氷狼デリバリー ③
青森県の合流ポイントまで車はなんとか到着する。
東九条家の陰陽師達は凍りついた車と、ドン・・・ドン・・・と音はするが出て来ない沙織達に異変を感じ取り、直ぐにドアを開けようと駆け出す。
「駄目だ完全に凍ってしまってて開かない。いやロックしてるかもしれないから窓を割ってロックが解除されているか確認しろ。術は使うな。精霊様が瀕死の状態かも知れない。下手に術を受けると消滅してしまう恐れがあるからな。それと火の護符を大量に持ってこい。熱湯も早く!チクショウ窓が氷に覆われて割れねえ。おい、ピッケルも持ってこい!」
何人かの陰陽師達は急いで屋内に応援を呼びに戻り、氷狼の運搬に緊急事態が生じている事を告げる。手の空いている職員が急いで飛び出て来て救出作業に当たる。
ガンッガンッガシャーン
運転席の窓が砕ける。
「おいおいおいおいヤバイぞ!火の護符を早く!全員冷気オーラにやられてる。全員の指先に護符を貼りまくれ、鼻や耳も忘れるな。おい熱湯が来たぞ。一旦離れろ」
電気ポットのフタを開け、熱湯をドアにドバドバとかける。普通の氷と違い、オーラが込められている氷のため中々溶けない。屋内からポットを持って出てきた職員が代わる代わるドアに熱湯を掛けまくる。
「よし!ここはもういい。おい、一気に引くぞ。せーの!」
ミシミシバキバキバキンッ
ドアを開けると,アダムが外に倒れ込むように出てくる。全員が凍死寸前であった。アダムは最期の力を振り絞って、車のドアを叩いたのだ。
「お湯を用意しろ。凍傷だぞ、ぬるま湯を大量に用意しろ!」
「おいっ!こっちもドアが開いたぞ。ここにも担架だ!」
「クソッ氷狼の力が強すぎて箱の封印が破られてる。火の護符を織り込んだ防寒具を着てない奴は着てこい、マスクもだぞ!ダッシュだ!1分で帰ってこい!担架組も西九条様達を女性職員に預けたら着替えてすぐに戻って来い!お前等は服を着てるな、マスクあるな。よし、一分頑張れ。一分で交代だ。これ以上酷くなる前に地下の封印所まで運ぶぞ。いっせーの!」
まとめ役の陰陽師達が声をあげ、その他の陰陽師や職員は走り回った。
沙織達は皆の懸命な看病のおかげで全員が命を取り留めた。
「「「「いっただっきまーす(しゅ)」」」」
「天国、ここは天国じゃないかしら」
「違いねえ。暖けえし、車の中でチャンコ鍋が食べてえと話してたら夕飯に出てくるんだもんな。天国に違いねえ」
「ちょっとアダム!それは私の肉っすよ!」
「サオリン。アポロは肉団子が欲しいでしゅ。入れて欲しいでしゅ」
「はいはいちょっと待っててねアポロ」
アーサー探偵事務所の所員全員がチャンコ鍋をつつき、その美味しさに舌鼓をうつ。
食事も一段落した頃、この支部の代表者と思われる髪の毛を短く刈り込んだ、年の頃は50代と思われる男性が部屋に入ってきた。
「夕食の味はどうですかな?追加は必要ですか?何でも仰って下さいね」
「あっ夕飯美味しく頂いてます。この度は所員一同、命を救っていただいた上、こんなに美味しい料理までご用意して頂きありがとうございます。私達、車の中でチャンコ鍋食べたいと言っていたんですよ。だからそれが出てきて本当感激してしまって」
「ハッハッハ、チャンコ鍋は治療の最中に西九条様が「チャンコ、チャンコが食べたい・・・」と何度も寝言を言うので、職員に材料を買いに行かせたのですよ」
沙織は一気に顔が赤くなり、両手で顔を押さえる。
「ギャハハハハハッ気絶してても女子力の低下が止まらねえな。なんか部屋は暖けえのに、サオリンの隣は冷えるなと思ったら女子力が氷点下まで下がってたかギャハハハッ。おいサオリ関、一杯喰えよ、喰うのも練習の内だぞ!ギャハハハハハハッ」
