7-1 些細なこと
「ん!? いま弟が悪い虫に捕まった気がするのですけど!」
「何を寝ぼけた事を言っておるのじゃリーパー。わらわ達は今このダンジョンの全権を任されておることを忘れたのか?」
第六フロア“緋の館”にて主の帰りを待つ者が二人。
リーパーとアリアスは本来アリアスだけがいる“紅き回廊”のその先――頂にある“天景の間”にて、アリアスとの第二段階の戦闘の場にて他愛もない会話を交わしていた。
天景と銘打つだけあって、地下のダンジョンでありながらステンドグラスが張られており、紅の月が外に広がる雲海を血の色に染め上げているという、幻想的でありながらも不気味さを醸し出しているステージとなっている。
「それよりもリーパーよ。わらわの言った通りに声をかけてきたのであろうな?」
「あ……ええ、まあ」
アリアスの問いかけに対してリーパーは多少の不安もしくは不満が残っているかのような、歯切れの悪い返事を返す。
「なんじゃ、リーパー。もしかしてそちはまだ何も動いてはおらぬとでも――」
「あらあら、ただ単に呼ばれたというよりは雰囲気が悪いわね」
天景の間を侵食するかのごとく、黒い子蜘蛛が壁を這い外からの光を遮断していく――
「――雰囲気を悪くしているのはそちの方であろう。……ヤマブキ」
「うふふふふ……」
ここではなく第五フロア“枢屋敷”のフロアボスを任されし異形の絡新婦――ヤマブキは口元に手を当てて含み笑いを漏らし、そして二つの目をにこやかに歪めながらもしっかりとアリアスを視界に捕らえている。
「そちもその様子じゃと、うすうす感づいておるじゃろう?」
「はて、何のことやら?」
「とぼける必要などない。今はわらわの主もいないからな」
「あらあらぁ、その言い方だとまるで貴女だけの殿方みたいな言い草じゃない」
互いの距離は奇しくもアリアスがボスとして冒険者と立ち会う時の最初の距離と等しかった。そしてそこからアリアスが取る行動もまた、ボスとして冒険者に対する行動と等しいものであった。
「フフフフ……フハハハハッ!!」
台詞も一言一句たがわぬ、敵対者に向けるものと同じ。
「もはや遊びはここまでよ!」
深紅の妖刀が姿を露わにすると同時に、血のようにドロリとした殺気がアリアスの全身を覆ってゆく――
「あらあら、話を聞く耳すらなくしちゃうなんて、幼すぎないかしら」
対するヤマブキもまた、敵対者を発見したときのようにそれまで散らばらせていた子蜘蛛を一斉に周囲へと集め、戦力を整えようとしている。
それを傍から見ていたリーパーは二人の間で何が起こっているのか分からないまま、唯々ひたすらに慌てふためいている。
「さあ、宴を始めよう!! 血で血を洗う、愉快な宴を今ここで――」
「ち、ちょっと待って下さいよ!?」
「あら、いたのねリーパー」
「いましたよ最初から! それよりどうしてお二方とも戦おうとしているのですか!? もしこんなところをご主人様が見ようものなら――」
「その主の為に、今からわらわたちは戦わなければならぬのだ」
「その通り。これはボスとしてではなく女として、雌として当たり前のことよ?」
「め、雌って……」
リーパーは自身も女性でありながら何故この二人が戦わなければならないのか、その理由は皆目見当もつかずにいる。しかしその様子を見た二人はまだまだ子供だとでもいいたいのか、はたまた眼中に無いものと見て問題ないと思ったのか、この戦いの経緯についてリーパーに説明をすることにした。
「まあよい。そちなどもとより土俵に上がることすらおこがましいからのう」
「簡単に言えば、どちらが跡継ぎを作るかって話よ」
「後、継ぎ……?」
この世界にきて早数日。跡継ぎとはどういう意味なのか、リーパーは理解が追い付かなずにいる。
「ちょっと待って下さい、跡継ぎってそんな、まだご主人様がいらっしゃるのに――」
「そう、その通り。主がこちら側にいるからこその問題だ」
アリアスは至って真剣といった雰囲気で刀を鞘に納めると、未だに勘の鈍い中ボスに対して呆れたように息を漏らす。
「今まで借り物の傀儡を通してわらわ達に命を下さっていた主が、この度肉体をもってこの世界に共に降り立って下さったのだぞ。ならば――」
「ならば勇ある雄を前にした私達はどうなるか、その程度の想像はつくでしょう?」
「あ、はぁ……? えぇ……?」
自動人形であるリーパーもまた、主に畏敬の念や好意を抱くことはあれど、本質的な欲情を持つことは無かった。それは彼女が人形であることに起因しているのか、はたまた単なるブラコンだからなのであろうか。それは不明のままである。
「で、でも――」
「やらせておきなさい、リーパー」
リーパーが振り返ったその先、そこにはつい先ほどまでエルフ族の村で魔法の指導を行っていたアビゲイルの姿がそこにあった。
「し、神父様!? どうして止めないのですか!?」
「彼女達が言うことも一理あります。それまで傀儡を通していた主が受肉をして我らのいる下界へと降り立ったとなれば興奮するのも無理はありません。かくいう私も最初は目を疑いましたよ、まさか我らが主が降臨なさるなど、想像だにしませんでしたから」
アビゲイルの語りをよそにして遂に戦いを開始する二人を視界の端に置きながら、リーパーは何とかこの場を納めることはできないのかと神父に懇願する。
「し、しかしそれで私達がこうして戦うことをご主人様は望まない筈じゃ――」
「いいのです」
アビゲイルはまるで心優しき神父の如き微笑みを見せた後、悪魔のような策略を口の端から洩らしてしまう。
「ここで邪魔な小娘同士で殺し合った結果、残りを私が狩れば事実上主を独り占めできることは間違いありませんからねぇ……」
「ムッ! アビゲイル、貴様今何と言った!」
「ゴホン! いえ、何も」
「ウフフフ……ねぇアリアス。ここは一時休戦としましょう? このままだとまかり間違って横取りされてしまいそうな気がするの」
そう言ってほほ笑むヤマブキの視界の先には、アビゲイルの背後を静かに取る一匹の子蜘蛛の姿が。
「ゴホン! ……とにかく、リーパーがここまで言うのです。素直に矛を収めてはいかがでしょう」
「ふむ……わらわも、なんっとなくだがここでヤマブキと戦っても意味がないと思ったところだ」
アリアスも改めて刃を納め直したが、殺気は決して静まることなく別のターゲットへと向けられている。
「……似非神父が」
「小娘風情が……」
「あわ、あわわわわ……」
そうして今度は別の戦いが始められそうになった所で、事の原因ともいえる人物――このアビスホールの支配人がお付の獣人を連れて突如としてその場に現れる。
「ありゃりゃー、お取込み中かにゃー?」
「一体どういう事だ、アビゲイル。説明をしろ」
「ハッ! この度はヤマブキとアリアスが些細なことで争っていたため、仕方なく私が出て仲裁を――」
「何を都合よく介錯しておるんじゃこの生臭神父が!」
「流石の私も言い訳ぐらいはさせてもらいますよ? 神父様」
「……ハァ、ったく」
家では引きこもりっぱなしで世話をさせられる側であったエニグマこと加賀であったが、こちらにおいては世話をする側となり、これから先も問題児(?)を抱える苦労を知る事になるであろうという現実を前に頭を痛めることとなった。




