8-1 新入り
「――さて、今日はどうしたものか」
「我が主よ。何か飲み物でも?」
「そうだな……この前エルフ族の村から礼として貰ったコーヒーのような飲み物でもいただくとするか」
「では、リーパーにそうお伝えしておきましょう」
少しずつではあるものの神父アビゲイルもエボニーもエルフ族にて魔法を教えている内に馴染んできたようであり、少しずつではあるもののお礼の品などが届けられるようになってきていた。
――それと同時に、少しずつであるものの“想像主教”というものが広まりつつあることをエニグマは知らずにいるのであるが。
「さて、と……」
今日の予定は既に決定している。このアビスホールに新たに仲間を迎える準備と、生活環境の改善である。
――それにはエニグマの隠し部屋の改築も、密かに含まれていたりもする。
「エルドルウからの定時報告にもそろそろ行かないといけなかったな」
そして密かにプルーティア帝国の下水道に潜ませているエルドルウとの情報交換も行わなければならないことを思い出しながら、エニグマは玉座の間にて腰を降ろしてその場に集まったボス達を一望する。
「さてと、練成立会人は誰にするべきか……」
「MAZE」においてダンジョン内のモンスター一体一体が持つ固有の素質というものがある。この素質という本来の種族値に上乗せあるいは引かれる数値はランダムであり、同じ種族のモンスターでもこの素質というもの次第で魔法系統に育成を傾けるか、あるいは立ちふさがる盾として育成するか等、育成方針に大きく関わってくる要素である。
そしてガチャによる練成となると、この本来であれば全くのランダム要素である素質について、ある程度の傾向を決めることが可能となる。
「将来的に戦闘に参加してもらうとなれば、筋力と俊敏性の高いアリアスか、あるいは防御力トップのアルデインが立会人か……もしくはあくまで裏方に徹してもらうならアビゲイルかヤマブキになるが」
練成の立会人が持つ素質だけ新たに練成されるモンスターに影響するというのが、「MAZE」におけるガチャ練成の特徴となっている。そしてエニグマが今回立会人として選定したのが――
「――主の神聖な儀式に立ち会えるという名誉を頂けるとは、このアビゲイル感謝の極みに存じます!!」
「どうしてだ主よ! こんなみょうちくりんなインチキ神父よりも、わらわの方がいいだろう!?」
「すまないアリアス。今回はあくまで裏方としてきちんと動ける奴を錬成したいんだ。そのためにはアビゲイルのバフ系統と器用さに突出した素質が欲しいんだよ」
玉座の前にて主君への献身を題材にした二人の壮大な言い争いが始まろうとしているのを前に、エニグマは苦笑いをせざるを得なかった。アリアスの猛抗議を何とかなだめながらも、エニグマはメニューボードからガチャの欄を開いてそのまま練成画面を表示する。
「念の為セーラとリルは調理場で待機しているんだよな?」
「その通りですご主人様! 私の代わりに美味しい料理を作ってもらっている所です! それと他の中ボスは各持ち場で一応待機しています!」
最近ではメインディッシュである肉料理にも学習の手を伸ばし始めたリーパーが満面の笑みでそう告げると、ならば一安心とエニグマは堂々とメニューボードを続けて操作し始める。
「魔石練成っと……」
この世界においてゲーム運営というものが存在するのか疑わしかったものの、少なくともエニグマの手元にあるメニューボードから練成を選択した瞬間に、目の前にゲーム画面で幾度となく見てきた大小一組の魔法陣が姿を現す。
「で、アビゲイルはその小さな魔法陣に立ってくれればいい」
「承知しました、主よ」
恨めしそうに見つめるアリアスをしり目にアビゲイルは堂々と魔法陣の中心へと足を踏み入れ、その場に誇らしげに立つ。その様子を見たエニグマは最後の仕上げとばかりに、唯一残された魔石十個を大きな魔法陣の中心へと投げ入れて高らかにこう言い放った。
「我が新たな僕よ、今この場に馳せ参じよ!」
現実ではこんな言葉も詠唱も必要なかったものの、あまりの昂りに言い放ったエニグマの言葉に呼応するがごとく、魔法陣はその色を青から赤、そして金へと色を切り替えていく――
「――ッ! 金色ってことは良素質確定か!?」
まさかの最後の召喚でレア演出を見ることが出来たエニグマは興奮を隠せずにいたが、更にそこから魔法陣が禍々しい黒へと染まっていくことで興奮はさらに増していく。
「まさか最高素質確定か!? こんなのアビゲイル以来だぞ!? 流石だな!」
「フッ……主に仕える身としてふさわしい立ち会いをさせていただきました」
この召喚においてアビゲイルは傾向以外全く関係無かったものの、それでもアリアスを無駄に煽るにあたっては最高の材料となっている。
「むぅううううう!! そんなのずるいぞ! これで召喚されるのは完全にランダムだって以前に主は言っていたぞ!」
「しかし貴方が立っていたとしても、魔法陣はせいぜい赤でしょう?」
「さて後は種族次第だが……悪魔族とかの育成ならいいが、天使族だと接待用のダンジョン向けの育成しかしたことないからな……どうすっかなー」
外野の煽り合いなどもはや耳に入らないといった様子の主を横目に、魔法陣を取り囲んでいる他のフロアボスはというと、新たに顕現するであろうモンスターの事について思案を巡らせていた。
「もし騎士として使えるのであれば、俺がスパルタ式に鍛えてやるが」
「もし魔法が使えるなら、あたしの遊び相手になってくれるかなー?」
「あらあら、相手はレベル1で練成されますというのにアルデインもブランも手厳しいわね」
「逆だヤマブキ。この事態で呼び出されたとなれば、一刻も早く我が主の役に立てるように鍛え上げなければならんからな」
あくまでこのアビスホールの更なる発展のためだと意気込むアルデインとは対照的に、どんなモンスターが出てこようと構わないといった様子で笑みを浮かべるヤマブキ。鉄靴を履いたアルデインのまだかまだかという片足踏みのカツンカツンという音は、騒がしい玉座の中でもまたよく響いている。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「それは誤用じゃないかしらアルデイン?」
「なっ!? そうだったか!? だとすれば我が主も――」
「殿方が使う分には問題は無いわ」
「お兄ちゃんが言うことは絶対だからね。しょうがないね」
「貴様等……」
その場にいる全員が見守る最中、遂に新たな下僕が姿を現す。
「おぉ……おう……」
「これは……はたしてどうでしょうね」
「おやおや、この分だとこれは似非神父の失態じゃのう」
「ちっ、この分だと我が騎士団には入れられそうにないな」
「あらあら、可愛らしいじゃない」
「ありゃりゃ、どうせならもう少し同年代が良かったんだけどなぁー」
――そこにいるのは悪魔でも無ければ天使でもない、ただの性別女性の人間だった。
「うわっととと! 痛たたた……ハッ! えぇーっと、失礼しました! この度はこのダンジョンにお世話になります! よろしくお願いします!」
「あぁー……どうするべきか……」
素質は上々。魔法職に向いている所からしてブランノワールあるいはアビゲイルに師事すればそれなりのものに仕上がることは間違いないだろう。しかしながらどう考えても知能レベルが普通よりも足りていないように感じられる。
一見するとどこかの良い処育ちのメイドと思われる風貌。しかしながら現れるなりその場に躓いて転び、内股座りを披露する辺りかなりのドジッ娘キャラだとうかがえる。
「……まあ、いいだろう。ひとまずは歓迎しよう。ようこそ、我がアビスホールへ」
――マリオン=ローゼオ。




