4-1 設定
「――さて、食事も済ませたところで再びエルフの村に向かうとしようか」
「仰せのままに」
「セーラ」
「は、はい!」
「料理、中々のものだった。この調子でリーパーにも教えてもらえるとありがたい」
晩餐会を通して、エニグマはこの世界における新たな情報を得ることが出来た。
まずこの世界の料理自体についてであるが、基本的な焼く、煮るといった手間を加えた料理が多く、エニグマがいた日本特有の味付けより、西洋的な味付けが多くなされている。
更にいうと以前の世界ではモンスター一体一体にスキルがあって得意不得意が明確であり、レベル制限によって結果的に一体のモンスターが得られるスキルに上限があったのだが、この世界ではそんな事はなく学んだ分だけ技術を覚えられそうであるという点である。
「流石に剣術の様なものだと達人になるには現実と同じだけの時間がかかりそうだが……」
その点では既に100レベル分だけのスキルを得ているアビスホールの住人は、他より有利といえるのかもしれない。
「今回エルフの村に行くのは俺とアビゲイル……そして、エボニーだ」
「エッ、エボニーですかっ!?」
エニグマの口から出た言葉に最初に声を挙げたのは、またしてもアビゲイルがついていくことに不満だったアリアスではなく、主の前から皿を下げようとしていたリーパーであった。
「えっ、ちょっと待って下さいご主人様! エボニーはまだ全然全くの未熟者だと思いますけど!」
リーパーはまるでエボニーのことを誰よりも知っているような口ぶりで主であるエニグマに異論するが、エニグマは心配する必要はないといって慌てるリーパーをなだめる。
「あいつももうレベ――じゃない、それなりの戦闘経験がある。この辺一帯の警備くらいはできるはずだ」
「しかし――」
「主の命にこれ以上逆らうというのですか? リーパー」
「いえ、滅相も御座いません!!」
アビゲイルの語気が強まった所でリーパーは身を引くが、それでもまだ主であるエニグマの判断に対して不安が残っている様子を見せている。
「心配するなリーパー。第四フロア“地下水路”での防衛数が一番高いのは実を言うとエルドルウよりエボニーの方なんだ。その点からいっても外に出られるだけの実力はあると踏んでいる」
「そうですか……」
「……そんなに弟が気になるのか」
「ひぇっ!?」
――ため息交じりにリーパーに向かって直球の質問をぶつけたのは、アルデインであった。直球でぶつけられた言葉に対して、リーパーはまるで核心を突かれたかのようにドキリと背筋を伸ばして目を逸らし始める。
「そ、そんなことないですよ! ……ただ、ただでさえ今危険な地下水路を任されているのに、外の世界なんて――」
「はぁ、まったく……」
「これがテキスト通りにあるブラコン設定か……」
一通りフレーバーテキストに目を通してはゲームの世界に浸っていたつもりのエニグマであったが、百聞は一見にしかずとでもいうべきであろうか、実際に弟に対する過保護ぶりを見てしまうと苦笑いせざるを得ない。
というのもエボニーもリーパーも課金アイテムによるランダム生成によって作りだされた自動人形と人間であるが、エニグマによるフレーバーテキストの設定により殺人人形に仕立て上げられた不幸なブラコンの姉と、それを見てしまったが故に気が狂ってしまった自称“外科医”と名乗る切り裂き魔のシスコン弟ということになっている。
ある意味今回エニグマが描いた通りの設定が目の前で繰り広げられているが、この設定は間違いだったかと内心少し思ってしまっている。
「少なくとも“地下水路”の見回りよりは明らかに簡単な任務に就かせる予定だ。それにお前にも任を与えるつもりでもある……リーパー」
「はいっ!」
「弟を心配するのも分かるが、まずは自分に命じられた任務をこなせ。いいな?」
