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アダムとアポロとサオリンと ⑤

アダムは、大通りに面した家の前で立ち止まる。


「サオリン俺達はついてるぜ。チビトラの逃げた方向がこの酒場がある方向でよ。ここはよ、俺達霊達が溜まり場にしてる酒屋兼賭場それに情報交換の場でよ。この辺りで起こった事件や珍しい事は、ここに集まってくる。チビトラの情報もかなりの高確率で得られると思うぜ。ただここは荒っぽい霊が多いんだ。この紳士にも突っかかってくる霊もいて正直あんまり治安がいいとは言えねえ。まあ俺と一緒なら変なことにはならねえと思うが一応油断はしねえでくれ」


「りょっ了解。アダムに迷惑かけないように頑張る・・・出来るかな?・・・」


沙織は胸ポケットの御守を取り出し握りしめる。


「ハハハッ凄ぇなその呪物。日本の物かい?それがあれば大丈夫だ。さあ行くぜ」


アダムは扉を開けて中に入る。沙織も置いて行かれないように付いていく。しかしそこには何も無かった。縦2メートル横1メートルの真っ暗な狭い空間だった。


「サオリン、恐いかも知れねえが扉を閉めてくれ」


沙織は、こんな暗い所に連れてこられ、自分は騙されたのではという思いが脳裏をよぎったが、ここまで来る途中にもアダムから日本に対する憧れを聞かされていたし、この手には強力な御守があるんだから大丈夫と思い、覚悟を決めて扉を閉めた。


「人間にはこの暗闇は怖えよな。すまねえがちょっと我慢してくれ」


しばらくすると二人の目の前が鈍く光り、黒いスーツを着たスキンヘッドの顔が青白い男の幽霊が現れた。


「よう!ゲートキーパー久しぶりだな。何か顔色悪いな、大丈夫か?ボスはいるかい?」


「アダム!お前よく顔を出せたな!うん?・・・ちょっと待て!こいつは生きてるだろ。なんでここにいる」


「俺の連れさ」


「お前は何でいつも・・・まあいい。判断はボスに任せよう。入んな」


ゲートキーパーが振り返り、何もない空間を両手で押すと、観音開きのドアが以前からそこに有ったかのように空間が割れ、光が差し込んでくる。突然の光に奪われた視界が回復すると共に、沙織の耳には笑い声や怒声が入り交じった喧噪が耳をつく。


そこには西部劇に出てくるような酒場があった。バーカウンターがあり、食事をする机と椅子が沢山並べられており、幽霊が座って宴会のように騒いでいた。


「驚いたかいサオリン。さあ行くぜ」


アダムが歩を進めようとすると、


「アダム!テメエにポーカーで有り金巻き上げられた恨み忘れてねえぞ!勝負だこの野郎!」


と叫びながら、男がアダムに向けて酒瓶を投げつけてくる。アダムはその酒瓶を短い手で器用に掴み取り、思いっきり投げ返す。酒瓶は投げた男の顔に当たり、椅子ごと倒れる。


「ヒュ~~ッ!アダム久しぶりだな。相変わらず良いコントロールだ。でも勿体ねえことしたな。この酔っ払いからまた金を巻き上げられたのにヒヒヒヒヒッ」


そう言いながら倒れた男のチップを両手で自分の方に抱き寄せる。


「アダム、腕は錆びてねえみてぇだな。ダーツしねえか?的は賭け金が払えねえとかふざけたことを言いやがるコイツだ」


アダムは、知り合いに手を上げて挨拶し、沙織を連れてバーカウンターに向かう。暴力が当たり前のように行われていることに誰も気にしないその情景に沙織は困惑し、恐怖する。


沙織が落ち着かずオドオドしていると、アダムはグラスを磨いている年の頃は30台の黒髪をオールバックに整えたインド人であろうバーテンダーに話しかける。


「久しぶりだなマハル。今日は情報が欲しくて来たんだ」


アダムはカウンターの椅子に登って尋ねる。


「アダム。俺は店をメチャクチャにしたお前を出禁にしたはずだ。それなのに来るってことは、金は用意出来たんだろうな」


マハルはアダムには目もくれず、淡々とした口調でアダムを非難しながら、磨いたグラスをライトにかざし、汚れが残っていないか確かめている。


「分かってるよ。でも修理代金は払ったじゃねえか」


マハルは磨いていたグラスをカンッと力強くテーブルに置く。


「馬鹿野郎アダム、全然足りねえよ!あのポーカートーナメントでお前が対戦相手のイカサマを見破ったことでキレた相手と仲間が暴れたとき、俺達に任せて放っておいてくれたら良かったんだ。それをお前は、店を爆破するってどういうつもりだ!ゲートキーパーが慌てて俺達を避難させたから良かったものの。お前アイツの顔を見たよな?あれから青白いままだぞ。笑顔を絶やさない最高のゲートキーパーだったのに、今も精神科に受診してるんだぞ。まあ結果誰も死ななかったことは俺も評価してるし、お前の手を煩わせたのは確かだ。お前に借りがあるみたいで胸糞悪いから手間賃として修理代金の返済を待ってやってただけだ。さあアダム、今すぐ金を―」


よほどアダムに頭に来ていたのだろう、バーテンダーはそこまで話してやっと沙織に気付く。


「おい。何の冗談だアダム。生きた人間じゃねえか!」


マハルはアダムに顔を近づけ、頬の肉を掴みながら小声で凄む。


「そうだぜサオリンってんだ。おいサオリン、こいつがここのボスのマハルだ。挨拶しとけ」


沙織は日本でもこんな酒場に入ったこともないのに、瓶が飛んだり、ケンカをしたり、さらには爆破の話を聞いて完全に腰が引けている。しかし何事も挨拶が大事だという両親の言いつけを守る。


「はっ初めまして日本から来ました。西九条沙織と言います。アダムはサオリンって呼んでいます。宜しくお願いしますマハルさん」


「これはこれはご丁寧に西九条さん。私はここを仕切らせて貰っていますマハルと申します。どうぞお座りになってください。お近づきの印に、ドリンクをご馳走しますよ。お酒は飲まれますか?」


マハルはアダムと喋っていたときとは違い、笑顔と優しい口調で沙織をもてなす。


「あっありがとうございます。でも今は友達を探してて・・・すいません、せっかくのご厚意を」


「そうでしたか。ではミネラルウォーターを出しましょう。それなら大丈夫でしょう?ここはインド、闇雲に人を探しても見つかりません。一度落ち着きましょう。話を聞く間レディーに何も出さないなんて私、マハルの名が廃りますので」


「はっはいありがとうございます」


「じゃあ俺はソルティードッグを」


「テメエは金を用意してからだ!・・・と言いてえが、レディーの前だ。特別に出してやるよ」


「サオリン。こいつ良い奴だろ。女性はもちろん、仲間を家族のように大事にするコイツの人柄に惹かれて皆ここに集まってるって言っても過言じゃねえ」


「お前に言われても嬉しくねえよ。お待たせしました沙織さん。ミネラルウォーターです」


「ありがとうございます。実は友達が心配なのと緊張で喉が渇いてたんです」


沙織は心からマハルにお礼を言う。マハルは沙織の笑顔に嬉しくなる。

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