氷狼デリバリー ⑫
各々が召喚術式を行使すると、山田達が手に持っていた触媒、山田は刀の柄だが、
それに真っ赤な炎を押し固めたような刃が現れた。他の者も同様に武器や
防具が装備されていく。その影響で、氷狼の咆哮により山田達の身体を覆って
いた氷が一瞬で溶ける。体が自由になるとすぐに高橋が氷狼に矢を射る。
しかし氷狼はその巨体に似合わない驚異的なスピードで難なく避ける。
「打ち続けろ!データ上、打ち続ければ痺れを切らして襲ってくる。矢野、岸準備はいいか」
「「おう!」」
山田の言う通り、打ち終わりを狙い、厄介な攻撃をする高橋目がけ、
今度は氷狼自身が矢のように、空気を切り裂きながら一直線に飛んでくる。
氷狼の狙いは頭部、ダメージを少しずつ与えながら、地の利を利用し、徐々に
弱らせて殺すというような戦略などない。
二十年間暗い地下に閉じ込めたコイツ等に復讐する。頭にあるのはそれのみ 。
氷狼は狂戦士化していた。
氷狼は実力以上のスピードでもって、高橋の頭部を喰い千切ろうと飛びかかる。
ドガンッと大きな音を立て、矢野と高橋が吹っ飛ばされ木に激突する。
氷狼が高橋を喰い千切ろうとした瞬間、高橋の前に矢野が割って入り、
炎神の楯で氷狼の攻撃を防いだのだ。
高橋も矢野が自分を守ってくれると信じており、矢野が割って入った瞬間、
後ろから支えた。
そうすることで氷狼のチャージにより吹き飛ばされるスピードを抑え、
木への衝突による激突死を防いだ。
そして逆に攻撃したはずの氷狼が「ギャン」という悲鳴をあげる。
岸が炎神の槍を氷狼の首元にカウンターでねじ込んだのだ。
その隙を見逃さず平野が炎神の縛縄を氷狼に投げつける。
それは一直線に氷狼に向かう。
岸の攻撃に気を取られていた氷狼は、ハッとして避けようとするも、
炎神の縛縄はそれを許さず、氷狼の胴にグルグルと巻き付く。
すかさず平野が縄のグリップの後端に付いている長さ三十センチの
杭に、オーラを注入する。
すると杭が超高温になり、真っ赤に変化する。
そしてそれを思いっきり地面に打ち込み、雪の下の岩と融着させ固定した。
氷狼が、また拘束されるのかと嫌な思考に一瞬捕らわれた隙を狙い、
山田が雪上を疾駆し、氷狼の腹に炎神の剣を突き刺す。
氷狼は顔を歪める。
憎悪に燃えた瞳が赤色から、本来の深い青色に戻っていく。
その変化を見た山田、岸、平野の三人は一瞬気を抜いてしまった。
追い詰めた。
後は高橋による矢で、遠くから恐怖を与え続ければ終わりだと
作戦の成功を確信したからだ。
「駄目!逃げて!」
沙織が三人に向けて大声を上げるが時既に遅し。
氷狼は、自身の尻尾を大気中の水分を凍結させることで、
二十メートルにも及ぶ巨大なものに変化させる。
そして氷狼は、渾身の力で体を回転させる。
氷狼の体に巻き付いている捕縛縄は、氷狼の力と超重量の尻尾の遠心力により発生した
張力に耐えられず繊維がプチプチと切れていく。しかし氷狼自身も無事ではない。
無理に動いた事で捕縛縄が身体にめり込み、バキバキッと自らの
氷の身体が大きな音を立てて砕けていく。しかし氷狼は止まらない。
そのまま大きく回転し、捕縛縄を千切りながら尻尾で三人を一気に
谷底に突き飛ばした。
「アダム、少しの間任せたよ。精霊化!」
沙織の体から銀色のオーラが吹きだし沙織を覆う。
そして沙織は躊躇することなく谷底に飛び込む。
氷狼の首から首輪が消える。三人を蹴散らしたため術が失敗に終わったのだ。
「ヒュ~♪さすが西九条様だぜ。そりゃ尊敬されるよ。精霊化したと言ってもお前は半分生身だぜ。普通躊躇するだろ。死んじまうかも知れねんだぜ。【アーサー探偵事務所の所員たるもの笑顔を守れ】か。ちょっと早まったかもしんねえな」
アダムはそう呟きながら、氷狼と対峙する矢野と高橋の間に歩いて割って入る。
「二人は少し休んでな。氷狼の攻撃を正面から受けたんだ。骨折は一カ所や2カ所じゃないだろ。それに俺はこいつに車の中で殺されそうになった借りがあるからな。しっかり返しとかねえと勘違いされちまうだろ?お前は大事な荷物だったから俺は手出しが出来ず、凍死しそうになったただけってことをな」
アダムは氷狼に向き直る。
「よう氷狼!元気そうだな。山さん達を二分足らずでやっつけるなんてな。まあ真剣勝負だから長い方かもしれねえな。山さん達は良くやっていた。ただお前がいつもなら引くところを、今回引けないくらい強い思いをもってこの戦いに望んでいたことに山さん達は気付かず、過去のデータに引きずられていたのが敗因だな。それでも紙一重の戦いだった。もし高チーが軽傷で済んでいたなら、お前の眉間にでも矢をヒットさせていて立場は逆転していただろうな。あっ気を悪くしねえでくれ。お前の勝ちだ。お前の手を挙げて勝利を祝ってあげてえところだが、もう一戦このアダムとやってもらうぜ」
氷狼のターゲットが陰陽師達からアダムに移る。
瀕死の陰陽師など後でまた谷底に落とせば良い。
しかし目の前に割って入った巨大なオーラを発する変テコな犬から
目を放すと危険だと氷狼の本能が警告を発する。
氷狼は迷う。
こいつを攻撃するか否か。氷狼は無理に動いた代償で
胴を大きく損傷しており、まだ回復に時間が掛かる。
しかし、こいつがどんな攻撃手段を持っているか分からない以上、
後手に回っては今の状態で攻撃を避けることができるかわからない。
氷狼は決断する。
ここは時間を稼ぐため先手を取る。
アダムを氷漬けにしようと先程陰陽師達にした咆哮をアダムに向けて行う。
変テコな犬を含めて一面銀世界になるはずが、氷狼の目は真っ赤な光景をとらえる。
アダムは氷狼の咆哮を火炎放射器で打ち消すとともに氷狼に火炎攻撃をしかけたのだ。
熱っと感じた事で自分が何をされたのか氷狼は理解した。
炎は氷狼の全身に纏わり付き消えない。
氷狼はあわてて砂浴びをするように、雪の上をゴロゴロと回転し炎を消した。
それからすぐ立ち上がりアダムを射殺すような目で見る。
やはりコイツは油断ならない奴。
今まで炎の武器でダメージを与えようとする人間は沢山いたが、
コイツは炎でそのまま溶かしてしまおうとした。
違う。コイツは今まであった人間とはスケールが違う。
オーラの量も質も段違いだ。氷狼はもう陰陽師達等目に入らず、
アダムだけを注視している。
「へへッいい顔になったじゃねえか。さて・・・お前、舐めてんじゃねえよ。山さん達はお前を殺そうとしなかったから負けたんだよ。お前は倒す相手に守られてたんだよ。だから俺はお前を殺すつもりでやる。頼むから死んでくれるなよ」