氷狼デリバリー ⑥
「さて準備はイイですか皆さん。こちらが昨日言っていた私を除く四人のメンバー、岸、平野、矢野、高橋です。皆さんの乗る車に同乗します。ごらんの通り、私以外、皆さんとは会話が難しいですが宜しくお願いします。あと万が一、車が動かなくなったり、不測の事態に陥ったりした時の為にサポートメンバーの車が私達の車の前後につきますので宜しくお願いします」
山田に紹介された四人は沙織達に黙ってお辞儀をする。彼等と会話が難しい事は一目瞭然だ。頭にはヘルメット、顔には氷狼の冷気から目や肺を守るため、ガスマスクのような防寒用具を装備しているからだ。これでは沙織達と直に喋ることは困難だろう。ただ東九条の五人は通信機器を介して会話が出来るようだ。
「皆さんおはようございます、私達の事をご存知のようですが、やっぱり一緒にお仕事をさせて頂くので自己紹介させて頂きます。アーサー探偵事務所所長をやらせて貰ってます西九条沙織です。今日は東九条家のプロの仕事を勉強させて頂きたく思っています。宜しくお願いします。それでこちらが実際に権力を握っている裏の所長のアダムです」
「オッス!みんな今日は宜しくな」
「あと・・・ねえアダム、アポロとサヤカちゃんは何か役職あるの?」
「アポロとサヤカの役職か・・・う~ん。アポロはワトソン的役割だから探偵助手だな」
「皆しゃん、探偵助手のアポロでしゅ。尾行が得意でしゅ。今日は尾行がないと聞いてがっかりでしゅが、みんなのサポート頑張りましゅ。カイロも沢山持ってきたでしゅよホラ。寒かったら言ってくだしゃい。アポロがすぐ駆けつけてカイロを渡しましゅからね。あと氷狼しゃんが逃げだしたらアポロが追っかけるから安心して欲しいでしゅ」
マスクをしている四人の顔は見えないが、アポロにデレデレになってるのが雰囲気でわかる。
「あとサヤカは研修生だ。この依頼の邪魔だけはさせないから安心してくれ」
「ちょっと待って下さいっす。ヒドいっスよアダム~フフフッ。私も昨日の経験を生かして何か出来るッス」
サヤカは、笑いながらアダムに言う。しかしそれがアダムの気に障る。
「馬鹿野郎!お前はまだまだ何も出来ねえひよっこだ。それを自覚しろ。その為の研修生ってことだ。お前がいつも自称している将来の日本一の中卒探偵だったか?今日は忘れろ。氷狼に対してお前はこの中でぶっちぎりで何も出来ねえ。見ろ!この五人を。二十年こんな時のために鍛えてきたって言うだけのことはあるよ。強い。そんな奴等がガスマスクみたいなものまで被ってやるんだぞ。それにサポートしてくれる奴等もお前が逆立ちしても敵わねえ奴ばかりだ。お前、もう一度言うぞ。研修生だ。お前が今日することは山さん達の行動を見て学ぶこと。それだけだ」
アダムの言葉に場が引き締まる。山田達五人は頷く。『その通りだ。俺達はこの日のために鍛えてきた。絶対に成功させる』という意思が伝わってくる。
「サヤカちゃん。アダムを怒らないでね。嫌な役目をアダムが引き受けただけだから。それにもう始まってるんだよ。皆さんが氷狼のオーラを抑えてくれているから気付かないと思うけど、私達だけならまた昨日のように凍傷になってるかも。これから状況がどう変っていくか誰もわからないの。サヤカちゃんは、そんな状況を山田さん達がどう対応していくか学んでね。期待してるよ!」
沙織は、アダムに急に怒られて落ち込んでいるサヤカの肩をそっと抱き、優しく言う。
「はいっス」
沙織の言葉でなんとか立ち直り、自分の役割を全うしようと誓う。
「それでは出発します。この七人乗りの車に乗ります。前から運転手は私、助手席はサヤカさん、真ん中の席に西九条さん、岸、平野、後部座席に矢野、高橋、最後部のトランクに氷狼。アダムさんとアポロさんは、私達が張る結界に触れない場所にいて下さい以上。作戦開始!」
全員速やかに車に乗り、中間地点である氷狼封印地の最前線支部に向かう。
支部までは二時間程だが、一時間半を過ぎた頃、氷狼に異変が生じる。
「了解。許可する」
山田は後ろのメンバーと通信する。それから山田は助手席のサヤカに声をかける。
「サヤカさん。手伝って頂けますか。そこに備え付けられている機械の送信ボタンを押して下さい」
サヤカは言われた通りにボタンを押す。するとこれから向かっている最前線支部に繋がる。
「山田だ。氷狼に変化。オーラ増大。隊員四人によるオーラで対処中。支部はレベル3―Aに格上げし緊急時に備えろ」
「了解。レベル3―Aに格上げし、緊急時に備えます」
山田は支部に繋がった無線に、簡潔に指示を出す。サヤカはその連絡の方法に注目する。
「無線を使うんッスね」
