9-3 打診
「フン! ハァッ!」
「踏み込みが甘いぞ! 演習とはいえど、目の前の相手を倒すつもりで剣を振るえ!!」
息が切れそうになりながらも返事を返す団員。そして厳しい視線で全てを見渡す副団長の激が、更にその場を引き締める。
「むやみに剣を振るな! 技量が低いとしか思われないぞ!」
演習につかわれる木製の剣とは違って副団長の腰元には真剣が、それも細身のすらりとした刀身――刀が挿げられていた。
「少しくらいは褒めてあげたらどうかしら、バシェ。彼女達も頑張っているんだし」
そして演習の光景をにこやかに眺めては鬼の副団長を嗜める団長が、副団長のすぐそばに立っている。彼女もまた、予備ではあるものの真剣を腰に挿げていた。
――帝国騎士第二騎士団団長、、“戦火の戦乙女”ベアトリス=エーカー。
同じく帝国騎士第二騎士団副団長、“鷹の目”バシェ=マリエッタ。
局所地域での紛争を終えてから休む暇もなく、己が率いる団員を鍛え上げる事に抜かりは無かった。
そうして演習を見守る最中、バシェはその場に忍び寄るかのような気配のする方を睨みつけて吼える。
「誰だ! そこに立っているのは!」
隠れずに出てこい――とまで言うまでもなく、堂々とした立ち振る舞いでもって神父服姿の男が姿を現す。
「素晴らしい! 流石は帝国騎士第二騎士団というべきでしょうか!」
拍手と笑顔でもって賞賛する神父であったが、その裏にある企みを見透かそうとしているかのごとく、バシェ=マリエッタは猛禽類のような鋭い視線でもって神父を睨みつける。
「他の者は演習を続行しろ……まったく、誰だ貴様は? この場に宣教師が立ち入るなど不可能なはずだが」
「すいません! マリエッタ様! この方は私の客人なのです!」
神父の突拍子もない行動に後追いするかのように、すぐ後ろから第十七師団所属のフィオナが駆け寄る。そしてベアトリスを除いてあからさまに不機嫌な第二騎士団の面々を前に深々と頭を下げた。
「この度は勝手な真似をして申し訳ありません! 私も重々言ってはいたのですが、どうしても近くで見たいと――」
「いやはや、女性の身でありながらここまで鍛えておられるとは、このアビゲイル感嘆の息を漏らさずにはいられません」
心の奥底では虫ケラの無駄な努力だとほくそえんでいるに過ぎないが、アリアスとは違ってアビゲイルは人前で本性を露わにすることはまず無い。故にこの場は表面上の言葉をその場の一同は素直に受け取る他ない。
しかしバシェだけは、そんな褒め言葉など聞き飽きたとばかりに口を噤んで睨み続けている。
「貴様、この第二騎士団を知らずにほざくか」
「いえいえまさか、噂はかねがね」
これもまた真っ赤なウソである。ただちょっと他より突出した集団程度の認識でしかなく、情報はこれから収集するところである。
「フン。ならばさっさと失せよ。我らの邪魔をするのであれば――」
「別にいいじゃない。神に仕える者を邪険にすると罰が当たるかもしれないわよ?」
態度を決して和らげない副団長とは対照的に、柔和な対応でもって神父の見学を許可する団長の姿がそこにある。
「ごめんなさい。うちの副団長って結構厳しいから」
「いえいえ滅相もありません。それよりも、見学を許していただき感謝いたします」
「そういえば自己紹介が遅れていたわ。私は帝国騎士第二騎士団の団長を務めさせてもらっています、ベアトリス=エーカーと言います。そしてそこの無愛想な人が、副団長のバシェ=マリエッタです」
団長から紹介を受けたにもかかわらず、バシェは態度を改めるつもりなど無いのかその場で腕を組んでは唐突な見学者を一瞥している。しかしアビゲイルもまた相も変わらずに笑顔を崩すことなく、温和な言葉を並べては丁寧に頭を下げている。
「これはこれは、ご丁寧に。私の名前はアビゲイル。神の教えを広める宣教師を務めさせていただいています」
「まあ! ではこの国に来る間にも長い旅をしてきたのかしら」
「ええ。そこで旅の途中で知り合ったのが、第十七師団のフィオナ=エンバースさんということです」
話術スキルによる営業スマイルには誰しもが騙されるであろう。その性根を知らない者は特に。
「まあそうだったの。因みに聞きたいのだけれど、どの神に仕えているのかしら?」
その落ち着いた風貌からして、慈愛の神であるルナであろうかとベアトリスは想像していたが、返ってきた答えは誰も聞いたことも無い神の名であった。
「――私が使えているのはただ一人。我が全能なる主、創造主にございます」
「創造主……? 聞いたこと無いな」
ここで初めてバシェが厳しい口調では無い疑問を持った言葉を吐くが、アビゲイルは無知な民を前に驚きを隠せずにいた。
「おっと、創造主を知らないとは。まだまだこの国での布教が足りていないようで」
「変な宗教を広めるつもりならこの場で叩き斬るが」
アビゲイルに対してあくまで疑ってかかるスタンスを崩さないバシェであったが、ベアトリスは信じる神に違いはあれどといった様子でその場を上手く収める言葉を紡ぎ出す。
「残念だけどその創造主? を私たちは知らないわ」
「おや、知らないのでしたらこの場を借りてじっくりとお話でも――」
「必要ない。あたし達に必要なのは、この国を守るという強い意志だけだ」
そう言ってバシェは中庭に立てかけてある旗の方へと視線を向ける。
「……十字に蛇、ですか」
十字架で神を表しているのかと思われがちなこの旗であるが、その真の意味は全く別物である。
「この都市を真上から見ると、城を中心に十字に建物が広がっているの」
「だから十字、ですか」
「そして蛇はこの国に古くから伝わる伝説から来ているの」
「伝説、ですか」
曰く、この国をその身体で纏わりつくことができるほどの巨体を持った蛇が、この国を影で守っているのだというそうだ。無論そのような蛇など実在せず、あくまで寓話でしかないとベアトリスは付け加える。
「その蛇の代わりという意味で、私達帝国騎士団がいるの」
「我々は常にこの国を守るという誇りを掲げて戦っている」
ここまでで十分といわんばかりに、バシェは警告という意味を込めて刀を抜いてその切っ先をアビゲイルへと向ける。
「故に、信仰する対象など必要ない」
「――なるほど」
ここで下手に食い入るのも良くないと判断したアビゲイルは、静かに礼をしその場を立ち去る。
「では、良きものを見せていただきました。これからも武芸に励まれると共に、貴方方の使命を果たせることを影ながら祈らせていただきます」
「フン。祈祷料など支払わんぞ」
「これは私個人の判断ですので、そのようなものは必要ありません。それと……」
アビゲイルは思い出したかのように、最後に一つだけ約束を取り付ける。
「明日、また見学に来てもよろしいでしょうか? できれば、私の知り合いの騎士も連れて」
「知り合いの騎士だと……?」
神父にとって知り合いであるという騎士。職業柄交わることは珍しいであろう間柄に疑問を持ちながらも、バシェはベアトリスの顔色を窺った後に好きにすればいいという意図の取れる言葉を吐く。
「はい。恐らく是非手合わせをしたいと思うでしょうし」
「……知らん。勝手にしろ」
「では、明日またお会いできることを――」




