11-3 運命の分かれ道
――“全ての元凶を絶ってくれ”。幼いころから導きを受けてきた一人の騎士が、師から受けたお願いをかなえるべく、古井戸の底に立っていた。
「この先に、行方不明となった第一騎士団の団員がいるのですね……」
深い井戸の底だというのに、何故か金色の髪がざわつきなびく。団長であるベアトリス=エーカーは士気に関わるため口に出すことは無かったが、この場所がこれまでにない程に危険な場所だということを体全体でひしひしと感じ取っている。
「お気をつけください、ベアトリス様。これは明らかに、今まで現れてきたダンジョンとは異質なものです」
そして隣に立っている第二騎士団の副団長、バシェ=マリエッタの勘がこの地に巣食う魔が強大だということを伝えている。
「……ベアトリス様」
「ええ。分かっているわ」
多勢に無勢。いくら人数を揃えようが、この状況においては足手まといにしかならない。
「……団長、副団長――」
「貴方達は王都に戻っていてください。そしてできる限り騎士団の中でも実力を持つ者をかき集めて再びこの場所へと来るのです」
「その間、あたしと団長で中の様子を探ってくる。危険だと思ったらかえってくるから心配しなくていい」
そう言ってバシェは離脱用の魔法陣が描かれた羊皮紙を団員に見せつけると、すぐさま王都へと戻るよう指示を下す。
「いいか! できる限りの実力者を連れてこい! すぐにだ!」
井戸から覗きこむ顔が消えていくのを最後まで見送ると、バシェは再び問題となっている古井戸の底の扉へと体を向け直す。
「……ベアトリス様」
「いいのよ。これで」
既に二人は理解していた。この場所で命を落とすことになるかもしれない、と。騎士団見習い時代から――幼い時から戦ってきた二人は、仲間が命を落とす瞬間をいくつも見てきた。
その度に感じ取ってきた、予兆のような寒気。それが今度は自分に向けられている事を二人はこれまでの経験から感じ取っていた。
「あーあ、あたしなんてまだ結婚してないってのに」
「ふふ、私だってそうよ」
「お互いまだ二十代前半ですからねー」
それまでした事も無かったような、不自然な他愛のない話すら自然と出てしまう。それほどまでにこの境地におかれた二人にとって、平常心を保つことなど難しかった。
「さて、行きましょうか」
「ええ。いつものように」
そしていつものように、帰ってくることを心の底から願わざるを得なかった。その先にあるのが一方通行の底なしの穴だと知っていたとしても、儚き夢と知っていたとしても――
◆◆◆
「――さて、誰が行く?」
敵とはいえど、その苦渋の別れに同情の涙を流す――などといった事など一切なく、こちら側もただいつものように入ってきた侵入者を歓迎する姿勢であった。
テーブルの上に置かれた巨大な水晶玉に映る映像を前に、エニグマは足を組んで玉座に座り、そして肘をついて王らしくにやりと笑っている。
そんなエニグマを中心として、今までとは一味違う相手を前に少しばかりの高揚感がそこに生まれる。しかしそれは相手を完全に格下に見ているが故の余裕の表れでしかない。
「聞こう。誰があの二人を無力化してくれる?」
「無力化、と言いますと殺すとは別の意義でしょうか?」
普段はエニグマの言葉に静かに傅くか寄り添うような提言の多いヤマブキが、珍しくも疑問を浮かび上がらせる。
「うん? 言っている意味が分からないということか?」
「主の言葉の意図が汲み取れないとは貴方らしくもないですね、ヤマブキ」
アビゲイルまでもがその様子を不思議がっているが、一番この場において首をかしげているのは他でもないヤマブキただ一人だった。
「だって、こちら側に取り入れるにしては程度が低い者ではないかと思いまして」
「ヤマブキの言う通り、確かにそうかもしれない。……肩書を抜きにした場合の話はな」
エニグマはそう言って、水晶玉に映る二人の女騎士の片方――団長であるベアトリス=エーカーの方へと映像をズームアップする。
「バシェ=マリエッタの方ではないのか」
「ああ。鵜の目鷹の目スキルは確かにレアスキルだが、そこまで重要性は高くない。精々コレクターアイテム程度だ」
「そうか……」
彼女と剣を交えた事のあるアルデインにとって、バシェの方が有望に考えられていたのであろうが、全てを見据えるダンジョンマスターにとってはベアトリスの方が後々の傀儡政権の建立に役に立つ重要人物と考えることが出来た。
「確か俺はこういったな? プルーティア帝国を落とす、と」
「確かにそうおっしゃられました」
「予定変更だ。プルーティア帝国から埃を叩きだした上で乗っ取る」
「それはつまり……?」
疑問に最後まで答える前に、客人をもてなす役目であるダンジョンマスターとしての仕事んが優先される。既に映像上では運命の間に足を踏み入れた二人の騎士の姿が映し出され、固い扉を一つ一つ開こうとしている様子がうかがえる。
「おっと、客人を待たせる訳にはいかないな。予定通り、ベアトリス=エーカーとバシェ=マリエッタを分断する。ベアトリスは“緋の館”に導いてアビゲイルが直々に話をつけるとして、バシェ=マリエッタはどこで処分しようか――」
「ならば俺がやろう、主」
普段は寡黙な男が珍しくも自ら戦うことを志願してきたことに、その場の面々は目を丸くした。
「ほう、どうするつもりだ」
「騎士としての情けだ。処分するというのであれば、俺の領地で死なせてやる」
「珍しいですね。普段であるなら主から命を受けない限り動かない貴方が、自分から志願するなんて」
アビゲイルは腕を組んで思案している素振りで意地悪な問いを投げかけたが、多くを語ることのない騎士は多くの答えを返さず、ただ鼻から息を漏らしてその場に背を向ける。
「フッ、さあな……」
そして己が使命を全うするべく、最強の騎士が立ち上がる。
「主よ」
「なんだ?」
「オーバーキルになるが、“剣”を抜かせて貰うぞ」
盾と槍を備え持つ彼から飛び出した言葉に対して、エニグマはほう、と少しばかり期待に目を輝かせる。
「……いいだろう」
それはまるで、初めてアルデインがフロアボスの騎士として出陣するときのような、カーソルをずっと第二フロアに合わせていたあの時のような、言葉とは裏腹の期待に満ちた視線であった。
「必ず、我が主の期待に沿おう」
「もちろんです。失敗は許されませんよ」
そしてその期待の眼差しを受ける騎士を厳しく見つめ、神父は再三述べているであろう合言葉のような警告文を口に出す。
「……絶対的な勝利を――」
「――我が主に捧げよう。必ずな」
白銀の鎧に身を包み、ダンジョン内物理攻撃最強の騎士が出陣を開始した。




