3-2 呼び出し
「……なんだ、お前達座らないのか?」
「俺は騎士だ。いかなる状況であれど、主の身を守る事こそが第一だ」
「主と同席するなど、私にはまだ畏れ多くもあります故――」
「あらあら、では私は失礼して」
アルデインとアビゲイルが畏れ多いといって同席を遠慮する中、ヤマブキだけがそれならばとクッションの上に一人座る。
すると何か思うところでもあるのか、アビゲイルとアルデインの肩がピクリと反応を示す。
「うふふふ、まさか殿方と同席できる日が来るなんて思ってもいませんでしたわ」
「そうだな……」
こうして改めて見れば上半身だけは本当に人間の女性として非常に目を引く容姿をしていると、エニグマは人間の雄として湧き上がろうとしている欲情を抑えながらもヤマブキを見つめた。
ヤマブキにもアリアスにもいえることであるが、二人とも黒髪のロングヘアーである。
昔ゲーム内で知り合いの同業者から黒髪フェチなのかと聞かれたこともあったが、その時はリーパーが金髪だからといって反論をしていた。
しかしこうして改めて見つめ直すと、やはり自分は黒髪フェチなのかもしれないという錯覚すら感じ始めるほどに、ヤマブキの女性としての美は完成されていた。
「そんなに見つめられると、恥ずかしゅうございますわ」
「いや、悪いわるい……」
「まさかヤマブキ、何か不満があるとでも?」
「まさか! ただ、殿方の視線を独り占めしてはよろしくないと思いまして……」
アビゲイルが一歩間違えれば男色ではないかと思えるほどの嫉妬を覚える中、アルデインはアリアスとリーパーが戻ってくるのが遅いのではと思い始めた。
「……第六フロアはそんなに広いのか?」
「ん? どういう意味だアルデイン」
「主の指示を受けてからアリアスとリーパーが戻ってくるのが遅いと思ってな」
「そうだな。確かに第六フロアは似通った場所をわざと多く製作することで、冒険者を疲弊させる役割もあるのだが……」
まさかあの二人が方向音痴という設定は無かったはずとエニグマが心配していると、ようやくといった様子でアリアスとリーパーの二人がセーラとリルを引き連れて玉座の間へと現れる。
「よ、ようやく到着しました……」
「ふん、ボスの恥さらしめ」
「返す言葉も御座いませんアルデイン様……」
「まさかとは思うが、道に迷っていたのか?」
「リーパーの方がな、主よ」
アリアスが呆れ顔でリーパーの方を見やると、ひたすらに申し訳ないと言った様子で涙目になっては何度も何度も頭を下げてはカチューシャとツインテールを揺らしている殺人人形の姿がそこにある。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「別に遅れたことにいちいち腹を立てたりしない。道中何かあったのかと心配していただけだ」
特に何もなく遅れた、しかも単に道に迷っていたなどという可愛らしい理由つきともなっては怒る気も失せてしまう。エニグマは表面では苦笑しながらも、内心ではリーパーとアリアスに対して微笑ましさを感じていた。
「そんな、勿体無きご配慮を……」
「ふん、主に心配させるなど僕としての意識が足りんぞ」
「申し訳ありません……」
「主の慈悲にかまけ過ぎですよリーパー、自重しなさい。それとアリアス、貴方がいながらどうして遅れたのですか」
「そちには関係の無いことだろうアビゲイル。ちょっとうるさいぞ」
「……フロアボスとして自分のフロアの事はよく知っておくべきと、忠告だけはさせていただきますよ」
「……分かってる」
アビゲイルが嗜めたところで、エニグマは改めてエルフやアリアスも含めて席に着くように促してみる。
「ひとまず皆席に着こうか。晩餐会を開きたい」
「晩餐会、ですか……?」
「ああ、そうだ。セーラにリル、お前達の席も用意してある」
