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11-9 人形遊び

「――そうか。遂にベアトリス嬢までもが、帰らぬ人となってしまったか……」


 真っ赤なフードの奥で、一人の呪術師が弟子を失ってしまったという事実に心を痛めていた。内に秘めた感情を出すまいとしてか、あるいは喪に服すためであろうか、稀代の呪術師ルーク=アレクサンダーソンはフードのつばを握り、目深に被って顔を隠す。。


「未来あるあの子までもが、この国を背負って立つはずのあの子までもが……なんたることだ……」


 口から出る言葉は後悔の念ばかりで、師として彼女に何もできなかった自分自身を攻め立てるような言葉だけが並ぶ。


「おお、我が娘とも等しき子が、何たることだ……」


 そして普段は呆けきっていた皇帝ですらこの一報には人並み以上に衝撃を受け、そして玉座にうずくまり涙を流した。その光景にその場にいる誰しもが、この国の偶像アイコンともいえる勇敢な姫騎士の死に、涙していた――筈だった。


「――仕方ありません、こうなってしまっては次の王女に王位継承せざるを得ませんね」


 先ほどまでの泣き言が嘘のように切り替わり、ルークはフードの奥から声色を変えて今だ沈んだ気持ちの皇帝に助言を授ける。


「次の王女……? ……ッ! まさか、お主――」

「その、まさかですよ」


 それまでの涙も消え失せた皇帝が、しわを増やして別の表情を作りだす。


「貴様! あのできそこないの娘をまだ匿っていたのか!!」

「いやいやいや、寧ろ自分の娘に愛情を注がずに死んだ妹の娘にぞっこんの貴方の方がおかしいと思いますが」


 苦笑気味に話すルークの後ろから、皇帝の血を受け継いだ本当の娘がスゥッと姿を現す。


「アルナ……傀儡人形め……!」

「お久しぶりです。お父様」


 本来ならばベアトリスが着るはずだった可憐なドレスも、彼女が着ればまるでマネキンに着せているかのように無機質なものと化す。義理の娘のドレスをも奪い去り、既に王女として皇帝の後釜を継ぐ準備ができていることが、衰えていたはずの皇帝の本来の威圧感を呼び戻させる。


「ルーク=アレクサンダーソン……貴様程度、この皇帝一人で殺せることを忘れる出ないわ!!」


 そう言って皇帝は初めて玉座から立ち上がろうとしたが――


「――いえいえ、貴方は『私のいうことには逆らえない』筈ですよ?」

「むぅ……そうだったかのう……?」


 ルークが手に持つ捩じれた杖が放つ怪しい光を目にした途端、皇帝は元の耄碌した老人へと戻り、そして大人しく玉座に腰を据える。

 同様に、周囲の全ての大臣までもがまるで人形のように静かにその場に仁王立ちとなり、辺りは異様な空気に包まれる。


「相変わらずえげつない魔術だ」

「クスクス、一応信用に値しますから洗脳は省いておいていますが、下手を打てば貴方も同様ですよ。さて、戻ってきた第二騎士団も、適当に洗脳しておけば大人しいものです」


 そんな中で第一騎士団団長のローガンだけが、そのおぞましい光景を前に冷や汗をかくことを許されていた。ルークはそれをしり目にして少しだけ口角をあげると、当初の計画通り進言を行い、そして可決を促す。


「では、四日後に王位継承を行いましょうか。貴方もこのショックから立ち直るのは難しいので、隠居されてはいかがでしょう?」

「ふむ、そうするかのう……」


 こうしてたった一人の呪術師の思うが儘、プルーティア帝国は真の傀儡政権へとなり替わろうとしていた。



          ◆◆◆



「――それにしても、面白いな。それほどまでの実力を持つような輩があの国に紛れているとは考えにくいが」

「でも事実として見たでしょ? 呪術師お抱えの第一騎士団は洗脳を受けずに済んでいるけど、あの国自体国民含めて全員洗脳されてると考えてもいいわぁ」


 そうしてエニグマの前に三度目の登場となるベルデールの姿は、血色もよく傷も癒えた素肌を晒していた。その表情も元の挑発的な表情でありながらも、敵意ではなくこちらもある意味アビスホール側に洗脳されているかのように柔軟な対応を行っている。


