サンタしゃんに菓子折を ⑧
「ア、アリタン・・・ヒドいッスね。言いたい放題じゃないッスか」
倒れているサヤカが、か細い声で白百合に言う。悔しいのだろう。サヤカは火傷の跡が残る指で、土を削りながら拳を作り、それを地面に叩きつける。
そして「ぐあぁぁぁぁぁぁ」と声を張り上げることで、身体に迸る激痛をごまかしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「待たせたッスねアリタン。さあ続きッス」
「馬鹿が。待たせ過ぎだ。今から今日、最期の攻撃をする。この攻撃を凌いで見せろ」
白百合の右手からまた炎が立ち上り、それが細く収束していき、赤く燃えたぎる炎の鞭となる。白百合が右腕を一振りすると、サヤカのすぐ横の地面がバチンッと大きな音をたてて爆ぜる。
サヤカには鞭が見えず、何も反応する事が出来なかった。地面が爆ぜるその威力にサヤカはヤバイと感じたが、それ以上に地面が爆ぜた後に出来たクレーターが、黒く焼け焦げている事に冷や汗が止まらない。
「さあ行く―」
白百合が鞭を振るべく、腕を上げようとした瞬間、サヤカは白百合に向かって全力でダッシュする。
全身に出来た火傷が、ダッシュするサヤカに、まるで今火傷を負ったような痛みを与える。その今まで経験したことがない激痛に、サヤカは心が折れそうになりながらも歯を食いしばり、拳を握りしめ、白百合に向けて加速していく。
「馬鹿が!」白百合は呟く。
もうそこまで接近しているサヤカを迎撃するために、白百合は炎の鞭を右腕に巻き付けることで一時的にしまい、近接戦闘に備える。
「私が遠隔呪術部所属だから近接戦闘が苦手とでも思ったか!」
白百合はまだ戦闘について甘い考えを持っているサヤカにカウンターをぶち込むべく構える。そしてサヤカが白百合の間合いに入った瞬間、
「喰らうッス」
サヤカは拳の中に握っていた土を、白百合の目に投げつける。そしてサヤカは、そのまま広げた手を白百合にぶつけようとする。
「大馬鹿が!」白百合はまた呟く。
白百合は目を閉じて、サヤカのオーラを感じる。白百合はオーラを感じ取る事によって、相手の大まかな動きを把握することが出来る。オーラの流れから、サヤカの左手による打突を感知した白百合は、それを紙一重で避けながら、サヤカの胸に強烈な掌底突きをねじ込む。
「ゲフォッ」
サヤカはその一撃で、地面に何度も身体を打ち付けながら、元いた場所まで弾き飛ばされてしまう。肺を強打されたためゲホッゴホッと咳が止まらず、それに加えて無理をしてダッシュをした反動により、全身に痛みが走り、立ち上がることが出来ない。
「残念だよサヤカ。お前はもっと賢い奴だと思っていたが、私の勘違いだったようだ。まさかお前の切り札が目潰しだったとはな。なんという細い細い可能性の糸に己の命を賭けているのだ!お前のような奴は、自分だけでなく、仲間の命も危険に晒すのだ!そうなる前に私がここで引導を渡してやる」
白百合は右腕に巻き付けていた鞭をほどき、サヤカに炎鞭の一撃を与えるべく、右腕を振り下ろす。
サヤカのこの業界への未練を断ち切ろうと、そして肉を切り裂こうと、炎鞭は空気の壁を切り裂き、音速の速さでもってサヤカに迫る。
バチィーーーン、肉を叩く大きな音が周囲に轟く。
「・・・もう一度言います。邪魔しないで頂けますか西九条様」
炎鞭はサヤカに当たる直前に、沙織によって片手で掴まれていた。
「これ・・・どういう事ですか?」
