サンタしゃんに菓子折を ⑦
白百合は着替えて戻ってきたサヤカに言う。
「では先程お前が使った縛縄の術を壁に向かって放ってみろ」
サヤカは自信満々に壁に向かって右手を突き出し言う。
「縛縄!」
白百合の額に青筋が浮き出る。白百合はサヤカの頭を殴る。
「何するッスかアリタン!」
「黙れ!お前ごときが無詠唱するなど、舐めてるのか!」
「でも沙織さんは出来るって言ってたッスから、出来るかも知れないッス」
「おっお前と言う奴は!西九条様の真似をするなど言語道断!西九条様は天が地上に使わした女神様だ。お前にも分かるように、その一瞬を切り取った麗しいお姿を見せてやろう・・・」
そう言うと白百合は、スーツの内ポケットから沙織の写真をとりだして、サヤカに見せる。その写真は、スーパーで買い物カゴを手に提げて、肉の値段を見て買おうか買うまいか悩んでいる沙織の写真だった。本人が見たら真っ赤な顔で破り捨てているだろう。というか・・・
「あの・・これ盗撮じゃないッスか?」
「馬鹿者!お前は分かってない。全然分かってない。そういうとこだぞ!ホントそういうとこがお前が クズたる由縁だ!確かに邪な心を持つ物が本人の許可なしに写真を撮れば盗撮となろう。しかしこれは、西九条様を心から信仰する者が撮った一枚なのだ。そうこれは信仰撮!仰撮なのだ。盗撮などと一緒にするなど言語道断だ!お前はこの一枚の写真から溢れ出る西九条様を信仰する者達のオーラを感じとれんのかクズめ!」
サヤカは「あっこいつガチでヤベエ奴だ」と後ずさる。
「うん?なんだ後ろに下がって。逃げるのか?ハハハッいいぞ。今から逃げる修行の開始だ。昨日煮え湯を飲まされたんだ。今度こそお前を捕まえてやる。ただ今日は建物の中は無しだ。アーサー探偵事務所の人数では、住民の避難が確実に出来るとはとても言い難いからな。建物の中に隠れれば、一般人を巻き込む可能性が高い。それではお前が逃げられたとしても意味がない。これは一般人を極力巻き込まないための訓練も兼ねているのだからな。分かったらホラッ早く逃げろ」
サヤカは、建物以外ならどこが自分に有利か考えながら、脱兎のごとく修行場から逃げ出した。
バタンッと車のドアをしめ、沙織は東九条陰陽道総本家の門の前に立つ。何度見ても大きく立派な門である。沙織一人では入るのを遠慮したいと思う程、門から吹き出る空気が街のそれと一線を画す。
今にも中から
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッス」
そう、そんな悲鳴が聞こえて来そうな雰囲気・・・。
「ねえ・・・今のサヤカちゃんの声じゃなかった?・・・」
「そう、だな・・・サヤカーン・・だな・・・」
沙織は間違いであって欲しいと思ったが、私よりも耳が良いアダムもサヤカの声だと確信しているようだ。
「アダム!すぐサヤカちゃんの所に案内して!」
アダムはコーギーの特徴である大きな耳を力一杯立て、サヤカの声や足音などを拾う。
「こっちだサオリン」
人間には聞こえない小さな音を拾ったのか、アダムは一気に駆け出す。それを沙織が追いかけ、その後をさらにジャンケンで負けたため、ワックのセットを両手で持ったアポロが追いかける。
「まっ待って欲しいでしゅよ~」
お腹のお肉とワックのセットが邪魔で、ドンドン二人との距離が開く。
「アポロ、ごめん。先に行くよ」
二人は東九条家の広大な敷地の中を、ドンドンと突き進んでいく。
「サヤカ、どうしたもう終わりか?お前はここで死ぬのか?」
白百合はサヤカに冷たく吐き捨てる。白百合の目の前には全身土にまみれ、グッタリと力なく倒れているサヤカがいた。その身体には夥しい数の火傷の跡が全身に痛々しく広がっている。
「アッアリタン。ちょっもう勘弁して欲しいッス」
サヤカは白百合を見上げながら、修行の終わりを嘆願する。
「馬鹿が!ここからだ。この瀕死の状況をお前はどう乗り越える?さあ私に見せてくれ」
白百合は呪文を唱え、大きな炎を右手に宿し、サヤカを不動明王のように鬼の形相で睨む。そして炎が一気に巨大化すると、その炎を鞭のようにしならせサヤカに振り下ろす。
鞭が肉に当たる嫌な音がする。その衝撃で土が舞い上がる。しばらくして風が土煙を押しのけると、サヤカを鞭から守る沙織がいた。
「白百合さん、どういう事ですか!サヤカちゃんをこんなにも痛め付けて!」
沙織は白百合を睨み付ける。
「それはこちらの台詞です西九条様。私は今、サヤカを鍛えているのです。邪魔しないで頂けないでしょうか」
「こっこんなのが修行!?馬鹿げてるわよ。サヤカちゃんは私の従業員。これからは私が教えます」
沙織は白百合にサヤカを連れて帰る事を告げたが、白百合は沙織を見てはいなかった。白百合はサヤカを、憐れみを込めた目で見ていた。
「クックックッ。惨めだなサヤカ。お前は足手まといになるためにアーサー探偵事務所に入った訳じゃないと言ったが、これのどこが足手まといじゃ無いって言うんだ?うん?分かったかサヤカ、お前は全然本気じゃない私からも逃げる事さえ出来ないんだ。お前は足手まといだから、お前のためにアーサー探偵事務所は防御に力を割かなければならないってことを、身をもって理解したか?でも西九条様は優しいお方だから、お前のような出来損ないでも命を賭けて護ってくださるだろう。だが、そんな事は私が認めん。不快だ。お前のせいで西九条様が危険に晒されるなど怒りがこみ上げてくる。そう思うのは私だけじゃない、東九条家にもそういう考えを持つ者が多くいるだろうし、西九条様に命を救って頂いた人々の中には、何でお前みたいな足手まといが西九条様の隣にいるんだと恨みさえするだろうな。それこそ呪い殺されん勢いでな・・・サヤカ、もう修行は終わりだ。家に帰っていい。ただし、進路調査書に高校進学と書いて事務所を辞めろ」
「ちょっとヒドい―」
沙織が白百合に言い返そうとするが、パンツの裾を引っ張られたので下を見ると、アダムが首を左右に振り、沙織に黙っとけとジェスチャーを送る。