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氷狼デリバリー ⑤


「それで氷狼としては遊んでいるだけなんですが、人間にとっては命に関わるわけですよ。今までは氷狼が近づいてきたら陰陽師が追い返すということを繰り返していたので氷狼もこちらに近づかなかったんです。精霊と人間の棲み分けが上手く出来ていたんですよ。その棲み分けがこの地域に住む人々の命を守っていたんです。それをあのアホがこっちに来て数日でぶち壊したんですよ。先人達が苦労して築いた氷狼との関係を何の考えもなしにカワイイって寝言こいて撫でまくって壊しよった。まだ氷狼の事を何も知らん奴がやるならまだしも、あのアホは俺が口を酸っぱくして言うたのをシカトして遊びよったんじゃーーー!」


それはキレるなと、沙織達は頷く。山田はゼーッゼーッと肩で息をしている。今まで貯まっている鬱憤を吐き出して少し楽になったのか、少し落ち着きを取り戻した。


「アイツが本家に帰ってからも氷狼は陰陽師の所に来ては、バタバタと犠牲者を出し続けました。私は五回程死にそうになりましたよ。この支部は崩壊寸前まで追い込まれ、私どもは撤退案を本家に出しました。その時の支部長はもうカンカンで、『お前のとこの孫のせいで、ここはもう終わりじゃ放棄するから勝手にせい!住民に被害が数千人単位で出るけどもう知るか!お前等のせいじゃボケ』って激怒したんですよ。これはマズイってことで本家から、対精霊部隊が送られてきて何とか捕獲したんですよ。でも氷狼は本来害の無い精霊ですからね。消滅さすのは不味いと考え、本家で弱体化の術式と封印術を施して地下に捕らえてたんですよ。捕まえたら今度は、氷狼がいたおかげで影に潜んでいた奴等が出てきたんですけど、まあそいつ等は大した事がなくて、私でも簡単に祓うことが出来ましたし、東九条の十八番の大規模守護結界で住民の皆に被害を及ぼさないことが出来ました」


山田の顔に笑顔が戻り沙織達もホッとする。


「そうか、山さん辛かったな。山さんみたいな人がいるから俺達は安心して暮らせてるってことに感謝しなきゃいけねえ」


「そうだよねアダム。山田さんスゴイ!私達も救ってくれたしヒーローですよ」


「そうッス!サヤカは中学も卒業出来ずに死ぬとこだったっス。日本一の中卒探偵の夢が絶たれるとこだったっスよ。山田さんサンありがとうッス」


「アポロも感謝してるでしゅ。皆を助けてくれてありがとうでしゅ。山しゃんが困ってたら助けにきましゅからね」


全員から褒められ、山田は涙を流して喜ぶ。脚に抱きつき感謝するアポロにデレデレだ。山田は猫派らしくトラの精霊のアポロを撫で回す。


「いやー皆さんありがとうございます。そう言って頂けると苦労が報われます。それに私達が尊敬する西九条さんにヒーローって言われると本当に照れます。本当はここで話が終わって気持ち良く寝たいんですけど・・・皆さんお気づきでしょうね。じゃあ何で今上手くいってるこの地に氷狼を運んできたのか。それはですね・・・・・・あいつが・・・あのクソ野郎が・・・・」


山田がかつて無いほど顔を赤くし青筋を立てている。


「当主となり、本家の地下の視察をした際に『おい!なんで氷狼を封印してるんや。動物虐待したらあかんやろ!お前等人の心持ってんのか!』って激怒しましてね・・・・・おまえがーー!おまえだけはーーーー!その言葉を口にすんじゃねえ――――――――!!!!!」


山田は支部が震える程の絶叫を上げる。


「お前が原因だろが!って私達は激怒しましたよ。でも氷狼を封印した時は、もうアイツは家を出て行った後で経緯を全く知らず、またそもそもこの地に寒行に来たのは画家になりたいというアイツの目を覚ます為だったらしいんです。総本家での会議はもめにもめましたが、アイツの『今度、氷狼が暴れたら俺が取り押さえるから放したってくれ。何かあったら責任は全部俺が取る』という一言で解放が決まったんです」


沙織達は簡単に引き受けた仕事が二十年以上前からの根深いドロドロした一触即発の爆弾であることに、今食べたチャンコを吐きそうになる。そしてさらに、差し迫って重大な事がある。


「じゃあ・・氷狼を解放したら最悪の場合、この支部は・・・また・・・」


「ええ、夕飯は豚汁やでって医者に言われるでしょうね」


山田は二十年も前のことだが、氷狼に襲われた恐怖がフラッシュバックするのか脚が震えている。


「でも、その事は西九条さん達には関係のない事ですから、氷狼を解放したら逃げて下さい。契約では、氷精山ひょうせいざんの封印地で氷狼を解放する事ですから、その後の事については西九条さん達が気に病む必要はありません」


