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9-2 物色

「――此度からは私がしゅの代わりに貴方に命を下すことになりました、アビゲイルといいます」

「……第十七師団所属、フィオナ=エンバースです」


 エニグマの使いとして現れた神父姿の男。物腰柔らかく慈悲深い笑顔を見せるさまは一見すれば正義の使者とも思われるだろうが、その実は深淵に潜む悪魔の手先だということをフィオナは知っている。


「それにしても我がしゅのおっしゃる通り、ここの紅茶は美味しいものですね」


 紅茶の格調高い香りを堪能しながらも、アビゲイルは主から授かった次なる指令をフィオナへと伝える。


「ところで最近私が耳にした情報によれば、このプルーティア帝国でも指折りの騎士団が凱旋なさったという話ですが」

「それは……」


 フィオナは知っている。目の前の神父のが話題とする指折りの騎士が、誰のことを指しているのか。


「……その様子ですと、ご存知のようで」


 そしてアビゲイルもまた、フィオナが不自然に口を噤んだのを見逃さない。手に持っていたカップを静かに戻すと、アビゲイルはパラパラといつも身に着けている聖書を開いて開いたページに魔法陣を展開し始める。


「さて、どうしましょうか。素直に話されるか、それとも――」

「話します! ……話を、させてください」


 フィオナは知っていた。この問答に答えないという回答はないことを。自ら吐露するか、あるいは強制的に吐き出させられるか。自らに課す精神的な苦痛か、あるいは他者から課せられる肉体的苦痛か。その些末な差でしかない。


「……帝国騎士、()()団というのをご存知でしょうか」

「城下にいる人々の話のタネとしてはあがっているのを耳にする程度には」

「一から十は我々師団とは違う、本当の騎士団。その実力は我等師団全て、全員でかかったとしても一つ騎士団で殲滅ができるという程の実力です」

「ほう……」


 アビゲイルは期待半分、といった様子であった。これがたった一人で師団全てを相手どて殲滅が可能となれば、少しは真剣になって話を聞くことができたであろう。

 しかし団体でようやく()()()()の力、という評価でしかない。アビゲイルは主に持って帰る話にしては少々物足りないと感じながらも、フィオナの口から次の言葉が出てくるのをじっと待つことにした。


「今回はその騎士団の中でも女性だけで構成されていることで有名な第二騎士団が、紛争地域から帰ってきたことで騒ぎになっているんです」

「なるほど……」


 女性だけの騎士団――そんなものなどアビゲイルにとってはどうでもいい情報でしかなかった。大方知名度を上げるためにあえて性別を制限して作り上げたのであろうという安直な予測を立てつつ、アビゲイルは更に情報を収集する。


「しかし奇抜なだけでなく、先ほど貴方が述べた通りの実力をお持ちということでよろしいのですね?」

「はい。特に団長であるベアトリス=エーカー様と副団長のバシェ=マリエッタ様の強さは群を抜いています。貴方達からすれば目劣りするかもしれませんが、この国では数えられるほどの実力の持ち主です」


 まるで二人の実力を目にした事があるかのようなフィオナの断言に対し、アビゲイルはここでようやく持って帰ることのできる話題ができた事を内心喜ぶと共に、興味本位で話を聞くことができた。


「貴方の口ぶりだと、実際に見て来たかのように思われますが……具体的に教えていただけますか?」

「団長のベアトリス様は、“戦火の戦乙女ヴァルキリー”の異名を持っているお方です。その名の通り剣に炎を宿し、一振りで十人をなぎ倒せるほどの苛烈な攻撃力を持っています。そしてもう一人、バシェ=マリエッタ様には飛び道具が効きません。全てを打ち落とす剣技を習得されています」


 成程、付加呪文エンチャントに固有素質(パラメータ)持ちですか――アビゲイルは心の中でこう呟きながらも、口からは初めて聞いた珍しい話に感嘆の言葉を並べた。


「ぜひともその素晴らしいお二方にお会いしたいですね」

「それは……無理な相談です」

「それは何ゆえに?」


 付加呪文はともかく固有素質持ちであれば資質次第でこちら側に引き込むことも視野に入れているアビゲイルは、ターゲットと接触ができないことに難色を示している。


「まさか、私を会わせたくないと?」

「いえ、そういう訳ではないです……ただ、本当に私程度の身分では会うことが難しいのです」

「なるほど、身分の違いとやらですか」


 アビゲイルがこの大都市に足を踏み入れるのは今回が初めてでは無かった。これまでも主の命を受けて何度か足を踏み入れては、視察を行っている。そしてその中でも外から来た流れ者の宣教師としての身分だけでは入れない箇所がいくつか存在することも把握している。

 無論このプルーティア帝国の中心にそびえたつ城もまた、通常であるならば城門に立つことすら許されない。しかし第十七師団所属のフィオナの知人としてであれば、この場所にすら侵入することはたやすい。


「つまり城内でもまた貴方の身分ですら入れない場所に彼女がいる、と」

「そう、です……」

「ふむ……」


 アビゲイルは静かにソファから腰を上げると、窓の外に移る城の中庭を見つめ、そしてその先にあるこの場所よりも高い塔へと目を向ける。


「城内でも高い階層にいる、とでも言いたげですね」

「その通りです」


 この国では高い身分の者ほど街の中央に、そして高い所に住まうのが常のようである。


「……バカと煙は高いところが好きですからねぇ」

「は?」

「いえ、ただの戯言ですよ」


 フィオナに届かなかったのは幸いであろう。そして窓に映る表情が反射しなかったことは幸いであろう。その時のアビゲイルの表情は――


 ――到底心優しき神父からかけ離れた狂喜を帯びていたのだから。


「……ん? もしかしてあの方でしょうか? 貴方の言っている第二騎士団というのは」

「えっ?」


 アビゲイルが再び視線を中庭の方に向け直すと、そこにはフィオナが来ているような騎士装備とは違う、「MAZE」で例えるとすればレアリティの高い装備を付けた面々が中庭で実戦に近い演習を行っている。


「あれであっていますよね?」


 フィオナの答えを聞くまでも無かった。その動揺しきった表情を前に、アビゲイルは聖書をブックホルダーへとしまい込んで退室の準備を始めている。


「では、案内していただきましょうか」

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