4-5 感染
「――というワケで、これからはこのエボニーがこの村を守る役割を果たしてくれる」
「この子が、ですか……?」
「おい、誰だ今子ども扱いしたのは? 解体すぞ」
その見た目とエルフの年齢観を考えれば、エボニーなどととても大人とはいえたものではないことは明らかである。しかしある意味中二病的な性格を形成されたエボニーにとって、自身を子ども扱いされることは何よりもプライドに響いた。
「何で俺がこんな子ども扱いされなくちゃならないんだ。ねぇ旦那、旦那もそう思うでしょ?」
「あ、ああ……そうだな」
エニグマとしては至極まっとうな意見を通されたような気がしていたが、エボニーは初対面のエルフ族を前にしてへそを曲げ始める。
「フン、お前達が村のオークを殺し、そして我が同胞を殺した張本人か」
「ん? 誰だお前は?」
――千載一遇。そんな中で、ゼルーダにとってはまさにそういわざるを得ない状況が転がり込んできていた。
自分の留守中に好き勝手言いたい放題言ってはその場を立ち去って行った輩が、目の前に再び立っている。そうなったらエルフの中でも戦士であるゼルーダが取る行動はたった一つ。
「この卑劣な振る舞い、貴様の命でもって雪がせてもらおう!」
「はぁ、面倒なイベントだな。エボニー」
「ん?」
「適当にあしらえ。ただし殺すなよ? 毒を盛るのも禁止だ」
「ちぇー」
敵を前にして随分と舐められたものだとゼルーダは憤った。しかし同時に自分を前にしてそんな口を叩けるほどの実力を持ち得ている可能性を考えたゼルーダは、突進を仕掛けて一気に終わらせようという自分の考えをなんとか制した。
そうとも知らないエボニーが無造作にも前に出るのに対して、ゼルーダは背中の剣を取ってジリジリと慎重に間合いを詰める。
「……何秒で終わると思う?」
「はっ……恐らく――」
エニグマの問いかけにアビゲイルが答える前にゼルーダはほぼ瞬間に近い時間でもってエボニーの前に詰め寄り、剣を横に一閃に薙いだ。
「ッ、獲った!」
それまで無防備に構えも取っていなかったエボニーは、ゼルーダの剣が身体を通り抜けていくのを黙って見過ごすしかなかった。
当然のことながらエボニーは下半身の感覚を無くしてしまい、このままだと上半身と下半身がずれてその場に落ちることになる。
「あーあ、出血はまずいだろ」
しかし同胞であるエボニーが真っ二つに斬られたのにも関わらず、エニグマは特に眉一つ動かすこともないどころか、逆にエボニーを斬ってしまったゼルーダの方を心配している様子である。
「血液感染だとどうなるんだっけ?」
「確か高熱による移動制限及び筋力低下、体力最大値低下、その他ほとんどの耐性がマイナスになります」
エボニーとの戦闘において最も重要視されることは、エボニーの血液に触れないことである。エニグマに対してアビゲイルが述べた通り、エボニーの血液に触れた途端に千を超えるウイルスが接触者に感染し、あらゆる症状を引き起こすと共にデバフがかかり、更には以降のデバフ耐性もガタ落ちするという恐ろしい特性がある。
つまり自然と接近戦は回避すべきなのであるが、冒険者の中でも近接職の割合は多く、その多くがこの接近戦が制限された中で朽ち果てていくのである。
「っ!? がはぁっ!?」
エニグマの心配した通り、ゼルーダを最初に襲ったのは発熱と吐血であった。
「ぐ、あ……」
「あーりゃりゃ、またこれはこれは派手に臓物をぶちまけてしまった……」
「仕方ありませんね……【神の施し】」
瀕死の手傷を負わせた側が瀕死となり、瀕死の手傷を負った側がスゥッと立ち上がる。それもアビゲイルによる回復魔法によって、完全に傷口とダメージが回復された状態で。
「馬鹿なエルフ族の戦士だ。たかだか30レベルそこらで勝てるとでも思っていたのが間違いなんだよ」
防衛をするのではなく、一方的な蹂躙を行う。それがエニグマの掲げる絶対不落のダンジョンを構成する一つであり、コンセプトの一つでもあった。
そしてレベルが80と30であれば、それこそ万夫不当の大の大人と赤子以上の実力の差がある。ゼルーダを殺す手段など、エボニーにとっては無限にあるに等しかった。
「さて、ゼルーダよ」
「こ、か、はっ……」
もはや呼吸すら困難なほどに吐血を繰り返し、その場に倒れ込みもだえ苦しむゼルーダを前に、エニグマはしゃがみ込んでこう言葉を投げかけた。
「選べ。服従か死か。お前の目の前にいる者に忠誠を誓うか、このまま死ぬか」
「待って下さい! ゼルーダはまだ帰って来てからの状況が――」
「状況ならたった今理解しただろう。これから先エルフ族は俺の保護の元で生きるか、それとも今のこいつのように野垂れ死ぬか」
「従います! 従いますからゼルーダをお助け下さい!」
村の長であるカルラはひたすらにエニグマの元に跪くと共に、ゼルーダの命を乞う。
「……いいだろう。さて――」
――村の行く末を決める時が来た。




