3-5 情報不足
晩餐会は粛々とすすめられてがいくが、エニグマが期待しているような和やかな雰囲気の中で情報を聞きだすという雰囲気からははるか遠のいていた。
一部を除いてナイフとフォークがカチャカチャと音を立てるくらいで、至って重苦しい空気の流れる夕食会となっている。
「…………」
今や本物のダンジョンマスターとなったエニグマも、元はといえば単なる引きこもりのネットゲーマーであり、このような雰囲気には全くもって不慣れといっても過言ではない。
「…………」
「わぁー、これ全部リーパーが作ったの!?」
「わ、私じゃなくてほとんどセーラさんに作ってもらったんですけど……」
「ふーん、それにしても美味しそうだね!」
そんな中マイペースに言葉を並べているのが他でもないブランであった。その子供っぽい性格ながらまさに周りの目など気にしておらず、自分の感じるまま思ったままの発言を躊躇なく行っている。
「じゃ、この美味しそうなシチューから貰おっかな! 熱いから、ふー、ふー……」
エニグマ達の目の前に並べられた小奇麗な料理の数々は、いずれもセーラが腕によりをかけて作ったものである。中には少し不格好なリーパーの料理があるものの、特に誰かが嫌がる様子もなく他の料理と共に口元へと運ばれていく。
「もぐもぐ、んぅっ!?」
「ど、どうしたんですかブラン様!?」
セーラが作ったシチューを口にした途端、ブランのどに詰まったかのような声を挙げて固まる。それを前にしたリーパーはブランがのどに詰まらせたのではないかとうろたえるが、ブランはしばらくしてからゴクンと音を立てて呑みこむと、笑顔でもってこう叫んだ。
「お・い・しー!! これすっごくおいしいよ!」
「少しは静かに食べなさいブラン! 子供じゃないんですから!」
「えぇー、だって108歳ってまだ子供でしょー?」
「人間なら既に還暦超えていますよ、まったく」
フレーバーテキストで分かっていたはずであるが、いざ耳にするとやはりドキリとしてしまう。
自分の五倍近くも年上が、こんなにも子供っぽく振る舞っていることにぎこちないような不思議な感覚。エニグマは思わずスプーンを動かす手を止めてしまったが、しばらくしてはしゃぐブランと目が合ってしまい思わず目を逸らしてしまう。
「あっ……もしかしてお兄ちゃん、行儀が悪いのは嫌いだった?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
「えぇー! でも今目を逸らしたじゃん! 行儀が悪いのはなおすから、許してよお兄ちゃーん!」
一つ一つの動作がまるでこの場を賑やかす子供そのもの。そんなブランを目にすれば誰しもが気を抜かしてしまう。
「全く、厳粛な場が貴方のせいで滅茶苦茶ですよ……」
「えっ? ごめんなさい……」
「ふん、そうやって主の点数稼ぎとは、随分と賢しいな」
本当は自分も同じくらい子供っぽく振る舞って主に甘えたいとは口が裂けても言えないアリアスは、せめてもの皮肉でもってブランに牽制を仕掛け、少し悔しそうな表情で食事を再開させる。
「ところで、セーラといいましたか?」
「はい?」
中々本題をきりだせずにいるエニグマの意図を汲み取ってか、アビゲイルはそれとないタイミングでもって末席で妹のリルと共に座るセーラへと声をかける。
「以前もオークのような輩に襲われたことが?」
「以前は……そんなことは無かったです」
「では、ここ最近この辺りで何か変わった事は起きませんでしたか? 周囲の情報も含めて聞いておきたいのですが」
アビゲイルのそれとない話の誘導の上手さに、流石は布教と話術のスキル持ちだとエニグマは内心アビゲイルを褒め称えた。
そのアビゲイルの言葉に促されるがまま、セーラはそれまで握っていたフォークを皿の上に置き、自分の村の事と周囲の地理情報、そしてこれまでに変わった出来事を全て離し始めた。
「私達エルフ族は、基本的に他の種族との交流はありません。森の奥深くでひっそりと暮らしているだけで、本当ならオークに場所を知られることも無かったはずだったんです」
「はずだった、というと?」
エニグマもセーラの話に割ってはいり、はずだったという言葉の真意を問う。アビゲイルもまた同じところに引っかかりを感じていたようで、セーラの目をまっすぐと見つめて嘘偽りのない言葉を期待して待っている。
「……実はオーク達が村にやってくる三日ほど前に、村の周辺をニルン達が歩いていたんです」
「ニルンと言いますと……?」
「あ……ニルンっていうのは、私達エルフ族が貴方達の種族のことをそう呼んでいるだけなんです」
セーラがおずおずと遠慮がちに言うところからして、あまりいい意味でつかわれているようではないとエニグマとアビゲイルは思いながら、セーラが話を続けてもいいのかこちらの様子をうかがっているのを見てしばらくはまた余計な口出しはしないことを決める。
「ニルン呼びはともかく、その人間が何かコソコソ嗅ぎまわっていた可能性があって、オーク達を嗾しかけてきた可能性もあると言いたいんだな?」
「ですがオークにとっては人間も繁殖でしかないから――」
「つまりそんなオークすら従えさせることができるほどの者が向こうのバックについている可能性を考えなければなりませんね」
もっとも、緑オークを嗾しかけてくる時点で底が知れているものとエニグマは考えているが、それでもただの先兵として使い捨て目的で野にはなった可能性もなくはないと同時に考えることもできた。
「じゃあ一つ聞くが、この辺に俺達のような人間の住む国や街はあるか?」
「国、ですか……」
自分の集落にこもりあまり外に出ることのないエルフ族の中で、セーラは外に出て野草を採る仕事が多かったことから、周辺国といった広い地域情報など知る由もない。しかしこの人物なら知っているのではと、セーラはエルフ族の長老のことを話し始める。
「あ、でも大ババ様なら知っているかも」
「大ババ様?」
あの村に老婆などいただろうかとエニグマは思い返すが、先にも述べた通りエルフ族は大変長寿であり、その見た目も老婆といいながらもあまり変わることは無い。
「はい! 大ババ様はその昔世界中を旅したというエルフ族の中でも珍しいお方なのです!」
「それは素晴らしいお方ですね」
「百年前の古びた情報じゃなければいいがな」
エニグマは皮肉を吐きつつも、その大ババ様と会うために再びエルフ族の村を訪れることになった。
そしてこの小さなきっかけから後に一つの国が落ちる大戦争の引き金になるとは、誰も想像できなかった。