「はい、分かりました!」
リーパーは地下水路よりは安全という言葉を聞いてほっと胸をなでおろすと、元の殺人人形として、“緋の館”の中ボスとしてふさわしい顔つきへと戻っていく。
「では早速ですが私はどうすれば?」
「ひとまずセーラと共に“緋の館”に戻れ。そこにも厨房を作ってやるから料理を習得しろ。弟にも食わせてやるつもりならな」
「了解しました! では早速いきましょう!」
弟が絡むとやけにヤル気があるような気がしなくもないと思いながら、エニグマはセーラを引っ張るリーパーの背中を見送る。
「……今からでも書き換え――いや、仮にできたとしても無粋か。他にそういう面倒な設定をしている奴いたっけな……」
元々はそういった設定で中ボスである弟を先に倒したらフロアボスであるリーパーが怒り狂って強力なバフがかけられる等を予定していたが、エルドルウのフロアボスへの格上げなどの調整により、今は離ればなれで任せられたフロアを守っている。
しかし今回の姉のブラコンぶりを見たエニグマは調整時点で面倒くさがらずにフレーバーテキストを書き換えておけばよかったかなどと反省するとともに、この分だと他にも面倒なのが数体いなかったかと記憶を思い返し始める。
「……まあいいか。さてと、では行くとするか」
「“地下水路”は流石にお供が必要かと存じます、主よ」
「分かっている。奴等はまず言葉が通じるかどうかが問題だからな……この際だからエルドルウは義体の方に移しておくのも手かもしれないな。その方がコミュニケーションも取りやすいだろうし」
「義体に移す方も同時進行で?」
「ああ。移すのは俺がやる、っていうかやってみる」
不定形の異形種として区別される化け物とはいえ、エニグマのことを“飼い主”として慕っているのはゲームの頃から分かっている情報である。ゆえにエニグマも不安がありながらも敢えて自ら移し替える役を買って出る事にしている。
「それとアリアス」
「なんだ主よ」
「お前とは大ババ様とやらの話を聞いた後、もしこの近辺に人間が主導の国があるのならば俺と一緒にその国を訪れる予定だ。その支度をしておけ」
「なんと! わらわが主とでぇと!?」
「おぉおおおおお、主よ!! 何故私では無くこんな娼婦に!?」
ここで「狂信者のお前といると無駄な主張をして面倒事に巻き込まれる可能性があるから」と真正面から言えずにいるエニグマは、フロアマスターだからこそアビスホールを任せていられるのだという言い訳を並べることでアビゲイルをなだめる。
「お前ならこの場所全体を守れるが、アリアスだとそうはいかない。しかしアリアスも俺を守るくらいならできるはずだ」
「主の言う通り、お前こそこの場所を守ることができるであろう」
「くっ、主の言うとおりでありますが、アリアスに言われるのは癪でしかありません……!」
「ふふふふ、心配せずとも主はわらわが守ってやる」
アリアスはこの後主であるエニグマと一対一で出歩けることに妄想を膨らませ、鼻歌交じりに玉座の間を立ち去っていく。
「主とでぇと♪ 主とでぇと♪」
「ああ、何故私は男なのだ……!」
「いや、お前は男で神父のままで十分だぞ……」
明らかに浮き足立つアリアスと対照的に悔しがるアビゲイルを見て一抹の不安を覚えつつ、一度言ったことを取り消すわけにもいかないエニグマはそのままアビゲイルにエルフ族の村へと行く支度を告げる。
「急ぐぞアビゲイル。今から“地下水路”に行ってエボニーを連れ出しエルドルウを義体に入れ終えた後、エルフの村に行くのだからな」
「仰せのままに、主よ」
セーラから大ババ様という新たな伝手を得たエニグマはアビゲイルにそう告げると、アビゲイルもまた元のボスらしい厳しい表情に戻って主の命を素直に受け入れる。
「まずは“地下水路”……必要ないと思うが下剤と毒薬を持っていっておくか」