沙織は白百合に向けて一枚の紙のような物を、腕を突き出して見せる。
白百合は目に土が入っていたこともあり、初めはハッキリと見ることが出来なかったが、沙織に近づきそれを見ると、すぐに目をギョッとさせて胸ポケットをまさぐる。
「サヤカ、お前!」
地面に倒れ込んだままサヤカはヘヘヘッと笑う。
「どうッスかアリタン?アリタンの攻撃を凌いだでしょ?」
沙織が持っているのは写真であり、買い物カゴを持った沙織を盗撮、いや仰撮したあの写真だった。
「白百合さん!答えて頂けますか?」
沙織は写真を白百合の目の前に突きつけて、言い逃れは許さないという雰囲気で問い詰める。
「あっあの、こっこれは仰撮と言いまして、西九条様を信仰する者達の溢れる思いがこのような形になった訳でして・・・」
「盗撮ですよね!私こんな写真を撮って良いなんて許可した覚えはありませんよ」
「・・・仰撮―」
沙織は少しだけ白百合に怒気を含んだオーラを当てる。その瞬間、白百合はヒッという声を上げ、息をするのも苦しい状態になる。白百合の中でこれ以上言い訳したら死ぬかもしれないという考えが頭をよぎると共に、親愛なる西九条様にウソはつきたくないという思いから、白百合は正直に、それは盗撮したものだということを認めた。
「だったらコレは処分します」
そう言うと沙織は写真をビリビリに破る。
「ぎぃえええええええええええええ」
白百合は頭を抱えながらその場にへたり込む。その姿に沙織はちょっと罪悪感を覚えたが、あの写真は駄目だ。両手に持った特売品のお肉を、どっちの方がいいか睨めっこしてる写真なんて恥ずかしすぎると沙織は顔を赤らめる。
白百合と沙織が顔を青くしたり、赤くしたりしている中、アダムがサヤカの様子を見る。
「ハハハッ良くやったじゃねえかサヤカーン。やっぱりお前は油断出来ねえ奴だぜ」
アダムが地面に転がっているサヤカに声を掛ける。沙織もハッとしてサヤカの怪我の具合を見るべくサヤカに近づく。
「サヤカちゃん大丈夫?こんなに火傷だらけになって!」
サヤカの身体をよく見ると、全身至る所に酷い火傷を負い、さらに擦り傷が多数見られ、あと痣が何カ所も出来ていた。
「酷い!こっこんなの修行なんかじゃない」
「落ち着けよサオリン」
「何言ってるのアダム!アンタこんな状態のサヤカちゃんを見て、よく落ち着いていられるわね」
「だから落ち着けって言ってるだろサオリン。落ち着いてもう一度サヤカーンをよーく見ろ」
沙織はアダムをキッと睨んだ後、渋々目を閉じ、心を落ち着かせてからもう一度目を開く。サヤカの火傷の跡は変らずあるが、それが何か奇妙なのだ。テレビにノイズが走るような現象がその傷に起きるのだ。
「・・・あれ?これ・・・幻術?」
「そうだよサオリン。これは高度な幻術だ。本当にダメージ負ったように脳に強烈に錯覚させるために、火傷も本物そっくりに再現してやがる。あの白百合って奴、相当やるぜ」
「じゃあ白百合さんに幻術を解いて貰えば火傷は治る?」
「ああ綺麗さっぱり治るだろうぜ。ただ、この擦り傷と痣は本物だ。でもそれを非難するのは違うぜサオリン。サヤカーンはここに遊びにきてんじゃねえ、修行しに来てんだ。それにサオリンも見ただろ?サヤカーンの覚悟を」
サヤカ本人は、この怪我を本物と認識し、強烈な痛みを感じているはずだ。しかし、白百合に事務所を辞めるなら攻撃をしないと言われても、立ち上がってあの恐ろしい炎の鞭に向かっていった。
「うん。サヤカちゃんの覚悟見たよ」
その時、ドサッと何かが落ちる音を聞き、二人は振り返る。