4-3 暗雲
「――すると、貴方達はオークを追ってここまで?」
「そうなりますね」
エルフ族はまたも突然現れた来訪者に対して驚きを隠せずにいたが、それまでとは違って暴力的でも支配的でもなく、対等に話そうとしている騎士たちを見て少しだけ気を許していた。
村の長であるカルラは騎士の三人を席に着かせ、自分もまた同席をしてこの三人組の話を聞くことにした。
「ではエリオさん達は、国から指定されていたオークの集団を追ってこのような場所まで?」
「ええ。オーク達の跡を追ってここまでやってきたのですが、どうやらここで途切れているようでしたので、もしやあなた方が――」
最後まで言葉を言おうとしていたエリオであったが、途中でエルフ達の雰囲気が暗く沈んでいくのを見るなり口を噤んでしまう。
「…………」
「……ここで一体、何があったんだ?」
黙りこくったエリオの代わりに口を開いたのは、エリオの姿が好青年の騎士とすれば年齢を重ねた熟練の騎士と呼ぶにふさわしい壮年の男だった。
「教えてもらえないか? ここで一体何が起きて、オーク達はどうなったんだ?」
男の名はローガン=ロドリゲス。腕の太さが丸太ほどもある彼の筋力は底知れず、事実プルーティア王国では第一騎士団を率いる騎士団の長である。彼は今回のオーク征伐における部隊長であるとエルフに自己紹介をするとともに、ここで何が起きたのか、オーク達はどこに消えたのかをエルフ達に問いただし始めた。
「我々とて手ぶらで帰る事も出来ない上、もし生きているのであればオークを野放しにはできない」
「だったらその必要はないぜ」
「何だと?」
騎士三人組が現れてからそれまで口を開かなかった褐色のエルフ、ゼルーダが話に割って入る。
「オークなら全滅した。この場所でな」
「なっ!? なんですって!?」
「まさか、オークを倒したのか!?」
あり得ないとでもいわんばかりにローガンは目を見開いて驚いたが、それは勘違いしているとゼルーダは言葉を付け加える。
「いや、倒したのは我々エルフでは無い。お前達が現れる前に、魔術師の様な服装をした二人組の男によって皆殺しにされたよ」
「一体どういうことだ? この一帯に魔導師がいるなどあり得ない話だ」
ローガンは予想外の人物の存在に驚きを隠せず、腕を組んで状況整理にあたる。
その間にエリオはエルフの一族からその男二人組について少しでも情報を得られないかと事細かに男の特徴を聞き出すことにした。
「その二人組の男の特徴は?」
「特徴……どんな感じだったかしら?」
「確か真っ黒な服を着た人の方が、もう一人のことを主って言っていたわよね?」
「そうそう、まるで神様みたいな扱いしていたわ」
「そのもう片方はというと、フードを深くかぶっていたせいか顔は全然分からなかったわね」
「そうそう。でもそっちの男の方が結構偉そうだったわよね」
「大ババ様を脅していたものね。でもそれだけの実力はあるわよね、だってオークを一瞬にして倒したんだし」
「…………」
聞きだした情報を整理した限りだと、既存の知っている存在ではないとエリオは断定した。ならばこの者達は風来坊の冒険者か、はたまた敵国の者か。あるいは全く予想の付かない何かなのか。
「いずれにしても詳細を把握しておかなければ、これから先の障害物となる可能性もある、か……」
「あの、今何か?」
「はい? あ、いえ、こちらの話です」
エリオは神妙な顔つきから元の営業スマイルに戻ると、ローガンたちと共に一旦状況を把握するために本国に戻ると言ってその場を立ち上がる。
「我々はあくまでオークを追ってきていたのですが、思わぬものと遭遇してしまったようですね」
「一度本国に掛け合ってみよう。その者は恐らく国でも名の知れた悪党かもしれない」
ローガンが腕を組んで不穏な言葉を並べると、カルラは不安げな表情を浮かべてローガンの言ったことの意味を問い始める。
「何故悪党なのです?」
するとローガンは少し言いにくい話題だとばかりに一拍呼吸を置いた後、ためらいながらも口を開く。
「……君達エルフ族が、人身売買として高く売られていることを知っているか?」
