アダムとアポロとサオリンと ⑦
二人はマハルから聞いた場所に急いでいると、何故かアダムに突然襲いかかる霊にたくさん遭遇した。しかし、霊と精霊との差は大きいのだろう、そのほとんどはアダムに速攻でボコボコにされた。それにしてもアダムはケンカに慣れすぎているように沙織には見えた。
「チッうぜぇ奴等だぜ。いつまで根に持ってんのよ」
「知り合いなの? どうしてそんなに襲われるの?」
「ああ、こいつらは俺が生前に殺した奴等だからな。俺が憎いんだ。俺のご主人様はイギリスのスパイでな、ご主人の命令で俺は爆弾を設置したり、嚙んだり、罠に追い込んだりしてたんだ。そんなご主人様は最後に俺なんかをかばって死んじまった。俺はご主人様を殺した敵が憎かった。ご主人様のいない生活なんて考えられなかったから、ご主人様が隠し持っていた爆弾を設置しまくってた。最後には見つかって俺は蜂の巣にされたがな」
そんな凄絶な過去を後出ししないでよと沙織は叫びそうになる。さっき酒場で爆破と聞いたときは、マハルの反応から仲間の命を救うため、しょうが無く相手が持ってた爆弾に火を付けたのではと思ったが、ぐいぐいと爆破していく性格のようだ。
正直、一緒に住む約束までした事を撤回したい。私の部屋を爆破されたらどうしよう。そんな沙織の表情を見て取ったのかアダムが沙織に言う。
「心配しなくても大丈夫だぜサオリン。俺はもう憎しみになんて囚われていないし、俺が爆破したのは、麻薬売買、強盗、殺人なんでもありのテロ集団のアジトだ。そもそも死んだ後すぐにご主人様に会いに行こうと成仏しようとしたら、ご主人様から『何のためにオマエを守って死んだと思っているんだ。待っててやるからまだ成仏せずに地上で善行を積め。そうしないとオマエと一緒に生まれ変わる事が出来ないだろ。特に困っているレディーには手を差し伸べるんだぞ!』って怒られちまってな。それから数百年色々な奴を手助けしてる内に精霊に進化したんだ。そろそろ成仏しても良いかなと思ってたが、そんな俺の目の前に泣きそうなレディーがいるじゃねぇか。この子を無視して成仏なんかしたらまたご主人様に怒られちまうからな。あと俺はイギリスとインドとその周辺の国しか見た事ないからよ、日本って国を最後に見てぇんだ。良い国なんだろ? 楽しみだぜ」
沙織はアダムの言葉に安堵した。しかし一つの疑問が心に浮かぶ。
「あの・・・アダム、こんな事言ったら良くないかも知れないけど、ご主人様もその・・たくさん殺したんだよね。それについては大丈夫なの?」
「ああ、地獄に行くんじゃないかってことか? それは大丈夫だぜ。スパイの仕事の一つに戦争を回避したり、大規模な衝突が起こらないようにしたりする任務がある。俺のご主人様はたしかに大勢の人を殺した。しかしそれで戦争を回避したり、民間人が犠牲になる大規模な衝突を回避したりして、より大勢の人間の命を救ったことも確かだ。それに最期の方は、さっきも言ったようにインドの人々の為にテロ集団撲滅に尽くしてたよ。御主人は優しくてよ、いつも悩んでたぜ。俺に武器を運ばせた時には必ず俺を抱いて涙を流してたよ。『すまない、すまない』ってな。その事を神様は分かってるんだろうぜ。会いに行った時すぐに分かったよ。ああご主人様は天国行きなんだなってな。今も空の上で俺を待っててくれてるだろうぜ」
アダムは沙織に自分の御主人の事を誇らしげに語る。
「さあマハルの情報じゃあ、ここら辺にいる可能性が高い。聞き込みを再開しようぜ」
マハルがくれた情報は正しかったらしく、アダムが聞き込みをすると、ほぼ全員がチビトラを目撃していた。沙織は必死に辺りを見て回る。
「チビトラ君どこー? お姉ちゃんここにいるよー」
沙織はチビトラにこちらの場所を教えるために大きな声で呼びかける。沙織が五分ほど呼びかけ続けた時だろうか、アダムがサオリンの脚をトントンと叩く。沙織が足下にいるアダムを見ると、「アレを見ろ」と指をさしている。
そこには泣きながらウロウロキョロキョロするチビトラがいた。
「チビトラ君!」
沙織はチビトラに向かってダッシュした。チビトラはバタバタと自分の方に近づいてくる足音に気づき振り返る。チビトラは沙織を目にするやいなや、「お姉しゃーーん!」と叫び、さらに大粒の涙を流しながら沙織と同じように駆け出したその時、投網のような物がチビトラに投げかけられた。
「なっなんでしゅかこれは!」
チビトラは脱出を試みるが、もがけばもがくほど網が体に絡みつき身動きが取れなくなる。
「チビトラ君!」
沙織は救出を試みようと近づくが、網を投げた犯人は、チビトラを捕らえた網を肩に背負い走って逃げる。
「ちぃ! サオリン、あいつバイヤーだ! 珍しい霊を捕まえて、金持ちに観賞用として売るんだ!」
「そんなっ! 絶対許せない!」
沙織はすぐにバイヤーを捕まえるため走り出すが、「待て!」とアダムに呼び止められる。アダムはコーギーなので短足だ。走るのが遅いのだ。サッとサオリンに飛びつき肩まで移動し、「さあ、走れサオリン」と偉そうに指示を出す。そうしている間にも、バイヤーは人ゴミにまぎれスルスルと逃げていく。
「サオリン、追いつけるか?近づけたら俺があいつに飛び乗って動きを止めるから」
「分かった。網が重いみたいでそんなに早くないからいけると思う」
バイヤーとサオリンの追いかけっこが始まった。アダムはバイヤーの注意を少しでも引こうと持っていた小銭をバイヤーに向かって投げる。それはバイヤーの後頭部に見事に命中する。
バイヤーは後頭部の急な痛みに驚いて、後ろを振り向いたためスピードが落ちる。振り向いたバイヤーは、必死な顔で追いかけてくる女とその肩にのるコーギーにビックリし、前に向き直り、今まで以上に必死に走る。
「やったぜサオリン、もう少しで追いつくッ危ね!」
サオリンはアダムが投げた小銭を、走りながら回収する。
「何してんだサオリン!せっかく少し距離が縮まったのに屈んでスピードが落ちたら台無しだろが!」
「だって勿体ないじゃない。それに日本では【地獄の沙汰も金次第】って諺があってね。あの世でもこのお金が使えるんなら、もし万が一アダムが地獄に落ちそうになった時のために少しのお金も大切にしなきゃ」
「馬鹿野郎そんな事に使える訳ねえだろ!サオリンこそTIME IS MONEYって諺を知らねえのか。今はチビトラを助けるためにアイツに追いつく時間が、その小銭とは比較にならないくらい価値があるんだ。俺の地獄行を心配してくれるのは嬉しいが、今チビトラを助けてやらねえと、永久に檻に入れられて地獄のような苦しみを味わうんだぞ!」
「そうだった!」
沙織は必死に走り、バイヤーに迫る。