4-6 底知れず
一度目は偶然であれど、二度目は必然たるもの。アビスホールの住人は、今度こそエルフ族の村に対して今後の判決を下しに来ていた。
「これを飲ませてやれ」
そう言ってエニグマが族長であるカルラに投げ渡したのは、小瓶に入った黄色のポーション。
「全ての状態異常――いや、毒を治す薬とだけ言っておこうか」
「そんなもの、ある筈が――」
エニグマがダンジョンマスターとして君臨していた「MAZE」には、黄色の液体は“不死の秘薬”という名で確かに存在している。そしてそれは調合など、様々な方法で手に入れることが可能である。
しかし反応を見る限りでは今いるこの世界ではこれらの存在は認知されていないようで、エニグマは内心残りの秘薬の在庫確認を怠っていたことを気にはかけたものの、一個程度は渡しても大丈夫だと判断を下した。
「信用できないならそのままゼルーダとやらを野垂れ死にさせるといい。そいつの体力からすると後一分で絶命だ」
交渉で有利に立つ側としては、この結末がどちらに転んでも構わなかった。ここでゼルーダが生き残る事でエニグマ達が持つ物の質の高さや格の違いを見せつけることに加えて貸しを作ることができるか、あるいは村一番の戦士が無残に死にゆくさまを見て服従せざるを得ないことを理解させるのか。
エニグマにとって、どちらでも構わなかった。
「飲ませてみるか、飲ませずに見殺すか。どちらか選べ」
「っ、ゼルーダ、これを飲むのよ」
カルラは一瞬戸惑ったが、事態は一刻の猶予も許さぬと理解したのかエニグマから受け取ったポーションをそのままゼルーダの口にあてがい、半ば重力に任せて喉の奥に流し込むように飲ませた。
「んぐっ、んぐっ……」
「頑張ってゼルーダ、全部飲み干すのよ」
薬の効力はすぐに出たようで、それまで高熱で褐色の頬を真っ赤に染めていたゼルーダの顔色も良くなってきた。
「はぁ、はぁ……」
「ったく、旦那の貴重な薬使う必要なんてなかったでしょ。いざという時はそのまま“被験体”にすればいいのにさ」
「いいんだ、これで」
エボニーは主の考えが理解できないのか首を傾げるばかりであるが、アビゲイルの方はというと慈悲深さに感銘を受けたといった様子でエニグマの言葉に深く頷いている。
「このアビゲイル、主の慈悲深さに感激を覚えました……!」
「……よく分からないけど、旦那はとにかく凄いってことだな」
自分を打ち負かし、そして完全に主の命に従う絶対的な従者を見たゼルーダは、僅かな意識の中で少しの事で仲たがいし瓦解するような自分達との結束の強さの差を感じ取っていた。そしてこの結束の強さを学ぶことこそが、今のエルフ族には必要なのかもしれないと考えた。
たとえそれが辛酸を舐めることになったとしても、後に強くなればよい。そして目の前にいる輩ですら見返せるほどの、反乱できる力を蓄えればよい。ゼルーダは昔からそうして、あらゆる逆境に耐えてきた。
――しかし今回ばかりは乗り越える壁が高すぎることを、ゼルーダは後に知ることになる。絶対的な力の差を、逆立ちしようが百回転生しようがたどり着けない力があることを。
「お前達と対立しても無益だと理解した。ここは大人しく従おう……それとお前達は、一体何者だ」
「俺達か? 俺達は……“底なしの深淵を創りし者”とでもいっておくか」




