氷狼デリバリー ⑰
支部では、盛大な歓迎を受けた。
山田がアーサー探偵事務所のおかげと伝えていたので、
「アーサー!アーサー!・・・」とアーサーコールが鳴り止まなかった。
沙織は終始照れてモジモジしていたが、アダムは沙織の上によじ登り、
肩車の状態になって短い手を上げて、『アーサー!アーサー!・・・』とさらに皆を煽っている。
沙織は煽るのは止めて欲しかったがアダムが嬉しそうなので我慢した。
それと何か首の辺りが冷やっとして気持ち悪かったがそれも我慢した。
いつの間にか側には、アポロとサヤカが横にいて、
サヤカは裁判所で原告がカメラの前まで走ってきて広げる“勝利”という垂れ幕を広げて、
自信満々な顔でアピールしていた。
いや、何を用意してんの!静かに待てないの?恥ずかしかったが沙織は我慢した。
アポロはカワイイお手々をシャッシャッと振って、
「氷狼はこうやって倒したでしゅ」といいたげだ。
アポロ、君は戦ってないよ。
でもカワイイよとアポロは沙織にとって、心のオアシスになった。
しばらくすると山田が、陰陽師達に静まるようにジェスチャーをした。
「みんなアーサー探偵事務所に声援ありがとう!私達の作戦の成功は、アーサー探偵事務所による処が大きい。だから私ももっと声援や感謝の言葉を送りたいが、西九条さんとアダムさんは身体が冷えてしまっている。二人には早く温泉で身体を温めて貰い、その後に祝勝会を開いてじっくり祝おうじゃないか。だから皆、宴会の用意を頼む。あと準備が出来次第、私達に何があったかを宴会の前にお前達へ説明をしたいと思う」
「「「オー!」」」」
陰陽師達は「ではまた後で」と良いながら、支部の中に走って行った。
やっと解放された沙織はホッと胸をなで下ろす。
「西九条さん。勝手に宴会を決めてしまって申し訳ありません。ですが、このまま帰られてしまうと私達の収まりが付きません。30分でも良いので参加していただけませんか?」
「はっはい。喜んで。でも私はあの・・・あまり人と話すのが得意じゃないので・・・」
山田は、氷狼が恐怖に怯える表情を思い出した。
それと同時に沙織の今までの生活は辛かっただろうと、
私達五人のように心を許しあえる人もいなかったのかもしれないと不憫に思った。
「大丈夫です。そこら辺は、宴会の前の説明で私からよく伝えときますから。あとの皆さんは、宴会は・・・得意そうですね♪」
「おいおい山さ~ん。俺は精霊界一クールな男だぜ。宴会なんて騒がしい所・・・俺がいねえとはじまらねえだろ!」
沙織はまた煽ったりしないで欲しいと思ったが、
アダムはノリノリでお尻を振って・・・あっ!
沙織はアダムの頭を踏んづける。
アダムの顔は雪に埋もれて苦しそうにジタバタしている。
「アダムあんたお漏らししてるじゃない!何が『精霊界一クールな男』よ!股をクールにしてんじゃないわよ!あんたよくそれで私に肩車させたわね!何か冷たいなと思ってたのよ!」
「プハッ。こっこれは、氷狼のやつだよ!あいつしょうがねえな!こんな所にマーキングしやがってあの野郎」
山田達はアダムに同情する。
絶対、氷狼を気絶させた時だと確信した。
同士アダムよ、恥じる事はない。
私達五人も仲間達が宴会の用意をしているこの時間を利用してトイレでパンツを洗うのだから。
「クンクンクン。・・・アダムしゃん、ウソはいけないでしゅよ。この名探偵の助手アポロの鼻を騙せるとは思わない事でしゅ。これはアダムのオシッコでしゅ。アダムはお漏らしをしましゅた!」
アポロは容赦なくアダムを追い詰める。
アダムの顔は真っ赤になり、両手で顔を押さえてる。アダムのHPはゼロ。
さっきまでノリノリでお尻を振っていたとは思えない。
「先輩がお漏らし!これは事件ッス。さっき刷ったビラの所員紹介欄に書き足さないと!え~っと初仕事で漏らした名探偵・・・」
アダムはサヤカがペンを走らせている紙を強引に奪う。
「テメエ研修生!お前また余計な事しようとしやがって!さっきも変な垂れ幕作ってやがったな!お前は大人しく待ってられねえのか。というか何だお前の紹介欄!『所員が引き起こす厄介事に巻き込まれる苦労人』って!お前だよ!この厄介な仕事持ってきたのお前だろが!それにアポロ、お前の今回のビラの顔、妙にシュッってしてるじゃねえか!カッコつけてんじゃねえ。名探偵である俺の目は誤魔化せないって言おうと思ったけど、誰でも分かるレベルじゃねえか!お前等、俺達の事を心配して静かに待ってろよ!陰陽師達をちょっとは見習えよ!」
アダムはさっきの仕返しとばかりに、アポロのお腹のお肉を掴みながら怒鳴る。
「やっ止めるでしゅよ~明日からダイエット頑張るからいいんでしゅよ~」
「馬鹿野郎アポロ!今から頑張れよ。宴会にも参加するんじゃねえ!」
アポロはアダムの言葉に瞳をウルウルさせ、
「うぇ~~ん、アダムがヒドいでしゅ~」と沙織に泣きつく。
そんなアポロを、沙織は優しく抱っこする。
「はいはいアポロ。じゃあ帰ったら頑張ろうね。約束だよ」
エグエグと愚図るアポロの背中をポンポンと叩いて宥める。
その後、アダムにそのビラを見せてと頼むと、沙織は笑顔のままで言う。
「サヤカちゃん。何これ?。『ぼっちじゃないの。皆が私について来れないだけ。ホッホントなんだからね(汗)』って」
サヤカは沙織の顔を見ることが出来ず、俯いている。
「いや・・・このビラは陰陽師達専用のビラであって・・・。東九条家の陰陽師達ならこの意味分かるだろうし、それにユーモアを加えたらこうなったっていうか・・・」
「ボツ!アダム破いて」
アダムはビラを千切りに千切りまくる。
「うわーヒドいっす!」
サヤカは粉々になった紙を集めながらアダムに文句を言う。
「馬鹿野郎。新人が書いた書類が一発OK貰えるほど社会は甘くねえんだよ。」
アダムはサヤカを嘲笑する。
アーサー探偵事務所の所員はギャーギャーとその後も騒ぎ続けた。
山田は、いらぬ心配をしたと思う。
西九条さんにはこんなにも素敵な仲間がいると、私達が心配することではなかったと。
五人は顔を見合わせ頷き合い、トイレにパンツを洗いに行った