氷狼デリバリー ⑦
「さあ皆さん、中継地点の支部が見えてきましたよ。これから氷狼を降ろす作業に入りますが、状況の変化が起きる時が一番危険ですから、今まで以上に気を付けて下さい。西九条さん達は、到着次第すぐに降りて離れて下さい。車が停車する場所は氷狼の力を抑える結界陣の真ん中です。すぐに支部にいる連中が結界を張りますので、特にアダムさんとアポロさんは気を付けて下さい」
車は結界陣の真ん中に到着する。すぐ沙織達は車から飛び出す。
それを確認すると、支部のリーダーらしき人物が結界を張るように指示する。
山田は車内にいるチームと連絡を取り合い、氷狼に攻撃的オーラの増大などの変化がないことを確認すると山田と支部の数人はトランクを開ける。
その瞬間、トランクからは冷気が漏れ出し、空中をキラキラと光る氷が舞う。
ケージの隙間から見える氷狼は完全に覚醒していた。久しぶりに故郷の空気を吸ったためか興奮気味のようだ。
「この場所で氷狼のオーラを抑える。それが完了次第、第一封印所に移動する。一番隊は氷狼に全オーラを注ぎ込むつもりでやれ。二番隊以下は不測の事態に備えるため、力をセーブしながらやるように!」
「「「おう!」」」
その結界陣で氷狼を宥めること十分。氷狼は再び眠りに入った。
「お待たせしました皆さん。ではこちらへどうぞ。私達とサポートメンバー以外は、あと二時間結界を張り続けますので今の内にお風呂と食事と着替えをしましょう」
「えっこの服着替えるッスか?」
サヤカは二時間程度しか着ていない服を着替える事に疑問を持つ。
「そうです。この服は火の護符が内側に貼り付けられていますが、氷狼の冷気に一時間も当てられると、少し力が落ちてしまいます。だから新しい護符を貼り付けた服に着替えます。ここまでの一時間快適に過ごせたと思ったでしょ?でも実際の車内の温度はマイナス50℃でしたよ。あとトランクを開けた時にキラキラ光ったのを見ましたか?あれはダイヤモンドダストという現象です。空気中の水分が凍る現象なんですが、極低温状態でしか発生しません。氷狼の力は昨日より確実に強くなっています。準備はいくらしても足りませんよ。さあまずはお風呂に入りましょうか」
「スゴイッスね。東九条の皆さん」
サヤカは温泉に浸かりながら感心して言う。
「本当ね。私達だけじゃとても無理だったね」
「これがプロの仕事だぜサヤカーン。怪我人を出さず、安全に任務を遂行するにはこれだけの事をしなくちゃならねーんだ」
「本当ッスね。これからも楽しみッス」
サヤカは目をキラキラさせて今後の山田達の行動を楽しみにしている。そんなサヤカの姿を見て沙織とアダムは、顔を見合わせる。アダムが動こうとすると、それを沙織が肩を押さえて止める。その目は『今度は私の番、アダムにだけ損な役回りをさせられない』と語っている。そして沙織はサヤカを見据えて言う。
「・・・サヤカちゃん、それとアポロ。二人はここまでよ。こらから先へは連れて行かない」
「えっ?どうしてッスか沙織さん!」
サヤカは、水しぶきを上げながら立ち上がり文句を言う。
「これ以上は危険なの。分かるでしょ?サヤカちゃん、もし氷狼が火の護符の能力を超える冷気攻撃をしてきたらどうするの?」
「それは・・・」
「答えられないでしょ。それが答えよ。サヤカちゃん、これはサヤカちゃんのせいじゃないのよ。この先に同行する五人は二十年以上修行を続けてきた冷気系の精霊、悪霊に対抗できるエキスパートよ。車を囲って結界陣を張っていた沢山の陰陽師がいたけど、この五人に対抗出来そうなのはリーダー格の三人だけだった。膨大な経験を積み重ねている東九条家が、この先を五人だけにしぼる。その意味をサヤカちゃんなら分かるでしょ?それ以前にもっと前提の話からすると、これは探偵の仕事じゃないのよ。サヤカちゃんにはこの先、探偵の仕事で活躍して貰わなきゃならないの。ここで怪我されちゃアーサー探偵事務所が傾いちゃうじゃない。霊とかの依頼は、こんな命がけの仕事じゃなくて、ポルターガイストとかカワイイ仕事から経験を積み重ねていけばいいんだよ。だから今回は分かって。サヤカちゃん」
サヤカは拳をぎゅっと握ってしばらくの間立っていたが、サヤカは本当の馬鹿ではない。心の整理がついたのか、再び湯に浸かる。
「・・・わかりました。今回はここにいます」
渋々だが納得してくれたようで二人は安心する。
「アポロも良い?」
「了解でしゅ。二人の邪魔になるならアポロは行かないでしゅ」
