5-2 対照的
――同時刻。プルーティア帝国玉座の間にて。
同じ玉座を冠する部屋でも、地下にあるアビスホールとは内装が違っている。窓の外には星の光る夜空が見え、装飾品もシャンデリアだけではなく壁に掛けてある絵画の数々や銀の食器の数々が並んでいる。
そんな中、身に着けるものですら一級品の宝石という、いうなれば全ての人間のあるべき終着点――最高位の存在をその身に着飾っている者が一人、玉座に腰を据えていた。
「ふむふむ、つまりお前達三人が追いたてようとする前に既にオークは敗れ、エルフ族はつかの間の平和を満喫している、と」
「そういうことになっちゃった」
「ふむふむ、つまりその者に褒美をくれてやればよいと――」
「違うっての皇帝ちゃんたら、何言ってるのよ! 皇帝ちゃんはベルちゃん達に新しく依頼してくれればいいの。……その不穏な人影の捜査と、討伐を」
玉座に座しているのは小さな老人。その風貌は一国の長というよりも、村にいるような小さな背をした白いひげのご老人といった方が正しいのかもしれない。そんな“皇帝”の下でまるで経緯など無く馴れ馴れしくも喋っているのが露出度の高い鎧を着た女、ベルデールであった。
「いいからベルちゃんの言うとおりに復唱して。『オークを討伐した不審な人影の捜索を行え。適宜に応じて抹殺も許可する』って」
「そうした方がいいのかのう?」
「そうした方がいいのよ」
プルーティア帝国――帝国を冠する名前から、皇帝が圧政を敷いているといったイメージを持つのであろうが、この世界における帝国とは、無能な皇帝を複数の操り糸が思うがままに操っている、というのが正確な意味となる。
操り糸の中には皇帝の身近にいる貴族だけではなく、ベルデールの様に多少口が達者で、実力も備わっている者ならだれでもこの国を好き勝手に動かす指示を出すことができるという、国としてあってはならない政治形態をとっていた。
ではなぜ反乱などが起きないのか。それは至極簡単である。
皇帝を介せば好き放題できる者にとっては皇帝という矢面がいる方が都合がよく、仮に反乱でも起きようものなら皇帝側が全力で潰しにかかり、それに乗っかる者の方が多くいるということである。
「では、オークを討伐した不審な人影の捜索を行うように。適宜に応じてまっさつ? も許可すると」
「いいわあいいわあ、もちろん承知するわ」
ベルデールはそれまでにない程の歪んだ笑みを浮かべると、その場から駆け足で立ち去っていく。
「おお、これこれ! そちに今回の褒美をやっておらんではないか!」
「あー、褒美なら別に宝物庫から勝手に貰っておくわよぉー」
「おおそうか、なら好きにするがよい」
このように既に地位や財産など空洞に等しく、玉座に座るは“虚無の皇帝”ただ一人であり、優秀な側近などとっくの昔に解雇されたか、あるいは極刑によってその命を落としたのか。いずれにせよこの無価値な地位を狙う者など、誰一人として存在しないのであった。
◆◆◆
エルフ族に見張りを置いてきたことで一安心といった様子のエニグマであったが、まだ打つべき手は山ほどある。
プルーティア帝国以外にも国があるのか、あったとしてそれは友好的といえるのか、はたまた敵国となりえるのか。
現時点で帝国の縁取りすらつかめていない状況において、一番の目的である知名度を広げるという行為は、一歩間違えれば自殺行為にもなりえる。
「この場所のメインレベル帯が分からない状況で、周りからいっせーので続けざまに攻められるのだけは避けたいからな」
「ふむ、つまり主はわらわとプルーティア王国に“でぇと”――もとい、“視察”に向かうべきであると」
「そういうことだな」
現在玉座の前にいるのはエニグマに直々に呼び出されたアリアスを除いて他にはいない。他の者には全て自分の持ち場に戻ってフロア内に異常等ないか改めて探索するように指示が出されており、徘徊ボスであるアビゲイルは手薄となっている第四フロアをリーパーと共に探索すると同時に、このアビスホール全体における探索の総指揮を任されていた。
そうして現在エニグマの元にはアリアスだけが残っているという状況であり、他には誰も玉座の間にはいないという、特定の人物にとってはまさに理想的な状況が作りだされていた。
「……主よ」
「ん? どうしたアリアス」
いつもとは違う、堂々とした姿などそこには無かった。それまで背筋を伸ばしきっていた身体を震わせ、ただただそれまで我慢して振る舞っていた高慢な態度を緩め、アリアスはまるで子供のように褒めてもらいたいといわんばかりに玉座に座るエニグマの膝の上へと飛び乗った。
「あるじー!」
「どうしたんだ突然?」
その場は突然どうしたんだととぼけるエニグマであったが、彼女がこういった設定だということはとうの昔に知っている。
しかし彼女に関するフレーバーテキストについて、エニグマは一切手を加えていない。つまりアリアスの行動は、運営が用意したままの性格に基づいたものとなる。
「しっかし本当にこんな性格だったっけか……? まぁ、現実だったら確実に通報ものだよなぁ……」
「あるじの匂い、落ち着くのだぁ……」
「……でもゲームだからセーフだよね?」
少女に顔をうずめられているという光景など傍目に見れば完全に犯罪行為にしか見えないが、異世界でしかも元ゲームのキャラクターならばまだセーフなのではないかとエニグマは誰かが見ているわけでもないのに言い訳を頭の中に並べ始める。
「……そろそろ外に出る時間になるが」
「分かっておる。しかしもう少しだけ……もう少しだけだ……」
もう少しだけといってもう五分も経過しようとしている。この状況も時間があれば最大限堪能したいエニグマではあるものの、流石にこれ以上時間を浪費することは状況打破に何の影響も及ぼさない。
エニグマはこの状況に名残惜しさを感じながらもアリアスを前に心を鬼にし、冷たくこう言い放った。
「――そろそろ、出ると言った筈だ。支度が出来ていないようなら今からでもアビゲイルと交代してもいいぞ」
「ッ! わ、分かった! すぐに出よう! わらわが悪かったから怒らないで!」
アリアスは主に御叱りの言葉を受けた事とこのままだとアビゲイルと交代させられるという二重のショックに飛び起き、即座に刀を持っていつでも目的地に向かえるとアピールを始める。
「今すぐ行こうではないか! そのプルーティア帝国とやらに!」
「そうだな……」
焦って先を向かうアリアスと、エルフ姉妹や村から得た情報をまとめた地図を手に持って後を追うエニグマ。そしてそれを恨めしそうに陰で見つめるアビゲイルの姿が対照的な玉座の間での一刻であった。




