氷狼デリバリー ⑯
「やっやはり、上層部からも西九条様と言われるだけのことがある。西九条家と東九条家は同格だが、ちっ力の差がありすぎて名前を呼ぶのすら無礼に当たるから沙織さんの事は西九条様と呼べと上層部からお達しあった時は、なっ何を言ってんだと思っていたが・・・まっ目の当たりにした今は昔の俺を殴りたい」
東九条家が沙織のことを西九条様と呼ぶ事に、そんな意味があった事に驚くアダム。
アダムと東九条家は顔を見合わせ、意を決して氷狼と沙織にゆっくり近づいていく。
「皆さん大丈夫ですよ~。氷狼君は何か寝ちゃったみたいですから」
全員が「「「「「「そうじゃない」」」」」」と言った気がした。
今となっては氷狼など眼中にない。沙織に近づくことに危険を感じているのだ。
自分達は深い深い眠りに落ちちゃうんじゃないかと。
西九条様に近づいたため死亡って、それなら谷底に落ちて眠らして貰った方が、
名誉の戦死として語り継がれるのにと山田は密かに思った。
「サオリンとりあえず精霊化を解け!」
「あっ!そうだね」
沙織の身体を覆っていた銀色のオーラが消える。
そのせいだろう沙織に近づいても、具合が悪くなるなんてことはなかった。
アダム達はホッと息を吐く。
「それで氷狼君を縛る術はやっぱり・・・失敗ですか?」
「残念ながら失敗です」
「そうですかそれは残念です」
「でも西九条さんおかげで大丈夫そうです」
沙織は山田が何を言ってるのか分からず首を捻る。
そんな沙織に山田は山頂の方を見ろと指をさす。
山田の指の先には、気絶から目覚めた氷狼が、沙織のそばから音を立てないよう離脱し、
山奥に向かって逃げようとする氷狼の姿があった。
「あっ!まだ話終わってないのに。コラー氷狼君!今度、陰陽師さん達に怪我させたらヒドいんだからね!」
氷狼はこれ以上、沙織に関わりたくないというように耳をぺたんと倒し、
全速力で山の奥深くに消えて行った。
「行っちゃいましたね」
山田達は沙織とアダムに向き会う。
「西九条様、アダム様本当にありがとうございました」
「「「「ありがとうございました」」」」
山田達は腰を九十度曲げて感謝のお辞儀をする。
「そんな、私達の方こそ皆さんのお仕事に強引に割り込んで色々ご迷惑をかけたと思います」
「何を仰います。私達全員二度、矢野に関しては三度も命を助けられてます。このご恩をどう返せばいいか途方に暮れているところです」
「それは気にしなくて良いよなサオリン。俺達は事務所を立ち上げたばかりで名を売りたい。それはこれ以上ないくらい成功した。それに人々の平穏な生活を守っている山さん達の命を守ったことは当然だし、西九条家とアーサー探偵事務所の社訓「笑顔を守れ」を実践しただけだぜ」
「そうですよ。何も気にしないで下さい。今回のお仕事は山田さん、東九条家の皆さん、そして私達の全員が全力で頑張っただけなんですから」
「ああ~西九条様、私は勘違いしていました。西九条さんが西九条様と呼ばれるのは上層部からのお達しがあるからだと思っていましたが、そうじゃないんですね。皆、心からそう呼んでしまうのですね。アダム様も西九条様と同じく尊い」
「あの・・・さっきから西九条様になってるんですけど止めてください。アダムも様づきなんて嫌だよね」
「そうだぜ山さん。サオリンはそんなの求めてねえんだよ。距離をとんなよ。今、大変な仕事を一緒にやり終えた仲間だろう?サオリンって呼ぶと東九条家の人間としてマズイって言うなら今まで通りさん付けで呼んであげろよ。俺の事はアダムでいいよ。様付けされるような犬生を送ってねえからな」
「申し訳ありません。それなら今までどおり西九条さんとよびますね。アダム様は、これから長~い付き合いになる事務所の裏ボスですからね。呼び捨てとはいきません。西九条さんと同じようにアダムさんと呼びますね」
山田は二人に笑顔で言う。
「はい。それでお願いします。ささっ皆さん酷い怪我をしてるんですから、サポート隊が迎えに来るまでゆっくりと休んでいてください」
「それではお言葉に甘えて」
山田達は一月近くかけた任務が終了して気が抜けたのか、
マスクを脱いで全員雪の上にへたり込む。
山田さんは支部長だし、この任務を遂行するための気苦労が絶えなかっただろうと沙織は思う。
「あ~良かった~。アーサー探偵事務所が手伝ってくれてなかったら全滅やったで。いや強すぎやろ氷狼。ていうか強なってるよな。当主が余計な事して、二十年間閉じ込められとったからあいつメッチャキレてたよなあ。やっぱり西九条さんにキッツいビンタして貰わなあかんわ。でも今更やけど、あんな奴に俺等でどうやって恐怖与えんの?二十年鍛えたんやでワシ!剣も刺したやん!それをアイツ『おまえら邪魔やねん』って顔で谷ドンしやがって。ちゃうやん。それちゃうやん氷狼!嘘でも膝つくぐらいしてからの谷ドンやん。あんなん俺絶対に成仏出来んかったで。二十年の成果が激怒している氷狼を冷静にする事が出来ましたって何やねん!いや、よー考えたら冷静になった後に谷ドンってアイツほんまヤバイな」
「いや俺、谷ドンされた時の山田のウソやろ!?って顔見て爆笑したもん。それにお前ホンマ止めろや。落ちてる最中に指でピースして二十年やでってアピールするの!腹痛なったやんけ。」
「俺、谷底落ちて行ってる時、『高橋、矢野。1,2分の差やと思うけど先に天国で待ってるからな。もし万が一生きてたら約束通り俺のPCは風呂に沈めてな』って思ってたからな。それと山田、お前とは会議の時、見つめ合ってPCの事お願いしたのに何で一緒に落ちてんねん。笑ってまうやろあんなん。」
「平野、お前ヒドいな!お前等が落ちた後、俺と高橋はお前等の仇と皆のPCを風呂に沈める約束を守るために氷狼と山が震えるほどの死闘をやな・・・って出来る訳ないやろ!山やのうて脚がずっと震えてたわ。PCどないしょって」
「ほんまヤバかったな。俺、葬式の時に皆に『エエ顔しとうな~まだ生きてるみたいやな~』って言われたいから顔に氷柱攻撃するんだけは止めて下さいって氷狼に土下座するところやったわ。いやもう片膝付いてたな。うん、付いてた付いてた。あれ見られてたら俺、支部に帰れんとこやった。やっぱ五人で来て良かったな~!」
五人は仲が良いらしく、緊張が解けたせいもあり、ワイワイと楽しそうに話している。
沙織は皆が無事で良かったと思うと共に、男の人はPCに何を隠してるんだろうと疑問に思う。
アダムに聞いても、『サオリンは知らなくて良い。例え知ってしまっても知らないフリをするのが良い女の絶対条件だ』と教えてくれなかった。
そのまま少しの間、サポートメンバー到着するまで待ち、支部に帰った。