アポロも納得する。
「偉いぞアポロ。研修生、こう言うー」
「絶対沙織さんも、アダムも生きて帰ってきてくださいッス」
サヤカは急に勢いよく二人に抱きつく。それにアポロも乗っかり抱きつく。
「おいおい当たり前だろ?研修生を一人前にするのは先輩である俺の役目だぜ!」
サヤカはアダムの言葉に笑顔になる。サヤカの目が赤いのは多分温泉の効能のせいだろう。そうに違いないとアダムは思った。
「サオリン、アポロは早く温かい部屋でホットケーキ食べたいでしゅ。早く帰ってきて欲しいでしゅよ!」
「はいはい分かったよアポロ。沢山たべようね。でもまた太っちゃうんじゃない?今度のビラには痩せてる姿で写るんじゃなかったの?」
「もう、サオリン意地悪でしゅ~!」
ポカポカと沙織を叩くアポロ。それを笑顔で受けながら沙織は誓う。絶対に全員でここに帰ってくることを。
出発前、沙織達は山田達五人及び最前線支部のリーダー達と会議をしていた。
「―と言うわけで、二時間前に先に出発したサポートメンバーからの報告によると、数体の悪霊がいたため祓っておいたという報告を受けている。そして今現在サポートメンバーは予定通り、ツーマンセルで封印地までの道程一キロメートルおきに待機して周辺に変化がないか監視中。現在はオールクリア」
「次に天候についてですが、現在は快晴、その後も大きく天気が崩れることがないと予報では出ています。氷狼移送に理想的な状況です」
「スノーモービルの整備は万全です。氷狼対策の装備の安全性の確認もとれています」
「氷狼に関してですが、我々の封印術が効いているようで、小康状態が続いています。この後、最後に一番隊が全力で術を行使しすることによって睡眠状態までもっていくので、封印地までの予定移動時間である一時間は問題無く移動できると・・・・・すいません確実なことは言えません」
各リーダーが現在の状況を報告し、山田が頷く。
「皆、この日のために全力を尽くしてくれて感謝する。氷狼の封印は私達が必ずやり遂げてみせる。それで封印地に向かうメンバーですが・・・その様子だと、私から話をしようと思っていたんですが必要なさそうですね。アーサー探偵事務所からは、西九条さんとアダムさんのみご同行願います。サヤカさん残念ですが今回はここで待っていて下さい。悔しい気持ちは分ります。でも今回は我慢して下さい。何も我慢しているのはサヤカさんだけではありません。前にも言ったように私達以外のメンバーはドライバーを含め、一切氷狼と接触させません。封印を解いた氷狼とはそれぐらい危険な存在だからです。今、サヤカさんが無理して同行すれば、その若い命を無駄に散らすだけです。私達指導員にとってそれは何よりも悲しい。守ってやれなかった。救ってやれなかったと何度後悔したことか。西九条さんやアダムさんもその辛さを知っているからこその決断です。もしそれでも納得出来ないなら、依頼主である東九条家を憎んで下さい。・・・サヤカさんには当主が認めた才能があります。それに西九条さん、アダムさんというこれ以上は望めない指導者がいます。最高の環境です。サヤカさんが成人する頃には氷狼レベルの精霊、妖怪退治を一緒に出来るでしょう。その時を楽しみにしていますよ」
山田の言葉を聞いて、サヤカは勢いよく立ち上がる。
「ありがとうございます山田師匠。私は自分の未熟さ故に今回連れて行って貰えないことに納得しているッス。私は自分の未熟さを憎むッス。だから今日は東九条家の方達から色々学んで、盗める物は盗んで早く一人前になれるように頑張るッス」
サヤカの決意表明に東九条家、沙織達共に笑顔になる。
「訂正しましょう。サヤカさんとは近い将来一緒に仕事をすることになりそうですね。あとアポロちゃん、お二人は無事に帰ってくるから心配いらないからね。お利口さんにして待っててね。今、東九条家青森支部特製りんごパイを作らせてるから楽しみにしててね。甘くて美味しいよ~」
「やったでしゅ。ありがとうでしゅ山しゃん。アポロはお利口さんにしてましゅ。密林の王者の約束でしゅ。サオリン、アダム~、二人の分も残しておきましゅから早く帰って来て欲しいでしゅよ」
アポロが山田に飛びついて甘える。
「良かったねアポロ。約束したんだからお利口さんでお留守番するんだぞ」
沙織はアポロを言い聞かせながらも、山田の言葉に引っかかりを覚える。
しかし、ここで事を荒立てては作戦の遂行に支障が生じると思い黙る。