2-3 視察
「――なんというか、憐れみを感じてきたんだが……」
「何を今さら言っておるのだ主よ。そちこそがここの“だんじょんますたぁ”であり、我等が唯一の主であるのだ。この対応、当然に思えるが」
「然り。この件については申し訳ないがアリアスの言う通りだ、我が主」
「お、おう……」
このダンジョンでは自分が思っている以上に過大評価されていると、エニグマは少し冷や汗をかいていた。それこそここまで評価されておきながら自分がこの先失態を侵したとき、自分はこのダンジョンに置いていてもらえるのだろうかという不安さえも出てくる程に。
そんな考えがうっすらと出てきた矢先での、この出来事である。
「一応これでも自覚はしているつもりだ。多分。だが俺が特に生成した訳でもないのにこのゴブリン達はどうして一斉に土下座しているんだ……」
現在エニグマ達がいるのは、アリアス=ヴァイオレットがフロアボスを務める第六フロアである。ベースは西洋の館の地下通路の様な風貌をしていながら、所々壁を削ったような跡と、そこから垣間見える土と岩が、この場所が地下のダンジョンであることを思い出させてくれる。
「ゴ、グブグブ……」
そんな廊下にはあまり似合わない、半裸の小柄なモンスターが通路に並んで跪き、頭を垂れている。
全身墨を塗っているかのように真っ黒であり、かつその真っ白な目はどこを見ているのかは分からないものの、どのような感情を胸に抱いているのかを見るものに伝えている。しかし細い身でありながら必要最低限の引き締まった筋肉が見せつける威圧感は、ダンジョンマスターであるエニグマですら少々後ずさりをしてしまう。
平均レベル45の道中モンスター。それがこの黒ゴブリンである。
「ゴフラァ……」
「ゴフ、ゴフ…………」
「……こいつ等は何と言っているんだ?」
「知らぬ。ただ態度からしてこちらに対する敵意は無いことぐらいは把握できよう。彼奴等とてここの住処の主と敵対することの意味を、知らぬわけでは無いからな」
このダンジョンに住まわせてもらっているのは他でもない主のおかげも一つあるが、この場においてゴブリンが恐れているのは他ならぬアリアスという存在であることをエニグマは知らない。
――ゲーム内で住み着いていたころから、ゴブリンは覚えていたのである。このアリアスという幼い吸血鬼は、その気分次第で仲間のゴブリンを派手な血祭りにあげていることを。
ゴブリン達は今回あわよくば主に気に入られると共に、アリアスの上司であるエニグマの命によって自分達が救われるのではないかという考えまで持って、行動を起こしているのである。
「……それにしても凄いな。俺結構ボス部屋とかは凝る方だったからそれなりに装飾とかこだわっていた反面、道中結構雑に創っていたんだけど、お前達が代わりに色々雰囲気が出るような小物とか置いていってくれていたんだな」
「ゴ、ゴファ……?」
それまでエニグマが創り上げていたダンジョン内では、ゴブリンの詳しい生態など描写されるようなことはなかった。
しかし今回ゴブリンの日々の営みを始めて目にすると同時に、ゴブリンの様な自動生成されるモンスターがダンジョンマスターについてどれだけへりくだっているのかをエニグマは目の当たりにすることとなる。
「これまでダンジョンの細かい装飾とかしなくてもそれっぽく勝手になっていたのはゴブリンの仕業だったという訳か……」
「む? 気に入らんのなら全て斬り捨てた後に掃除をするが?」
エニグマの不用意な言葉がアリアスの腰元に挿げてある刀を抜かせる一言となり、その場にいるゴブリン達に命乞いをさせる要因となる。
「ゴフッ!? ゴブリ、ゴブラル!?」
「んぁ? 文句があって五月蠅いというのであれば即刻斬るが?」
「しなくていいしなくていい。むしろ一切手を出すな」
「ゴフゴファー……」
「む、今貴様命拾いをしたとでも言わんばかりにため息をついたな?」
「ファッ!?」
「……それにしても、随分と俺好みの飾りつけをやってくれたみたいだな」
人間のように高いレベルの文明を持っていないとはいえ、小さな瓶が転がっていたり松明らしきものが壁に掛けられていたりしているのは、全てゴブリンの仕業だったのだとエニグマは今初めて理解した。
同時にゲームでは垣間見ることが出来なかった部分も、この世界では辻褄が合うように理由づけされているのを見て、改めてこの世界が単なるゲームの延長線ではなさそうだということを思い知らされることに。
――もっとも、ゴブリン側としては自分たちの住処を転々とする際に落し物をちょくちょくしていたことが功を奏していただけであるが。
更にフロアを歩き回るにあたってゴブリン以外にも自動生成されるモンスターはいるものの、いずれもダンジョンマスターであるエニグマに対して敵対行動をとる個体は一切いなかった。