3-4 晩餐会
「みんなー! おっはよー!」
「むぅ、随分とまたせおって、ようやく来たか――って、おい!!」
玉座の間にて、第三フロアのボスであるブランの姿を見てようやく来たかと思っていたアリアスであったが、その返ってくる際の姿を見て思わず声を挙げる。
「一体何のつもりだブラン! 主におんぶされての登場だなんて、うらやま――ボスとしての自覚がなっておらぬではないか!」
ブランはというと、ダンジョンマスターであり自分の創造主であるエニグマの背中に密着した状態で玉座の間に姿を現していた。
その姿を見たアリアスの口から本音がポロリと出てきたのをエニグマは聞き逃さなかったが、敢えて聞いていなかった素振りを見せつつ、自分がブランを甘やかしてしまっていることを自戒するような発言をした。
「えぇーと、これお前を背負って帰ってきたのはマズかったみたいだな……」
「えぇーっ! お兄ちゃんは悪くないよー!」
ブランはエニグマを庇うかのように背後から更に密着するが、それがアビゲイルにとっての怒りの導火線に火をつける結果となってしまう。
「悪いのは貴方ですブラン! 創造主であるエニグマ様におんぶなどさせて! 腰を痛めてしまわれてからでは遅いのですよ!!」
この程度で腰を痛めるほど年を取った覚えはないがとエニグマは言いたかったが、アビゲイルが怒り狂っている様子を見て下手な発言をしない方がいいかもしれないと判断し、ブランを降ろした後に一旦その場をアビゲイル達に預けてみることにした。
「えぇー! でもお兄ちゃんがおんぶしてくれるって――」
「それは主が慈悲深いだけであって、貴方はそれにかまけているだけではありませんか!!」
「そうだぞブラン! そんなことでおんぶして貰えるならわらわもしてもらいたいぞ!!」
「アリアス!! 貴方まで欲望をだだ漏らしにするとはどういうことですか!!」
アビゲイルの怒号が飛び始める最中、格上の存在がこうも子供っぽい理由でいがみ合い罵り合う風景を怖れながらも不思議そうに見ている者がいる。
「……あんな風なのに、強いんだ」
隣の厨房料理を終えて戻ってきたセーラは、丁度アビゲイルとアリアスがにらみ合っていがみ合う姿を目の当たりにしてみていた。少し遅れてリーパーが、料理に銀のクロッシュをかぶせてテーブルへと運んでくる。
「リーパーさん、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ色々と料理を教えていただきましたし、これでご主人様に美味しい料理を食べさせることができます!」
リーパーは満面の笑顔でセーラにお礼を告げたがアリアスとアビゲイルの様子を横目に見てしまい、そして自分では止められそうになさそうな状況だと判断するや否や、そのまま何も見なかったとでもいわんばかりに残りの料理を隣の厨房から運び出すべくその場から足早に去っていく。
「……リーパーさんも強いのかな」
「ええ、もちろんよ」
セーラの呟きを拾ったのは、すぐ隣で優雅に座っているヤマブキであった。
「ああ見えて皆、殿に大切に育てられてきた忠実な僕なのですから」
「僕……ですか」
エニグマとともに最も長い時間を歩んできたのはアビゲイルであり、二番目がアリアスだと思われがちであるが、大蜘蛛時代を考慮すれば実は一番長い間ダンジョンに居座っているのはヤマブキである。
「殿だって最初のころは手のかかるダンジョンマスターでしたんですよ? 間違ってモンスターをダンジョンの壁に埋めちゃったりして、忘れたころに掘り起こしたらミイラがダンジョンを闊歩し始めたりしたこともありましたし」
「それって、どういうことです?」
「うふふふふ……どういうことでしょうね?」
ヤマブキはひたすらに微笑むばかりであるがこのダンジョンひいてはダンジョンマスターであるエニグマのことを一番よく知っている存在なのかもしれないと、セーラは料理を玉座に座るエニグマの前まで運びながら考えを巡らせた。
「礼を言う」
「いえいえ、こちらこそ助けてもらったことに比べればこれくらいは――」
「このダンジョンに料理スキルを持つ者などいないからな。お前のように料理スキルを持つ者がいると助かる」
「料理、“スキル”……?」
「ああ、料理“スキル”が――あっ」
エニグマはここで初めて失態を犯したと、思わず口を噤んでしまった。そしてそのことに気が付いたアビゲイルとアリアスは即座に戦闘態勢にうつるとともに、余計な情報を耳にしてしまったセーラをいつでも抹殺できる状態に入る。
スキルとはあくまで「MAZE」特有の単語であり、この世界一般では通用しない。それどころか異文化の言葉、ひいては異世界の言葉かもしれないという可能性を与えてしまったエニグマは、ここで大きな失敗を犯してしまったのではと一人相撲を始めてしまう。