「どうやらここは天国じゃないみたいだから、アンタは私の張り手で本当の天国に迷わず送ってあげるわ」
「おっと!最期は誰のおかげで天国に召されず、ここに来れたと思ってんだ?俺が運転したからだろ。こんな事もあろうかとオーラを使って運転出来るようにしてた、この天才アダムに感謝して欲しいもんだぜ」
ドタバタと喧嘩する二人を横目に、サヤカが中年男性に謝罪する。
「申し訳無いっス。お見苦しいものを見せてしまって」
「イヤイヤ私こそ余計な事を言ってしまって・・・大丈夫ですかね?」
「いつもの事ですからほっといて良いっス。ああ見えて二人は信頼し合ってますから」
サヤカは微笑む。
「ホラ、いつまで暴れてるっスか。話を聞きましょうよ」
沙織は我に返り、また赤面する。
「ここまで本当にご苦労様でした。皆様の苦労は、もうこの目で見させて頂いております。命がけというのが分かる惨状でした。ここまでの氷狼の移送本当にありがとうございました。遅れましたが私は青森支部代表の山田と申します。あっ皆様の自己紹介は必要無いですよ。西九条様達が行ってくれている氷狼の移送はこの支部の最重要事項なので全員に顔と名前を覚えるように周知してますから。皆様、体の異常など無いでしょうか?」
沙織は全員を見る。皆、力強く頷く。ただ何度も凍死しかけたアポロには直接大丈夫かと尋ねた所、「大丈夫でしゅ!心配かけたでしゅ」と力強い返事が返ってきた。
「はい。みんな元気です。ありがとうございました。でも山田さん、申し訳無いですが様は止めて下さい。助けて頂いたこっちが様をつけなくちゃいけないですよ」
「ハハハッ西九条様にそんな事をさせる訳にはいきませんな。分りました。お互いのために、これからは皆様をさん付けで呼びます。皆さん、体調が良いという事でなによりです。それでは皆さんにこれからの予定を話したいと思います。明日は氷狼を氷精山の途中にある氷狼封印地への最前線支部まで運びます。そこで昼食を取り、それから氷狼を封印地まで運びます。メンバーは私を含めた五人と皆様方です。あとはサポートメンバーがいますが、氷狼に対応するのは私達だけだと思って下さい。装備の方は準備ができておりますのでご安心下さい。皆さんが着ていた服はクリーニングに出しますので、明日は私どもが用意した物を着て下さい。車も今、整備工場に運びましたので、皆様が帰る頃には修理が完了していると思います。とりあえずざっくりと話しましたが、ご質問はありますか?」
「明日の早朝から一日かけて氷狼を持って登るってことですか?氷狼の冷気に耐えられない気がするんですけど・・・」
「いえ、早朝からではございません。午前10時から車を使って登り始めます。そして支部到着は十二時。昼食と休憩に二時間取り、十四時から一時間かけて封印地までスノーモービルで向かいます。ですから明日の移動時間は三時間となります。心配なされている通り氷狼の冷気に耐えられないからです。あの、私からも質問いいですか?」
沙織は明日、またあの軽く凍死するレベルの冷気と一緒に三時間も移動をすると思うと背筋が凍る思いをしながら、山田にどうぞと質問を促した。
「あの、何故皆さんは火の護符をお持ちじゃないんですか?氷狼や他の氷の精霊を移送するのに、火の護符を持っていないのは・・・自殺行為かと・・・」
アーサー探偵事務所の全員が目を剥く。
「えっ?ちょっちょっと待って下さい・・・火の護符って何ですか?そういう事は両親がやってくれていたので、私は全く知らないんです」
山田の顔が一瞬で青くなり、そのあと怒りで赤くなる。何か思い当たる節があるのか「あの野郎・・・」と言う声が漏れ聞こえてくる。