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5-4 奪還

「――はぁ、これは面倒なことになってきたぞ」

「あ、主よ許してくれ! 今すぐこんな牢獄から――」

「それは止めろ。下手にここで目立つことこそが一番の愚の骨頂だぞ」


 この場にアビゲイルがいれば、アリアスの慌てようを見て嘲笑していたであろう。ダンジョンの外に出る時にいつも引き連れていた彼であれば、今回に似た状況などいくつも潜り抜けてきた彼であれば、落ち着いて対処を行えるであろう。

 しかし今エニグマの隣にいるのはアリアス。彼女との外出はこれが初めてであり、待ち構えるあるいは進軍という形であればまだしも、脱出するという行動は全くの素人といっても過言では無い。


「落ち着け。今はまだ留置所だ」

「留置所……?」


 「MAZE」においてもダンジョンマスターだと疑われたところですぐに収監されゲームーオーバーとなるわけでは無い。「MAZE」におけるダンジョンマスターの直接の処刑ゲームオーバー率は低く、大抵は収容所にて数日留置される。

 その間に迎えの別のモンスターかあるいは引き連れていたモンスターのスキルによって脱獄するか、あるいは収容後に行われる尋問を言葉巧みに逃れるか。いずれかの方法でもってその場を逃れればよいだけの話となる。

 この場にいるのが仮にアビゲイルであったならば、【空間転移テレポート】でもって即座に離脱、容易に脱出が可能となるであろう。あるいは彼の話術でもって尋問官を説き伏せるという方法もとることができる。

 しかし今隣にいるのはアリアスである。無論、彼女の怪力でもって檻をこじ開け無理やり脱出することも不可能ではない。しかしそのような事をすればこの国の警護は厳重なものとなることは目に見えている。


「…………」

「ハッ、主よ! 何か名案が!?」

「ちょっと黙っていてくれ」

「はい……」


 この場合エニグマが取れる行動は二つ。一つはこの場所にアビゲイルを召喚サモニングし、話術ないし以て全てを丸く収める方法。そしてもう一つの方法は――


「“殿、殿!”」

「うん……? どうして子蜘蛛が……ハッ! ヤマブキか!?」


 古びた壁のヒビから入り込んできた子蜘蛛――それはヤマブキの使いであり仔である子蜘蛛である。そして子蜘蛛を介して語りかけている声そのものは、ヤマブキのそれである。


「お前そんな事できたっけか?」

「“あらあら、枢屋敷の子蜘蛛は一体が感知すれば全てが感知しますよ?”」


 そういえばそうだったと、エニグマはたまたま廊下を通りかかった看守に目を配りながら、子蜘蛛を救い上げてヤマブキとの会話を続ける。


「どうした? 何か問題か?」

「“問題とは、殿が捕まってしまったことですよ”」

「それならば大丈夫だ。危険はない」

「“いえ、殿ではなくこの国が危険だというのです”」

「何……? 一体どういう――」


 その瞬間。ズシン、ズシンという規則的な揺れが留置所を激しく揺らす。その自身とも違う規則的な揺れを感じたエニグマは、即座にその原因を言い当てる。


「……もしかしなくてもアウランティウムじゃないよな?」

「“その、まさかです”」


 次の瞬間、大地が吼えるかのような轟音が鳴り響き、そしてそれがアウランティウムの叫びだということにエニグマは気づかされることとなった。



          ◆◆◆



「なっ、なんだこの巨人は!? 突然として表れたぞ!?」

「一体外の憲兵は何をしていたんだ!! これほどの巨大な存在を見落とすはずが……ありえない!!」


 あり得ないが、存在する。あり得ないが、恐怖そのものである。

 それがアウランティウムを育成するにあたってエニグマが掲げたテーマであった。元々は単なる遊び心に過ぎなかったものが、創造主ですら考え得なかった進化を遂げていた。


 ――霧の巨人、アウランティウム。空に突如現れる入道雲のごとく、深い霧の中で、巨人はその幻影を露わにする。


「なんなんだ一体!? 突然霧に包まれたかと思ったら、空が、空が……!」


 薄暗くなった空。しかし日が沈むにしてはいささか時が早過ぎるのが事実。となれば、何者かが空を覆い、地上に届くはずの光をさえぎっているというのが正しいであろう。

 ――その場にいる誰もが経験した事が無い恐怖が空を覆っていたとしても。


「……アウランティウム。やるべきことは分かっていますね」

「……ガアア……」


 巨人の肩に立つ一人の神父――アビゲイルは冷酷な声で、言葉ではなく鳴き声で返事を返す巨人に確認を取る。


「貴方はこうしてしばらくの間立っているだけでいいのです。その間に私がしゅの元へ駆けつけますから」


 たった一人の人間マスターを迎えるにあたってはオーバーキルも甚だしい豪華な迎えであることは間違いないだろう。そもそも通常の人間が真正面から巨人アウランティウムと戦うなど蟻と巨象の戦いよりも凄惨な結末が待っていることは目に見えている。

 これに加えて霧の巨人本来の特性により、真正面から戦いあうというよりもギミックを利用してダメージを与えるようなギミックボスという点からして街の人間に現時点で真っ当な対応策など無いに等しい。


「……全ては主の思うが儘に」


 ――祈りの言葉を捧げ終えると同時に、アビゲイルは光と共に巨人の肩から姿を消した。



          ◆◆◆



「なるほどな……」

「どういうことなのだ?」

「……アビゲイルの方から出向いているらしい」

「――ッ!」


 最初の下僕にして最も敬虔な神父アビゲイル。そんな彼が自立的に動くとなれば、エニグマも少しは納得のいくものとなっている。が、しかし相手に霧の巨人(アウランティウム)という手札を見せてしまったことに対してエニグマは評価を下げざるを得なかった。


