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7-5 軋み

 夜空に浮かぶ月がほのかに夜道を照らされ、その先にはかがり火によって照らされた国の関所が設置されている。

 そんな夜道を行軍する一個軍隊。その旗印は十字架に巻きつく蛇の紋章。これはエニグマ達が潜入していたプルーティア帝国を示す旗印でもある。

 そして馬に乗って先頭に立つは帝国騎士団第二騎士団団長ベアトリス=エーカー、“戦火の戦乙女ヴァルキリー”の異名で知られる姫騎士であった。

 ベアトリス率いる第二騎士団は、他の騎士団とは違って所属する全員が女性という珍しい騎士団であり、実力のある女性騎士の受け皿でもあった。


「――ようやく此度の遠征の終わりを実感できますね、団長」

「ええ、そうですね」


 隣の馬で並走する副団長バシェ=マリエッタから声を掛けられたベアトリスは、戦闘の為に短く切った金色の髪を風になびかせながらも、戦が終えられたことに安堵の息を漏らし、そして微笑んだ横顔を副団長に見せていた。

 彼女ベアトリスが普通の騎士ではなく“姫”騎士と呼ばれているのは、ある理由がある。それは彼女こそがこのプルーティア帝国皇帝でたった一人の姫であることからそう呼ばれている。

 しかしどうして、国で唯一の姫君が先頭を切って戦っているのか。それは帝国の兵士が不足しているからという訳ではない。彼女だけが唯一、国で炎の付加呪文(エンチャント)の詠唱が可能という稀有な素質パラメータを持っているというのが大きな理由であった。

 そして戦乙女ヴァルキリーの右腕とも揶揄されるバシェ=マリエッタ。彼女もまた戦の為にショートボブの髪形に切っており、その鋭い目つきから鵜の目鷹の目と評されている。彼女について、戦場で飛び交う矢の中から自分に向かって飛んできた矢を目前で叩き斬るといった身体能力の高い芸当を成し遂げたという噂も立っている。


「しかし、同時に二か国も敵に回すのは中々に辛いものですね……」

「それは……私の叔父上が、無茶を言ったばかりに――」

「いえいえそんな! 皇帝の事を悪く言うなど、ましてやベアトリス様の血縁者であるというのに!」


 バシェは言葉が災いしたことの罪悪感からベアトリスから数歩遅れて馬を歩かせたが、ベアトリスはその様子を知って自ずと馬の速度を落としてバシェと再び並列して馬を進める。


「……確かに、今の叔父上は少々周りに振り回されている気もします。私はまだ若いから政治的な事は分かりませんが、それでも違和感を覚えざるをえません」


 ――プルーティア帝国は現在、二つの国と戦争状態に置かれている。

 数々の亜人族が集まって一つの国を運営するベストルテ連邦国、そしてプルーティア帝国以上の戦力を隠し持っていると噂されているヴェルクタ公国。どちらに対しても敵対状態で戦線を維持するのは、戦闘だって戦う騎士団にとって大きな負担となっている。此度の争いも結果的にはヴェルクタとの局所戦となり、攻め込んでくるヴェルクタの兵士を第二騎士団だけで何とか抑えたような形となっている。

 そのためにベアトリス達の後を追う騎士は皆疲れ切った表情を見せての凱旋であるが、戦闘の二人は特に目立った疲れを見せる様子はなく、他とは突出していることがうかがえる。


「それはそうとして! いずれはベアトリス様が王女となって国を良くすればいいだけの話じゃないですか!」


 バシェはそう言って今の国からベアトリスが良くしてくれることの期待と、この国が変わるというポジティブな意見を見い出して、それまで重くなっていた空気を何とか軽くしようとしている。


「ベアトリス様ならまず軟弱な男どもを鍛え直すことから始めるでしょうし!」

「そ、そんな事はしませんよ! ……私はただ、一刻も早く争いの無い平穏な国にしたいだけですから」


 そういってベアトリスは騎士らしくもない少女の微笑みを見せて、そして空を仰いでこうつぶやいた。


「私、なんとなく感じるんです。この国が、大きく変わるって」

「それが良い方向だと良いんですけどね」

「ふふっ。良い方向に変えていくのが、私の仕事なんでしょ?」

「その通りでしたな、あっはっはー!」


 ――この後第二騎士団が国に到着したのは翌日の朝のことになる。そしてその凱旋の際にこの国を大きく変えていく者の姿を垣間見ることになるのを、今のベアトリスが知る由など無かった。

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