「おお知ってましたか。そうです無線を使います。でもサヤカさんくらい若ければ無線なんて触ったことないんじゃありませんか?青森支部は見てのとおり山が主戦場です。ですから携帯電話では場所によっては圏外になってしまうんですよ。それに先程のように送信ボタンを押せばすぐにつながるのが利点です。悪霊や精霊などと対峙しているのに、のんきに耳に携帯を当てて繋がるのを待ってたらやられてしまいますからね。あと所持者全員のチャンネルを合わせておけば一度に複数の人間が受信できます。だからほら、私も後ろの隊員と連絡するための小型無線を持っています」
山田は胸に付けているプラスチックの小さな箱のような物ををトントンと叩く。
「無線はスマホのように不意に落として画面が割れることもありません。画面がバキバキに割れて仲間と連絡取れなくて全滅しましたじゃ、アホ過ぎて成仏出来ませんからね。でも私の腰にウェストポーチあるでしょ?実はその中にはスマホも入れてるんですよ。無線がいくら頑丈でも谷に落としたりすれば壊れますし、連絡手段は命綱ですから二つ以上は持つようにしてるんですよ。それにスマホは支部から必要な写真を受け取ったり、作戦の変更をビデオ通話で分かり易く伝えられたりと色々と便利ですからね。良い物は使わなくちゃ。それと遭難した時などのために照明弾も用意しています。あとは・・・あっそうそう、先程の通信のように、レベル3―Aって言っただけでどんな状況か分かるようにしています。東九条家では作戦を遂行するに当たって綿密な計画を練ります。レベルを1~5に分け、さらにそれをA、B、Cの3段階に分けます。それだけで自分が何をしなければいけないか暗記させます。みんな病院で豚汁たべたくないですからね」
ハハハッと山田は笑うが、サヤカは落ち込む。
サヤカはアダムに研修生と言われた理由が分かった。自分は分かってなかった。皆は本当に命がけでやってるんだ。ツチグモの時に、アダムとアポロを運んで自分は重要な役目を果たしたから、また皆を手伝えるんだと思ったが大きな勘違いだった。
「・・・サヤカさん。これからですよ。あなたの力が必要になるのは。アーサー探偵事務所は率直に言ってヤバイ集団です。まずあの西九条さんがいる。そして頭も切れるし、確実に強い精霊アダムさん、そしてメチャクチャカワイイけど底が知れないアポロさん。この三人がいれば余程の敵が現れない限り楽勝でしょう。しかしそこですよ。個の力が強大であるほどスタンドプレーに走ってしまいがちです。単独で勝ててしまいますからね。昔から西九条家は個の力が強く、個の技に長け、東九条家は個の力は弱いが集団戦術に長けています。両家が協力して足りない所を補えれば良かったんですが、才能ある陰陽師はそんなにいないですからね。どうしても東九条家は大都市を守る役目で手一杯になり、個の力が強い西九条家は危険と分かっていながら、少数で日本全国にいる悪霊などを退治することになりました。私はね、サヤカさん。あなたがアーサー探偵事務所における東九条家の役割を担って欲しいのです」
サヤカは山田の目を真剣に見つめる。
「あなたが、皆の力を最大限に引き出すのです。そして皆の命を守るのです」
サヤカの目が熱を帯びる。
「あとこんな事言うのは不本意なんですが、あのクソ野郎もそのつもりみたいです。『山田。サヤカを宜しく頼む』とメールがありました」
山田は、バンッとハンドルを叩きながら、「十代の頃と全く変ってねえ。頼むならそれなりの態度が・・・」とブツブツいっている。
「まあ昨日は積年の恨みを吐き出したのでちょっと、当主を誤解されたかも知れませんが、この支部での行いが悪かっただけで、他の多くの支部では感謝されている人物です。人を見る目もある。当主がどんなクソ野郎でも、こんなヤバイ事務所に才能の無い中学生を入れる手伝いなどしませんよ。頼っていいと思いますよ」
「はい!了解っス。山田師匠!」
「えっ!?いやっハハハッ困ったな」
山田は照れて笑う。
「おいおいヒドいぜ山さ~ん。人の事務所をヤバイって」
「そうですよ山田さん。私の事をどういう風に思ってるのか聞きたいなあ~」
「いやっ良い意味でですよ。もちろんハハッハハハ」
今度は乾いた声で笑う山田。
「サヤカーンが元気になったでしゅ。心配してたでしゅよ。寒くないでしゅか?カイロありましゅよ」
アポロはサヤカの膝の上に座り、サヤカに甘える
「ありがとうッス、アポロ。私はもう大丈夫ッス」
サヤカの笑顔を見て、沙織とアダムも顔を見合わせて笑う。
登場人物も多く、精霊と戦う為にはどれくらいの準備が必要か細かく書いたので、非情に読みづらいと思います。だから「なんか色々するんだな」という軽い気持ちで読んで貰えれば助かります。もう少しこんなのが続きます。すいません
大幅に修正しました。すいません。