「まっ、アリアスやアビゲイル、ひいては俺にすら効果がない時点で低レベルなものだということは分かるがな」


 元のゲームである「MAZE」内において、洗脳というものはかける側がかけられる側よりも1レベルでも低ければ失敗するという扱い辛いものとなっており、同レベル内でようやく互いの知力《INT》次第で確率でかかるようなものとなっている。

 最大レベル50のエニグマにとってはそれなりに脅威となりえるものであったが、エニグマ自身の元々の知力《INT》も高く、そして万が一かかったとしてもその気になれば自ら下水道に身を放り投げさえできればよかった。いくら怪我を負おうが、エルドルウが潜んで時点で解除方法などいくらでもあるからだ。


「それにしても、わざわざ国民一人一人にかける手間を考えると、どうだか……」


 敵にしては随分と手の込んだ真似をするとエニグマが感心していると、それまでずっと裏方に回っていた新入りの報告が入る。


「はっ、はっ……たった今戻りました! マスター!」

「随分と遅かったようじゃないか。マリー」


 このダンジョンのマスターからマリー、と呼ばれるメイド服の女性が、額から汗を流しながら走り寄る。

 新入りの名は、マリオン=ローゼオ。エニグマが最後の魔石を魔法陣ガチャに投げ入れることで召喚した女性型のキャラクターである。素質は上々ながらに、知能の面でまだ実戦投入は難しいと判断され、今回の国の乗っ取りにはレベル上げも兼ねて裏方に回ってもらっていた。

 そんなポンコツ気味でありながらも一生懸命な様子にエニグマも少しは褒めてあげなければなどと思いつつ、予定よりも仕込みが遅かった事に対してまずは指摘をせざるを得なかった。


「予定よりもかかっている事について、何か言い分でもあるか?」

「ハッ! 申し訳ありませんマスター!」


 ハッとした様子で目を丸くして次の瞬間には頭を下げるような仕草に頭を抱えながらも、エニグマにとってひとまず仕事を終えたことでもう十分であった。


「もういい。下が――」

「それが実は既に魔法陣? みたいなのが敷かれていたのでそれで苦労しました!」

「何……?」


 まさかの報告にエニグマは頭を上げてマリオンの方を向きなおし、そしてその場にベルデールもいることを許可した上でマリオンからその魔法陣について聞き出すことにした。


「あの国は上空から見れば十字に広がっているから、それに合わせた魔法陣を敷くようにマリーには言っていたが……そうか、そういうことか」


 ベルデールの言う都市全体の洗脳、そして巨大な魔法陣の跡。それらを繋げれば答えは自然と現れる。


「……なるほどな。巨大な魔法陣で一気に洗脳か……一度きりだが有効な方法だな」


 洗脳も永続的には不可能。ならば定期的に巨大な魔法陣を使っての全体洗脳をかける他ない。


「それでだ、マリー。魔法陣を上書きしたのか?」

「いえ、魔法陣の更に外側から大きく囲みこみましたけど」

「正解だ。それでいい」


 まさか敵もさらに大きな魔法陣でもって国全体に仕掛けようとは思ってもいないであろう。自分こそが一番の呪術師だと自負しているならば尚更に。


「あとは仕掛けるだけ……エルドルウに洗脳は効かないから心配ないとして、どれだけ種をばら撒けているか……クク、ククククククッ、ハハハハハハッ!! 洗脳とどっちが上か、大戦争の幕開けだ!!」


 予想外のサプライズであれど、それが戦いにおけるスパイスとなるならば大歓迎と言わざるを得ない。エニグマは単なる一方的な乗っ取りから互いに潰し合える戦いに発展しようとしていることに、笑いを押さえることが出来なかった。


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