「アウランティウムの存在を知られてしまったか。こうなると国の防衛傾向としてゲームであれば頑強な外壁を作り始めるんだが……まあ、あれには関係ないか。一回視認した程度で理解できるはずもないだろう」


 そうして考え事をしている内に留置所内廊下に騒がしくなってきていることにエニグマは気が付く。


「迎えが来たか」


 耳を澄ませば廊下に響き渡る浄化の音と悲鳴、そしてアビゲイルの高らかな詠唱の声。


「愚かな下等生物共に裁きを!! 裁きを裁きを裁きをぉおおおおおお!!」

「どうやら来たようだな、あるじよ」


 だいぶお怒りのようだがな――と心の中で呟きながら、エニグマは鬼の形相で鉄格子を光で焼切る神父の姿に後ずさりをした。


「おお、我がしゅよ!! このような小娘と出掛けたばかりに、このような場所に幽閉されて――」

「幽閉ならばそちとて何度も主に味あわせておるであろうに」

「少なくとも私はこの程度の低レベルなところでは失態を犯したりなどはしないので」


 ただでさえ狭い部屋であるというのに、強大なボス二人がにらみ合うとなればエニグマにとっても肩身の狭い思いをせざるを得なくなる。


「ゴホン! とりあえず一旦アウランティウムを呼び出すことで街を混乱に陥れ、その間に俺を迎えに来たというわけだ」

「その通りでございます」


 アビゲイルはうやうやしく膝をついて忠誠を誓う姿勢を見せているが、今のエニグマにとってはそんなことよりもいち早く混乱に乗じた脱出の方が優先である。


「アビゲイル」

「はい」

「俺とお前とアリアスとでここを出ていく際に、この留置所を破壊する」

「なるほど。主とわらわは逃げ切れずに瓦礫の下敷きになったということにするのだな」

「そういうことだ、アリアス」


 本当ならば主から褒められて浮ついた気分になりたいアリアスであったが、その場にいるアビゲイルの厳しい視線を前に、なんとか固い表情を崩さずにその場を乗り切ろうとしていた。


「……では、その命のままに」


 アビゲイルは手元の聖書からページを飛ばし、周囲一帯を転移するための魔法陣を展開しようとした。

 すると――


「待て!!」

「ん? この声は……」

「……面倒なお嬢さんですね」


 鉄格子の向こう側――あくまでアビゲイルが展開している魔法陣を警戒してか、檻の中にまでは入らないもののこちら側に剣を向ける者が一人。


「表の巨人は幻影! 本来の目的はこの者達の脱獄か!? この魔術師め!」

「そちは……」


 帝国騎士団第十七師団所属、フィオナ=エンバース。この場に居合わせたという現実こそが最も死に近い現実なのだと彼女が知るのは、もう少し後のことになる。


「帝国の騎士か……丁度いい」

「何が丁度いい、だ! お前達がこの混乱を引き起こしたというのであれば、異端者審問にかけて徹底的に――」

「アリアス」

「なんだ? あるじよ」


 エニグマはアリアスの名を呼ぶと、フィオナの方を指して文字通り配下を顎で使った。


「あいつから情報を盗るんだ」

「……承知した」


 戦うという命を受け、戦うためにその瞳を鮮やかな紅へと染め上げていく真祖が、フィオナの目の前に立ちふさがる。


「くっ……」


 剣を持つ手が自然と震える。目の前に立つ相手が、己に死をもたらす死神と同等だと本能が叫んでいる。


「……っ!」


 しかしそれでも、剣を持つ手が決して離れることは無い。ここで退けば己が背負う帝国に背くことと同意義に、騎士となった意味すら投げ捨てることと等しくなる。


「……こい!」

「うん? もう終わっているが?」

「えっ――」


 意を決したフィオナが震える両手を抑えて剣を構えたその瞬間――既に勝負は決していた。


「一体何度切りつける暇があった事やら……欠伸が出る」


 宣言通りにアリアスが欠伸をした途端――フィオナが構えていた剣が何かによって文字通り細切れに切り刻まれ、代わりといわんばかりにアリアスの手には真っ赤に打ち鍛え上げられた妖刀が姿を現している。


「……妖刀『残刻』。相変わらずの速さだ」

「主に褒められるなど、この刀も悦びを隠せずにいる」

「なっ、どういう事だ!?」


 巨大にして優美な刃を持つ刀、『残刻』。その名の通り、時を置き去りにした太刀筋を生み出すことができるという、絶対回避不可の攻撃を繰り出せる妖刀である。

 しかしそんな事などアリアスの持つ力のほんの一部でしかなく、そしてアリアスとしての真骨頂はこれからが本番である。


「さあ――」


 アリアスが納刀を終えると同時に今度は鎧が切り剥がされ、そしてまるで缶コーヒーのプルトップを引き上げるかのようにフィオナの肩布が切り飛ばされる。


「――血を頂こうか」

「くっ! あぁっ!?」

「おや? まさかわらわの見た目がわらべだから振り切れるとでも思っていたのか?」


 人を見た目で判断するな――これはある意味、吸血鬼ヴァンパイアにこそ最もふさわしい言葉であるのかもしれない。

 “鬼”の名を持つ化物に相応しい怪力。アリアスは手形どころか骨をへし折りかねないほどの握力でもって、しっかりとフィオナの腕を握っている。


「さて、聞かせてくれ」


 ――貴様の悲鳴を。

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