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7-2 瞬殺

 一時は内部崩壊の危機(?)であったアビスホールに、更なる危機が迫ろうとしていた。


「ん? そういえばアルデインとブランノワールの姿が無いが」


 玉座に腰を下ろしたところで、エニグマは先ほどからこの場に二人のボスが一切姿を現さないことに気が付く。


「二人はどうしたんだ?」

「お二人なら現在、客人のおもてなしに出向かっている所です」

「客人だと……?」


 この世界に来て客人と呼べるような関係になった人物に覚えのないエニグマにとって、アビゲイルの説明は目くじらが立つ内容であった。


「どういう意味だ?」

「実を言いますと、私とエボニーがエルフ族の村に魔法教育を終えた後、跡をつける者がいたようなので、いつものごとく招かせていただきました」


 内容を聞く限りでは、この世界初の冒険者の訪問ということになるということになる。エニグマはその初の訪問者の様子を伺おうと、アビゲイルに更に情報を求めた。


「今の口ぶりだと客人は“聖地ガンド”と“子供部屋”を歩き回っているということだな?」

「その通りでございます」


 主人プレイヤーがいない間であろうと、「MAZE」において冒険者は常にダンジョンへと潜り込んでくる。

 故にダンジョンマスターは出来うる限りNPCの知能(AI)を上げておかなければならない。そうでもなければ指示無しに狼狽えるモンスターがなし崩しにダンジョンを崩壊させるといったことも、過去にはよくある話である。

 しかし今回のアビゲイルの判断に、エニグマは満足といった様子で笑みを浮かべる。


「よし、ならば様子を見てくるとしよう」

「では、私がご案内いたしましょう――」



 ――まるで鋸のように鋭く連なる連山に打ち捨てられた廃墟。崩れゆく足場に気をつけなければ、遥か下の地面へと叩きつけられて一発でゲームオーバーになるという厳しい場所。

 武を極めし“モノノフ”が集う戦場いくさば。それが聖地ガンドのテーマである。


「重装備で来ようものなら足場に気をつけなければ即座にまっさかさま。かといって軽装で来ようものなら一撃一撃が必殺となる剣士や戦士が立ちはだかる。それが聖地ガンドだったな」


 唯一この場を潜り抜けられるのであるとすればそれは魔法職であろう。しかしそれも随所に潜む伏兵や弓兵を前にあっけなく沈んでいく。故に職業による有利不利ではなく純粋なプレイヤースキルが試される場所であり、エニグマにとってもまさに冒険者の力量を計るフロアである。


「なるほど、考えたな。ここなら現地の物の力量を計れる。して、冒険者はどこだ?」

「それは……あちらにてございます」


 エニグマは期待して冒険者の姿を探したが、アビゲイルの指の方向を見るなり、落胆してこう言った。


「マジか……序盤の序盤で死ぬかよ……」



          ◆◆◆



 エニグマが失望するより前――アビゲイルとエボニーがエルフ族への魔法の布教活動を終えた後に、帰路を歩いていた時の事であった。


「あの最初に前に出てきたニムルというエルフ、中々筋が良いですね」

「ああ。後はてんで駄目だがな……」


 「MAZE」において、エルフ族は全体的に魔法職に向いた素質パラメータを持っているが、この世界においては必ずしもそうではないようで、むしろ人間に近いランダムな素質パラメータを持っている様子だった。

 アビゲイルは主から得た知識とこの世界で得た経験のギャップを感じ取りながらも、少しでも己が創造主に報いることができるようにあらゆる手立てを行うことを考えていた。


「ならばいっそ、魔法素質の高いエルフのみを集めて教育した方がよさそうに思いますね」

「神父様の言う通りだなー…………それより、気づいていますよね?」

「ええ、もちろん」


 この時既にアビゲイル達の後をつけて、二人の後を追う者がいた。


「よし、あの怪しげな神父とガキの後をつけるぞ」


 第一騎士団の中でも選抜された騎士四名による尾行――そのリーダーであるエリオ=ブロンディアが同じメンバーに指示を下す。


「あの魔法を見る限り、あいつ等がオークを始末したに違いない。油断をするな」

「しかしあれだけの魔法を使えるのなら、それなりに有名なはずだが……」


 現地の人間の視点からして、アビゲイルとエボニーの存在はまさに正体不明の脅威としかとらえられなかった。しかし彼等も騎士団として、師団とは格が違うという意味でプライドを持って行動を行っている。