「あの、ええと――」
「……お前は何も聞かなかった。そういうことにしておいてくれ」
「ええと、何が何やら……」
セーラとしては料理とは誰でも学べばできるものであり、スキルという聞きなれない特殊な言葉を使うこと自体を不思議がっていただけであり、エニグマ達が創造しているような状況にまでは至っていない。
対してエニグマはゲームの中の用語がこの世界で通じるとは限らない――もっといえば外部の者に謎の用語を使う集団だと知られてはならない、あくまでこの場所に元からひっそりと暮らしていただけなのだという情報のみを与えておかなければならないと考えていた。
何故ならばこの謎だらけの世界で自分達は情報を得られぬまま、逆に直結するものではないとはいえ不用意な情報流出は避けなければならないとエニグマは考えていたからである。
もしこの先セーラが余計な情報を持ち歩くのであれば、アビスホールの住人は容赦なく牙をむくであろう。この先より親密な関係を持つことになろうとも、エニグマにとって最も関係が深いのはアビスホールの住人である。
彼はこの場所を守るためならば、それこそゲーム感覚で人間を消していくであろう。例えこの世界が生身の世界であろうとも、信じられるのは自分を慕う者だけなのだから。
「いいから忘れろ。それとも強制的に忘れさせてやろうか?」
「な、なんかよく分からないんで口を閉じておきます」
「それでいい。今後一切、外の者にこの場所で話したことを喋るな。いいな」
「はい……」
セーラに脅しかけるように約束を迫ったエニグマであったが、セーラが口を割らないと誓ったことで再び元の口調に戻っていく。しかしアビゲイルとアリアスは信用ならない様子で、いつでも殺す準備ができている事を主であるエニグマに伝える。
「よろしかったのですか主よ。この者を消し炭にしなくとも」
「わらわが叩き斬っても良かったのだが」
「あたしのおもちゃにしても良かったんだけどねぇー。それこそ死ぬまで」
それまで子供っぽく振る舞っていたブランも、この言葉だけはとてつもない殺気がのせられている。それは裏を返せばそれだけ主であり“お兄ちゃん”と慕うエニグマを想っているという意味でもあった。
「この話は俺とセーラの間で決着がついた。お前達が憂う気持ちも分かるが、ここは俺を信じて欲しい」
「承知しました」
「主がそういうなら……」
「お兄ちゃんの言いつけなら、あたしも守るよっ!」
何か発言をする度にこうなるのかとエニグマはこの先が不安になったが、今はヤマブキの言う親睦を深めて情報を引き出す方に気持ちを固めなければならない。
「さて、セーラ。改めて席についてくれ」
「あっ、はい」
「それとアビゲイルにアリアス、そしてアルデインにブラン。お前達もだ」
「主よ、本当によろしいのですか?」
「逆に聞くが、俺の隣が嫌か?」
「まさか!! 光栄の極みにございます!」
アビゲイルは畏まると共にさりげなくエニグマの隣の席をキープし、その反対側はアリアスが即座に確保する。
「えぇーっ! あたしもお兄ちゃんの隣がいいー!」
「駄目です。これはフロア順で決まっているのですから」
「それだったらヤマブキが遠いじゃん!」
「別に私は末席でも構いませんわ」
「…………」
ブランは頬を膨らませつつもヤマブキの反対側の空いている席に腰を下ろし、未練がましく足をブラブラとさせている。
こうなると残っているのがアルデインになるのであるが、アルデインに残されている席はセーラの向かい側しかなく、完全に末席となる。
「……仕方あるまい」
完全に子供じみた三人の席取り合戦に辟易しながらも、アルデインは鎧を被ったままセーラの向かい側に腰を下ろすことにした。
そうしてできた現在の席順はこうなる。
テーブルの最奥真ん中の一番上座に座っているのがエニグマであり、そこからエニグマから見て右側から順にアリアス、ヤマブキ、セーラの順。左側にはアビゲイル、ブラン、アルデインの順に座っている。
自らの元に僕たちが集まっている光景を見渡すと、自然と内側から沸々と昂揚感が湧きあがってくる。その高揚感がこれから先この世界で待ちうける何かに対してなのか、それとも今あるこのアビスホールが現実と化していることへの興奮なのかはエニグマにとっては分からない。
だが一つだけ確実なものがある。今、ダンジョンマスターの目の前には――エニグマの目の前には最高戦力といって差支えない者達が、主を慕って同席しているということだ。
この現実を前にしてエニグマは自然と口元を笑みに歪め、そして高らかにこう謳った。
「さて、始めようではないか。我々アビスホールのフロアボスが初めて集まって行う晩餐会を!」




