氷狼デリバリー ⑪
「いやでもよ。俺等が手伝ったら成功すると思うし良いじゃねえか」
アダムの意見に、山田は首を振る。
「以前、この状態で拘束した後、数にものを言わせて氷狼を痛めつけましたが、術の真の効果が全く現れなかったという記録が有ります。さらに術を行使した五人以外が戦闘に参加しても駄目という術の分析結果等色々あるんですが、そりゃそうですよね。氷狼の立場に立って考えれば、この術の解除条件は五人でかけた術なので、その大半を蹴散らすこと。逆に氷狼はその五人に負ければ術が完成してしまうというだけの話です。だから申し出は大変ありがたいのですが辞退させて頂きます」
山田はアダムに頭を下げる。
「しかし先程、数にものを言わせて氷狼を痛めつけたと言いましたが、私は支部長失格ですな。昔は氷狼に立ち向かえるだけの力を持った陰陽師が多くいたというのに、今はここ青森支部には極少数しかいません。当主のことを鬼だとか言っておきながら当主のやり方が正しいのではないかと思ってしまいます。氷狼という強力な精霊がいなくなり、力の弱い悪霊等が増えたため、それらを祓えるよう全員を鍛えあげた結果、効率よく結界をひくことには成功しましたが、氷狼に立ち向かえるような強い若者を育てきれずにいる。やはり才能の持ち主を選別し、私達で徹底的に鍛えあげたほうが良かったかもしれない。そうすれば、このように氷狼に五人で立ち向かう必要は無かったかも知れないし、西九条家の方々のサポートに回せる程強い陰陽師を育てることが出来たかもしれない。もし西九条さんのご両親をサポート出来れば、あの最悪の結果を回避出来たかもしれない。また沙織さん自身も深い傷を負わせる結果にならなかったかもしれない」
「それは違います山田さん。青森支部の皆さんは街の人々を守っているじゃないですか。氷狼がいなくなって、沢山の魔が押し寄せるという状況の変化に柔軟に対応して頑張ってきた結果じゃないですか。強い人を育てることが出来ても、結界が綻んで街の人々の笑顔が奪われるなら意味がないですよ。それにそもそもそれは西九条家の役目です。 あと父も母も後悔はしていません。そして私もあの結果に今は心の整理が付いています。それより止めて下さい。山田さんの言い方、死ぬ前に懺悔しているように聞こえます」
岸、高橋、矢野、平野が山田の肩を叩く。
「・・・そうですね私としたことが戦う前から弱気になってしまって情けない。ああ、あと一つだけ当主の名誉回復をさせて下さい。何故氷狼を移送したかです。氷狼を山に返すというのは、本当は当主のわがままではないんですよ。ここは封印地として指定されるほど悪霊、妖怪などが発生する場所ですが、善なる精霊である氷狼がこの地域にいれば、それらを狩ってくれるんです。そうすると青森支部の余剰人員を他の支部に回せるという狙いがあるんです。京都の本家もそうです。あの天才の当主が帰ってきたため、多くの人員を他の支部に回しています。結果、当主は本家にはり付けられてしまってます。当主は自らを、そして精霊すらも利用し、全国にある支部の人員を編成し直しているんですよ。魔に対応する術を持たない一般市民をより多く守るためにね」
山田は昔と変わらない当主を思い出しながら笑う。
「さあそれではお帰り下さい。もうすぐ氷狼が動けるようになりますから」
岸から氷狼の冷気に対応するガスマスクを渡され、山田が被ろうとした瞬間、沙織は閃く。
「あっあの当主が素晴らしいのはわかりましたけど、昔やられたキツい修行の仕返しをしたくないですか?依頼してくれるなら、私が当主をビンタしますよ」
山田達は顔を見合わせながら笑う。
「ハハハハッそうですか。それでは一発キツいのをお願いしますよ西九条さん。あなたに引っぱたかれれば当主もダメージをうけるでしょう」
「分かりました山田さん。アーサー探偵事務所がその依頼引き受けました。それじゃあしょうがないねアダム。山田さん達を守るよ」
「ククククッ了解だサオリン」
「えっ?いや、何でそうなるんですか?」
「依頼人に死なれては、報酬を受け取れないからな」
「そっそれならこれを・・・」ウェストポーチをゴソゴソする。
「あ~残念ながら今はキャンペーン中でね。4月まで報酬は全て後払いでいいってサヤカが勝手に決めちまってな。もうそのビラを100枚近く配っちゃったんだよ。嘘つく訳にはいかねえだろ?なあサオリン」
「そうだよねアダム。何たって探偵は信用第一だからね」
「しかしそれでは術が失敗してしまいます」
沙織はキッと山田達を見据えて言う。
「馬鹿!東九条家の馬鹿!今まで感心して損したわ。こんなことで死んでどうするの!術なんか失敗してもいいじゃない!でもそれじゃあまた冬に氷狼が暴れて陰陽師に被害が出るっていうなら、アーサー探偵事務所に依頼しなさいよ!私達がボコボコにしてあげるわよ。それにいい?私は両親から言われ続けた事がある『西九条家の人間たるもの、笑顔を守れ』あなた達が死んだら支部の人は笑顔になるの?なる訳ないよね!あれだけ泣いていたんだから。だったら私はあなた達が何と言おうとここであなた達を守る」
山田達は今までの東九条家の頑張りを否定する言葉にポカーンとなる。
「クックックックッさすが所長だ。山さん達を否定しながら、仕事をねじ込んでるぜ。あとサオリン、次からは『アーサー探偵事務所の所員たるもの笑顔を守れ』にしようぜ」
「ちょっちょっと待って下さい。それでは―」
「うるさい山田!ギリギリの所まで見ててやるから早くやっちゃいなさい!時間がないわよ」
山田達が陣を見ると、今まで体長二メートル程の大きさだったが、
体の周りの水分を急激に凍らせながら取り込んでいくことでドンドン大きくなっていっていき、
ついには体長七メートルを超える巨狼となった。
その目は二十年間地下に閉じ込められていた憎しみに溢れ、赤く光っている。
その目が山田達を捕らえると、噛まれれば即死を免れない巨大な牙が並ぶ口を大きく開け、
天地を揺るがす咆哮を轟かす。
その咆哮は山田達に恐怖を与えると共に、超低温の冷気をもって体の自由を奪っていく。
「怯むな!予定通りだ。召喚術式 炎神の剣」
「召喚術式 炎神の槍」
「召喚術式 炎神の楯」
「召喚術式 炎神の弓」
「召喚術式 炎神の縛縄」