3-3 子どものような悪魔
「――さて、と」
エニグマは玉座の間から一旦このダンジョンの入り口でもある運命の間へと戻っていた。
この部屋は全てのフロアに通じる場所でもあるが、このダンジョンは必ずしも第一フロアから攻略開始できるとは限らないように設定してある。
「この部屋で冒険者たちは一旦ランダムに振り分けられるんだよな……」
全六フロアの内一つを、完全に一人しか通れない扉で通される。即ち複数の冒険者でやってきたとしても、実際の攻略がソロ攻略と等しくなることが多い。アビスホールが攻略不可能と言われている理由の一つに、半強制的なソロ攻略をいきなり強いられるという点がまずあげられる。
そして不可能と言われる二つ目の理由に、ダンジョンマスターのいる玉座の間にたどり着くためにはそれぞれのフロアでカギを手に入れなければならず、結局は全てのフロアの攻略を強制されるという点である。長期戦を強いられ、更にはアイテムの途中補給も不可能となれば、フロアを攻略する順番もある意味肝となってくる。
こうして振り分けられるフロアは完全にランダムであり、振り分け設定ができるのはマスターであるエニグマただ一人。よってこのダンジョンは、ある意味最初からエニグマの手のひらで踊らされるところからスタートとなる。
「さて、第三フロアに通じる道は……こっちだな」
ダンジョンマスターの権限により通常ならランダムで選択されるはずの入り口が、指定された第三フロアへと道を開く。
「さて、取られてもいいようなものだけ持って先に進むか……【九つの魂】」
エニグマが唱えたのは自身が放てる中で魔力がギリギリまで消費される魔法、【九つの魂】。この魔法はレベルの最大値が低く体力も100レベルの冒険者に比べれば真正面からの殴り合いなど不可能なエニグマにとって、まさに生命線ともいえる魔法である。
自身の周囲に犠牲となる魂を九つ浮かばせることで、九回までなら自動でダメージを肩代わりしてくれる魔法。一見すると破格の魔法効果だと思われがちであるが、自動でのダメージの肩代わりはどんなに小さなダメージでも肩代わりすることとなり、例えるならドラゴンのブレスで全身を焼きつくされようがゴブリンに小突かれようが同じ魂が一つ消える計算となる。
しかし現実としてエニグマが相対する敵のほとんどが一撃でエニグマをオーバーキルするほどのステータス差が生じているため、【九つの魂】のデメリットの半分は消え去っているに等しかった。
「さて、これで万が一でも良し――と」
周囲に青い魂を浮遊させつつ、更にエニグマはメニューボードからアイテムを呼び出す。
「このポーションで魔力を回復して、今度は絶対魔法防壁を張ろう」
絶対魔法防壁――詠唱者の周囲に魔法を完全に遮断し無効化するバリアを張る魔法である。これにより外から魔法による特殊攻撃やスキルは全てシャットダウンされるが、代わりに自身も魔法を発動しようとしたところで遮断されるというデメリットを持つスキルである。
ならば戦士や剣士向けの魔法ではないかと思われがちであるが、この魔法もまた魔法職を専門でレベルを割り振っておかなければならず、魔法騎士という騎士と魔導師を両立させた職業ですら使える者はごく限られた人間のみとなっている。
先に述べたようにダンジョンマスターは冒険者に捕まるか、倒さればゲームオーバーとなる。逆に言えば捕まったり死にさえしなければ敗北とはならない。エニグマは攻撃の全てをモンスターに任せる代わりに、自身は絶対的な防御手段を得ることでダンジョンマスターとして生き延びてきたのである。
「……しかし我ながらホラーチックに創ったよな。パッと見でヤバいって分かるのはここと第四フロアの“地下水路”だもんな」
“子供部屋”と銘打っているだけあって、この場所だけ地下ダンジョンではなくまるで子供がおもちゃ箱をひっくり返した後の部屋であるが、全て自身が小人となっているかのような錯覚を覚えるレベルの設置物の大きさとなっている。
「そしてここにいるのも黒ゴブリンとか、後は妖精か」
黒ゴブリンは相変わらずへりくだった態度を取っているが、気まぐれにしか動き回らない妖精には関係の無い話だと言わんばかりに、自身を発光させながらエニグマの周りに飛ぶ魂と一緒に付きまとっている。
「おいおい、俺が持っているのは体力回復用のポーションとかだけだぞ? 貴重品は全て置いて来たからな」
しかしそれでも持ち物チェックだと言わんばかりに、妖精たちはエニグマに攻撃を仕掛けてこないもののフードの下に潜り込むなどをしては所持しているアイテムを持ってどこかへと飛んでいく。
「ったく、返してもらいたいんだが!」
このままではブランノワールの部屋に到着するまでに丸裸にされてしまいかねないと思ったエニグマは、妖精達の追跡を振り切るために走り出す。
「これ以上とられるのもごめんなんでな!」
この“子供部屋”の最大の特徴として挙げられるのが、大量にいる妖精達による装備品やアイテムの抜き取りである。通常の冒険者が最初に入るフロアとしてこの“子供部屋”を引き当てようものなら、当初山のように用意していたであろうポーションやデバフ解除アイテム等のほとんどが盗み出され、最悪の場合鍛え上げていたであろう武器や装備が盗まれる可能性すらある。
