですが、少々野暮用ができまして。最期まで相手ができずに申し訳ありませんねぇ」

「だったらこれを開放しろ!!」

「ええ。間も無く解放する者がつきますよ」


 アビゲイルの言葉が終わると同時に、狼の遠吠えのような、まるで獲物がここにたくさんあるとでも伝えたそうな鳴き声が響き渡る。


「……それでは」

「ま、待て!! まさか俺達を喰わせる気か!?」

「それは彼らの腹の空き具合によりますねぇ……ククッ……!」


 背後から聞こえる罵詈雑言を心地よい気持ちで耳にしながら、アビゲイルはのそりのそりと歩く犬の群れの間を通り過ぎ、その場を立ち去って行った。


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