「でも、それじゃ山田さんが・・」


「これは私達の意地なのです。明日同行する私を含めた五人は二十年前氷狼を追い返すことが出来ず、この支部の職員の命を危険に晒してしまいました。今は守護結界で悪霊などを押さえていますが、何時氷狼のような力を持った精霊が再びここを襲うかわからない。それに備えて強くなろうと私達は二十年鍛えてきたのです。まあその力を氷狼に使う事になるとは思いませんでしたが、良い機会です。リベンジしてやりますよ!」


山田は沙織の心配を無用と言わんばかりの笑顔をしているが、その脚の震えは、力を込めることによって強引に止めているのが分かった。


「いや~身内の揉め事に巻き込んで本当に申し訳ありません。では明日、朝食は七時に食堂でとりますのでお願いします。あとお風呂に入るなら、この支部には露天風呂がありますのでいつでもお入り下さい」


そう言うと山田は恭しく頭を下げ、部屋から出て行った。アダムは沙織の耳元で囁く。


「なんか大変な事になったなサオリン。ちょっと夜、二人で相談しようぜ。そうだな山さんが、露天風呂があるっていってたから、あいつ等が寝てから・・」


「何ごちゃごちゃ言ってるっすか?まあ大変な話だったけど、とりあえず運べばお終いっスね。今日の所は早く寝ないっすか?」


「アポロはサオリンと一緒に寝るでしゅよ」


二人は相当疲れているようだ。


「そうだね。じゃあ食器を返しに行こっか。ご馳走様言いに行くよ」


それから布団に入り、アポロとサヤカの寝息が聞こえだした頃、アダムが沙織に合図を送る。二人はゆっくり部屋を抜け出す。


「あ~イイ湯だな。お風呂の良さがやっと分かってきたぜ」


「良かった。アダムは泥んこで帰ってくるのに風呂が嫌いだから、困ってたのよ」


「今まで悪かったな。これからは、自分で入るよ。でっ明日の事だが、アポロとサヤカは中間地点で置いていこうと俺は思ってる」


「私も同感。アポロについては悩みどころだけど、サヤカちゃんは、まだ敵意あるオーラ攻撃に対する防御を持っていないわ。その状態で解放の瞬間まで同行するのは自殺行為だよ。それに車の中にいた氷狼は、あれで弱体化してるって話だから解放したことを考えると何が起こるか分からないし危険過ぎる」


「そうだな。あれで弱体化してるんだもんな。全く明日の事を思うと温泉に入ってる今でもゾッとするぜ」


二人は同時にブルッと震える。


「あとサオリンが悩んでるアポロの話だが、俺的には絶対駄目だ。サオリンは想像出来ないかもしれないが、アポロは強い。氷狼なんて目じゃない程にな。ただアポロはその力を全く制御出来ねえ。一度力を行使すると、この前みたいにガス欠状態になるか、敵を殺すまで止まらねえだろな。氷狼の本気を見たことねえから何とも言えねえが、ツチグモより強いと思えねえ。となると・・・殺しちまう」


「それは駄目!今、私はアポロにとって大事なときだと思うの。アダムは感じてる?アポロが成長してるの?」


「ああ、前よりほんの少し大きくなったな。アイツは数百年精霊やってるからもう大人の姿に成長しててもおかしくねえはずなのにアポロはずっと子供の姿のままだった。まるで時が止まってるようにな」


「そう、だから今がアポロにとって最も大切な時期だと思うの。力に溺れてしまわないように私達が気を付けてあげないと。私はいつか・・・アポロを残して死んでしまうわ。私がいなくなっても、今のように家族を大切に、困っている人を助けてあげる心優しいアポロでいて欲しいの。だから今回は、アポロにそんな力を使わせる状況になるかもしれない場所には連れて行けない」


アダムは沙織の心の内を聞き、やっぱりサオリンはいい女だと思う。


「サオリン、今ならサオリンを置いてツチグモ討伐に行った両親の気持ちを理解できるんじゃねえか」


沙織はアダムの言葉に、自然と目から涙がこぼれ落ちる。


「そっか・・・私が両親を守ってるつもりだったけど、グスッ逆だったんだね。私は両親に守られていたんだね。馬鹿だね、本当に馬鹿。お父さん、お母さんありがとう」


沙織は声を上げて泣き出す。


「二人きりで相談して正解だったな。ホントにグスッ、サオリンは泣き虫だからな」


「へへっそう言うアダムも、グスンッ目が赤くてウサギさんみたいになってるよ!」


アダムはバシャバシャと顔を洗うが、その目は赤いままだ。


「ちっ違えよ!温泉の効能だよこりゃ!どっかに書いてるだろ、えーと疲労回復、肩こり、神経痛・・・クソッ明日、山さんにガツンと言ってやらねえと!」


そう言うとアダムは、プイッと沙織に背を向けてしまう。


「ありがとうアダム。アンタにはいつも感謝してるよ」


「オッオウ。まあとにかく明日は頑張ろうぜ」


それから二人は明日の事をもう少し話し合い、眠りについた。


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