「くっ、【偽装人形】!」
通常戦闘において自分の身代わりとなる人形を置くことで確実に戦闘回避ができる魔法であるが、皮肉にも自分で育て上げたダンジョンにはそんな魔法に引っかかる妖精などそう多くはいない。
「ここの妖精は特殊な訓練でも受けてるってか!」
自分のダンジョンに苦しめられるという皮肉を受けるエニグマであったが、そんな彼の行く先にまるで救いの手だと言わんばかりの宝箱が置かれている。
「…………」
ダンジョンならば宝箱が置いてあるのは必然。そして冒険者ならば宝箱を開いて中にある貴重な物資に手を伸ばすのは必然である。
しかしエニグマはその未開封の宝箱を敢えて無視して通り過ぎようとしている。
「どうせミミックだろ? このダンジョンを作った主を騙そうとするなよ……」
エニグマから見事正体を見破られた宝箱は、ビクッと一瞬動くと共におずおずとダンジョンの奥の方へとまるで引きずるかのように移動し消えていく。
ミミックとは宝箱に擬態することで開封しようと顔を近づける冒険者を捕食し、その体内に幾つもの宝物を蓄えるモンスターである。今のように事前に把握しておかない限り諸劇の捕食攻撃はほぼ回避不可能であり、かつ一撃で体力をごっそりと持っていくほどの攻撃力を持つことから、この“子供部屋”でアイテムを奪われたほとんどの冒険者がここで倒れていくというのが定石である。
「おいミミック、どうせならボス部屋まで案内してくれ」
主から命を受けたミミックは特に返事を返すことなど無かったが、エニグマと一定の距離を取った状態でずりずりと移動し、エニグマが妖精と戯れていて遅れている様子であればしばらくその場で待つなどとエニグマを的確に導くための行動を取りつづけている。
そうしてたどり着いたのが可愛らしく「ぶらんのわーる」といった壁掛けがなされた大きな扉の前であり、ボス部屋の前の大扉だった。
「ありがとうな」
「…………」
ミミックは宝箱の端から覗かせるくらいでエニグマに特に攻撃を仕掛けてくる様子など無く、ボス部屋まで送り届け終えると再び元の場所へとまたずりずりと移動していった。
「……最後喰われるかと思ったがそういう訳じゃなかったんだな」
舌を出された時は魂がいくつか減らされる状況を覚悟していたが、特にそんなことは無く済んだことにエニグマは安堵して扉に手をかけ、中へと踏み入っていく。
――中は子供でも眠っているのであろうか、真っ暗な部屋で寝息だけが聞こえるばかりである。窓もないため夜の光も届かぬ地下の子供部屋で、寝息を立てる者がいる。
幼き少女、否、少年とも取れる中性的な見た目の子どもが、大きなベッドの上で眠っている。一見すると天使の様な寝顔であるが、内に潜んでいるのは悪魔なのかもしれない。
「むにゃむにゃ……はぅあ!?」
子供は来訪者の存在を感知したのか、寝ぼけ眼を擦りながら体を起こし、本格的に目を覚ますためにその場で背伸びをした。
そして背伸びをした瞬間――それまで何も生えていなかった背中から、まるで呼応するかのように蝙蝠の様な真っ黒な翼が背を破って飛び出してくる。
「……ブランの方が起きたか」
「ふぁぁ……あれっ? お兄ちゃん? もしかしてお兄ちゃんなの!?」
その声もまた男とも女とも取れるような中性的なものであったが、このダンジョンの主に向かって「お兄ちゃん」などと呼びかける人物はたった一人しかいない。
「おはよう、ブラン」
「おはようお兄ちゃん! あれ? もしかしてあたし何か悪いことした?」
見た目は小悪魔、中身は魔王。そんなキャッチフレーズを彼女につけたのは他でもないエニグマ自身である。
「いや、何も悪いことなんてないさブラン」
「えぇーっ、悪魔としては一日一悪が目標なのにー!」
「一悪しているとすれば、他のフロアボスが玉座の間に勢ぞろいしている中自分一人ボス部屋で居眠りしていたことが悪だろうな」
「それ言われちゃうと困っちゃうなー、でもえっへん!」
エニグマからブランと呼ばれた幼い少女は無い胸を張り、悪いことをしたというのに反省どころかそれを誇っている。
「皆を困らせてやりましたよ!」
「あぁ、もう十分悪いことしたからそろそろ一緒に来てくれるか? そろそろ夕食の準備もできている頃だろうし」
「わーい、ご飯だご飯だ――ってもしかしてお兄ちゃんと一緒にご飯を食べるの!?」
思わぬ反応にもしや嫌であったかと思うエニグマであったが、ブランはむしろ一緒のテーブルにつけることがこの上に無い程の至上の喜びといった様子で飛び跳ねている。
「えっ!? えっ!? お兄ちゃんと一緒!? うわぁーい! わーい!!」
ブランはぴょんぴょんと飛び跳ねながら辺り一面に無差別に魔法を打ち込み、暗闇を魔法の光でちかちかと照らしていく。
「嬉しいのは分かったが、あまりはしゃぎすぎるなよ?」
「うん、分かったよお兄ちゃん!」
本当ならば暗闇の中でブランとノワールが入れ替わりながら戦うという、簡単にはパターンを読ませないボス戦が繰り広げられるはずなのであるが、この時のボス部屋はというと、はしゃぐ子供を見て和む親がいるような、優しい空気に満ち溢れていたのであった。