アリアスについて来ていたセーラとリルは、ダンジョンの主であるエニグマに言われるがまま、恐るおそるヤマブキの隣の末席へと腰を落とす。
「お隣、失礼します……」
「あらあら、可愛らしい子ね……食べちゃいたいくらい」
「ヤマブキが言うと冗談に聞こえないんだよな……」
大蜘蛛の時からつまみ食いが得意だったヤマブキの言葉にエニグマは冷や汗をかいたが、当の本人はというと冗談だと割り切った様子でケロリとしている。
「さてリーパーよ、料理はできるか?」
「へっ? 料理ですか?」
「ああ。残念ながら俺はそんな生肉や生野菜を食えるようなタイプじゃないから、せめて火を通すくらいはして欲しい」
リーパーがやっとこさで持ってきた麻袋の中には、確かに新鮮な野菜や肉が入っている。しかしそれらは逆にいえば一切の調理加工が行なわれていない状態であり、ゲームではなく通常で考えれば食べられるものではないとエニグマは判断した。
「料理って、この肉とかを焼いたり切ったりするってことですか?」
「主の問いに問いで返すなこのポンコツ人形」
「主は料理ができるのかとだけ聞いているのだ。返事以外の言葉を返すなこの愚か者が」
「ひぇっ! ご主人様ごめんなさい! 変なこと言ってしまいました!」
「どれだけリーパーの揚げ足を取りたいんだお前達は……」
アリアスとアルデインの手厳しい言葉を前にリーパーは混乱しておろおろとするばかりであったが、そこに助け舟を差し出すかのように二人のエルフの内、姉のセーラの方が手を上げてアピールを行う。
「あの、私料理できますけど……」
「本当か?」
「いえ、お口に合うかどうかは――」
「客人に料理をしてもらう時点で贅沢をいうつもりは無い。リーパー」
「はい!」
名誉挽回とばかりに元気のよい返事を返すリーパーに対して、エニグマはメニューボードを開きながらとある命令を下した。
「今から俺がダンジョンを拡張して厨房を作り上げるから、そこで一緒にセーラの料理を手伝ってくれないか?」
「今からですか? えぇっと――」
「厨房の拡張工事自体はすぐに終わる。後はお前達の腕次第だ」
「り、了解しました!」
「さて、と……」
エニグマがリーパーとの会話の片手間で拡張工事を指定し終えると、ダンジョン内に小刻みな揺れが生じ始める。
「これは……?」
「この部屋のすぐ隣に急ごしらえだが通路と厨房を作った。後は頼んだぞ」
「はい! って、ご主人様はどちらへ?」
エニグマがメニューボードを閉じると玉座の間を立ち去ろうとしているのを見て、リーパーは無礼と分かっていながらも思わず声をかけてしまう。
「ブランノワールの様子を見てくる。起きていたらここまで連れて来る」
「でしたら、料理は全部で――」
「八人分用意しておけ」
エニグマは一人で向かおうとしたが、その後を即座にアビゲイルが駆け寄り、その更に後をアリアスが追う。
「お供いたします」
「待て似非神父。わらわが行く」
「今回は誰もついて来なくていい。基本的にダンジョン内なら安全だということが分かったからな」
「しかし……」
「いざという時のために【九つの魂】を発動しておけば問題ないだろうし、そもそも一番の問題児である“灰の少女”に近づかなければいいだけの話だろう? それに本当にヤバい時は……アビゲイル、お前を召喚すればいい」
「それならば……いいでしょう、承知しました。ですがくれぐれも用心してくださいますよう、“子供部屋”ですから」
アビゲイルは意味深な言葉を吐くが、“子供部屋”を作ったのは他でもないエニグマ自身である。ならばそのような心配事など釈迦に説法を説くに等しい。
「分かってるって。だからこそ所持品を最低限しか持ち歩いていないし、取られてもいいものだけを持ち込むつもりだ。デバフに関しては絶対魔法防壁で対応できる」
そういうとエニグマは静かに、玉座の間を去っていった。