「っ! まさか……!」
思い当たりのある節があったようで、カルラはそれ以上は何も言えずに絶句している。
そしてカルラを見てやはりといった様子でローガンは更に言葉をつづけ、オークを追っていたらオークよりも性質の悪い集団に出くわしたと言った口ぶりでこう言った。
「そのまさかの可能性が高い。もっとも、オークを一瞬にして薙ぎ払うなどあり得ん事だと思うがな。あの屈強でタフな輩をそう簡単に倒せてたまるか」
ローガンはあくまで相手の服装が魔導師という線から催眠術でも掛けたのではないかと疑っている様子。そしてエリオはというとまた別の線で状況推理を行っている。
「もしやとは思いますが、自作自演の可能性があるのでは?」
「その線も捨てがたいな……」
ローガンとエリオは考えがまとまらずにいるが、ひとまずは本国に情報を持ち帰って、それから対策を打つということで一旦エルフ野村を離れることにした。
「では、我々はこれで失礼する」
「ええ。お気をつけて」
「貴方達こそ、例の輩にはお気をつけて」
ローガンは立ち上がってカルラの方に向かって軽く会釈をすると、そのまま集会所を去っていく。その後を追うかのようにエリオももう一人の騎士も、立ち上がって軽く会釈をかわすと、そのまま集会所から去っていった。
「では、失礼します」
そうしてエルフの集会所を後にした途端、エリオとローガンの顔つきはそれまでの好青年と頼りがいのある壮年から一転していら立ちを隠せない悪党のような――否、悪党の顔つきをして毒を吐き始めた。
「チッ! 面倒なことになってきやがった!」
「本当だな。このまま手ぶらで何の収穫も無く帰る事なんざできやしない」
「あーあ、折角オークを召喚してくれたっていうのによぉ。なぁベルデール」
それまで一切口を開かなかった最後の一人が、遂にそのベールを脱ぐ。
「――全く言えてるわね。たかがエルフを売り飛ばすだけだってのに、どうしてこうも面倒事に巻き込まれなくちゃいけない訳?」
男の見た目でありながら、女の声色で喋り出す。そして次の瞬間には文字通り、化けの皮がはがれて中から一人の女性が姿を現す。
「ったく、どこの国? ベストルテ? ヴェルクタ?」
鎧に身を包んだ騎士二人とは違って、ベルデールと呼ばれた女は急所のみを隠すだけの身軽な装備――一歩間違えれば単なる痴女ともいえる服装でもってローガンとエリオの前に立っている。
「ったく、ここは帝国の領地だってのに好き勝手やる輩がいるなんて、ベルちゃん苛立ちが抑えられなくて困っちゃうわ」
はた目に見れば己のことを“ベルちゃん”と呼ぶ痛々しい女であるが、これでもプルーティア帝国では最も腕の立つ仕掛人であり、今回村をオークに襲わせてボロボロにさせた張本人でもある。
弱った所でオークを更に罠にハメて足止めし、エルフ族の女を掻っ攫っていく。そんな簡単なはずの任務に面倒事を持ち込ませたのは誰だ、とベルデールはいら立ちを隠しきれない態度でもってローガン達に対して語気を荒げる。
「仕事の邪魔をするなら死んでもらうしかないわね。それも国ごと」
「生かそうが殺そうがどっちでも構わん。今問題なのはその黒服の魔導師だ。少なくともベルデールが焚きつけたオークは十体は下らなかったはずだ」
「あら? 二十はけしかけた筈だけど?」
ベルデールがけしかけたのはこの場所より離れた地に住まうオークであった。途中撒き餌を撒きながらこのエルフ族の村まで誘導したのは大変な苦労であっただろう。
しかしそれも二人組の男の手によって見事台無しにされたと言っても過言ではなく、事実ベルデールはその見ず知らずの二人組の男の事を想像しては苛立ちのあまり地面を蹴ってしまう。
「クソッ! あのオークをここまで引っ張るのにベルちゃん危険まで冒したってのに!!」
「犯されそうになりましたからね、一回」
「うっさい! 黙ってろエリオ!」
「どっちも静かにしろ。この場所はまだエルフ族の村から遠く離れてはいないんだぞ」
ローガンは苛立つベルデールと煽るエリオの両方を宥めながらも、まだ見ぬ存在への敵対心と警戒心を持ち始めていた。