「最近ではあの巨人を使った謎の襲撃を生き残ったとかいう第十七()()の女がもてはやされているらしいが、俺達が所属しているのは()()()だということを忘れるな」


 同じ帝国騎士団――しかしその序列において騎士団として名乗ることができるのは一から十までであり、十一より下はあくまで単なる師団でしかない。この差は実力においても歴然として現れるものであり、いずれかの騎士団一つでも残りの師団全てを相手取って勝てるほどであると言われている。

 それほどの誇りがあるにも拘らずエルフ族の村にオークを放つなどといった野蛮な行為を行う辺り、帝国の内部がどれだけ腐り落ちているのかを伺うことが出来るだろう。

 そうして怪しげな風貌の神父の後をつけていると、知る人のみぞ知る地獄への穴がエリオの前に姿を現す。


「……古井戸か?」

「この辺りにはそんなものなど無かったはずだぞ」


 石で壁を固められた、水が無い大きな井戸。その井戸の壁に取り付けられた扉を前にして、エリオ達一行は足を止める。


「なんだ、これは……」

「あの神父とガキ、この中へと入っていったのか?」

「どうこうしている暇はない。開けるぞ」


 エリオが扉に手をかけ、静かに中へと入る。そして彼らの目の前に、己が運命を決める六つの扉が固く閉じられていた。


「……どれだ? どの扉に入っていった?」


 目の前に現れた六つの鉄製の扉。それは一見すれば尾行して来たものを混乱させる罠のようにも思える。そして目の前で起こる不可解な現象が、なおのことこの一行に不信感を植え付けさせた。


「……ッ!? 扉がひとりでに開いた!?」


 腰元から一斉に剣が抜かれるが、扉からは誰も現れず。むしろ逆に招き入れているかのごとく、扉は開いたままである。

 六つ並んだうちの左端から二番目。そこは最強の騎士が鎮座する聖地へと続く道。エリオ達に開かれたのは、聖地ガンドへの道だった。


「入ってみるしかなさそうだな……」


 エリオがそう言って先陣を切り、扉の向こうへと一歩足を踏み入れた瞬間――


「何っ!?」


 突如として扉は固く閉ざされ、エリオとその部下とを見事に分断する。


「クソッ! 開けやがれ!!」


 エリオがいくら叩こうが扉は決して開くことは無く、蹴ってこじ開けようにも鋼鉄の扉には生半可な力など歯が立たない。


「くそっ! ……進むしかないのか……!」


 眼前に広がるは険しき崖の道。一歩足を踏み外せば即座に深い谷の底まで落下するという恐怖。

 しかしそれよりも、あの古井戸から一つ扉を開けただけでまるで別世界に来たかのような光景が広がっていることにエリオは動揺を隠すことができずにいる。


「一体どうなってんだ……ハッ!」


 閉じられた扉に戸惑うエリオの元に、最初の刺客が姿を現す。


「貴様……どこの騎士だ! 名を名乗れ!!」


 エリオの前に現れたのは、鉄の兜を被った三人の騎士であった。いずれも華美な装飾などなされておらず、下級の騎士だとうかがうことが出来る。

 しかしいずれもエリオの声に応じる事無く、代わりに静かにそれぞれが柄を握り、槍を手に取り、盾を構えている。


「……なるほど、ならばよかろう! この帝国騎士第一騎士団所属のエリオ=ブロンディアが、貴様等を一撃のもとに――ゴフッ!?」


 「MAZE」の世界において、わざわざ自然リポップする()()を相手に名乗り上げる者などいない。そしてNPCの騎士もまた、相対して敵の隙を見つけるなり、一撃で葬り去ることを狙っている。

 それらが見事に合致した結果、エリオ=ブロンディアは己が名乗りを上げた瞬間――隙を晒したその瞬間に、はらわたに剣を、槍を、突き立てられる結果となった。


「……哀れ也。弱き者よ」


 そして最奥の地――槍を地面に突き刺し強者がめぐり来ることを願いながら瞑想をしていたアルデインは、弱者が迷いこんだことに静かに追悼の念を送った。

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