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4-4 次なる一手

「――さて、と。いくか」


 闇夜に浮かぶ月が照らしだすは、森を歩く三つの影。

 今回エルフ族の村に向かうのはダンジョンの主であるエニグマと自称一番の従者であるアビゲイル、そして二人に比べて体格が一回りも二回りも小さな子供――鳥の嘴のような特徴的な仮面マスクで顔を隠し、清潔感のある真っ白な白衣ではなく返り血の付いた不気味な白衣を身に着けた者が二人の後を追う。


「言っておくが、エルフ族の解体は厳禁だ」

「エルフ族“以外”なら構わんのだろう?」


 その声色からしても十代前半の少年の様な声色であり、下手すれば十代にも満たないのではないかと思われかねない。そんな少年をエニグマは連れ出している。

 狂気の沙汰と思われるかもしれない。しかしそれは傍目に見ればの話であり、彼等アビスホールの住人にとってはこの少年ですら立派な戦力の一つとして数えられている。


「さて、行こうか。狂気の手術オペの始まり――」

「今回戦闘(オペ)は一切ありませんよ」

「なっ!?」

「言った筈だエボニー。お前はエルフの村で、あくまで“医者”として駐留するのだと」


 エニグマから呆れた様子でエボニーと呼ばれた少年は、期待外れといわんばかりにがっくしと肩を落としつつも主であるエニグマの後を追う。

 エボニー=ザ=ヘルタースケルター。それが彼を表す名であり、第四フロアにおける中ボスを示す名でもあった。

 そんな彼であるが、先述してある通りリーパーとは名字ファミリーネームが違えど姉弟関係にある。彼を外に連れ出す際にリーパーは多くの荷物を持たせようとしていたが、それは流石に必要ないと既にエニグマにさえぎられていた後のことだった。


「嘘だろ……久々に俺の暗殺術サイレントキルの出番が来るのかと思ったのに……」

「安心なさいエボニー。貴方の力を振るう時は必ず来るはずです。その時には必ず勝利をしゅに捧げることを期待していますよ」


 アビゲイルは子供エボニーの扱いになれているようで、若干中二病気味な発言をする少年に対して宥めるかのごとくそう言った。

 エボニーの育成にあたってのエニグマの当初のテーマは、“殺せる回復役”である。殺せるというのは回復役であるエボニーだが、同時に攻撃もこなせるという二極型を目指して育成されているという点からテーマとされている。

 そのためか回復はもちろんのこと、医者というイメージから武器として短剣ダガー代わりにメスを使っての出血込みの斬撃を繰り出し、そして自らはその場で薬を調合して常に回復したりバフを掛けたり、逆に相手には薬品を投げつけてデバフを擦り付けると嫌がらせの限りを尽くすというキャラクターとして育てられている。

 この戦法をとるように育成されたエボニーは第四フロア全体のテーマであるデバフ地獄にはぴったりであり、地下水路の中ボスにはふさわしいキャラである。更に第三フロアで大抵のアイテムを抜き取られた後であればデバフ地獄は更なる本領を発揮し、一切の解除も出来ないままなす術もなく倒れていく冒険者が後を絶たなかった。


「仕方ねぇな。旦那がそういうつもりならそうするよ」


 エボニーは手持無沙汰にメスを使った手遊びを始めるが、闇夜においてそのようなキラキラと無作為に月光を反射させるような行為など自分の場所を知らせるに過ぎない。

 だがそれこそがエボニーの狙いであり、密かに主には内緒で敵がいないか、敵がいたとして襲ってきてはくれないかという期待を持っての行動であった。


「……エボニー」

「ん? どうかしたんですか神父様」

「貴方、それをやめてはどうでしょう」

「何故です? 神父様」


 エボニーは不気味な仮面の奥でへらへらと笑ってごまかしているが、アビゲイルにはそれが通用せず、分厚い聖書の背で頭を叩かれる結末を迎えることに。


「痛ってぇ!?」

「おふざけはお止めなさいと言っているのです、エボニー」

「どうやらアビゲイルの言う通りのようだ。来るぞ、二人とも」


 エニグマは静かにアビゲイルの後ろへと下がり、反対にアビゲイルとエボニーは主を守るべく前へと出る。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「エボニー、まさか貴方これを狙ったわけでは無いでしょうね?」

「ま、まっさか神父様! そんなはずないじゃないですか!」


 ものの見事に意図のど真ん中を見抜かれたエボニーは動揺を隠せずにいることにアビゲイルは呆れていたが、説教の前に片づけなければならない案件を優先するべく聖書を開き始める。


「あ、神父様は手を下さなくても、俺がちゃんと責任を持って片づけますよ」

「何を言っているのですかエボニー。貴方で片づけられるものとは限りませんよ」


 アビゲイルは至極当然のことを言ったつもりであるが、エボニーは仮面の奥で笑みを浮かべるだけでその場を退きさがろうとはしない。

 茂みをかき分ける音が徐々に近づくと共に、エボニー達の前に一つの大きな影が姿を現す。


「……なんだ、ただの大蛇か」


 エニグマこと加賀が元いた世界でもこの大きさの蛇はそうそう存在しない。だがこの世界では、元のゲームである「MAZE」では普通に存在している。

 ――あくまで下級のモンスターとしてであるが。


「旦那、そこで見ていてくださいよ」

「エボニー!」

「放っておいていいぞ。エボニーはあんな感じで俺から言われた仕事はきちんとこなすからな」


 エニグマの言う通りエボニーは自分の好奇心を満たすための行動を優先するが、それよりもさらに優先されるのが自らを作りだし、そして姉であるリーパーと共にダンジョンにおいてくれるエニグマの命。


「さて、どう料理してやろうか……」


 外での戦闘ということもあり、エボニーは少々気分が高まっている様子。白衣の裏には隠している薬品入りの注射器にメスがずらりと並ぶ。


「グオオアアアアァッ!」


 大蛇が首を持ち上げて戦闘態勢を取れば、その体格差は歴然として表れる。

 普通であるならば一撃で子供の方が葬り去られるのが世の常のはずであるが、この世界が普通の世界ではなく、そして大蛇と相対しているのがエボニーである限り、その常識は覆されることになる。


「術式開始――」


 エボニーが取った最初の行動はメスを取り出して相手に投げつける通常攻撃。冒険者はともかくエボニーにとって図体の大きな蛇など単なる的でしかなく、次々と刺突性能の高いメスが突き刺さっていく。


「オペレーション・デルタ――ってもう終わりかよ」


 あまりにもレベルの差があったのだろうか、エボニーとしてはまだ始動技でしかなかった高速移動による急接近を仕掛けた時には既に、大蛇は絶命をしていた。


「なんだ、骨の無いやつだ」

「ここいらにはお前の期待しているような“被験体”は存在しないぞ、エボニー。大人しく着いてくるんだな」

「ちぇっ」

「早く来なさい」


 アビゲイルから急かされたエボニーは大蛇の死体からメスを回収すると、そのまま惨殺死体をその場に放置して、後を追うように走り去っていった。

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