ツチグモハント ⑫
神降ろしの穴から二人が落ちてくる。
「おおーアダムにアポロ間に合って良かったですネー。ミーはもう限界ギリギリだったネ」
片膝を床に付けながら、いつもの口調でオッちゃんが二人を迎える。
「ありがとよオッちゃん。助かったぜ。でもオッちゃん、サオリンを通したのはどういう了見だ。あいつはそのまま死ぬ気だったぜ」
アダムは大家が悪い訳ではないと知りながら、問いただせずにはいられなかった。後でサオリンの前で切れるよりここでハッキリさせておきたかったのだ。
「・・・本当に申し訳ない。しかしアダム、私は昔から西九条さんが信じられないような力を持つ女性であること、どういう経緯で両親を失ったか知っています。その西九条さんが・・・『もう家族を失いたくないの。私が死ぬのは自分が悪いの。でもアダムとアポロが自分のせいで死ぬのは許せない。もし私が助かったとしてもアダムとアポロの犠牲の上にあるのなら私は私の命を許せない。だから行かせて!もう私の知らないところで大切な家族が死ぬのは嫌なの!』・・・そう言われて私は西九条さんを止めることが出来ませんでした。アダムとアポロの覚悟を知っていたはずなのに申し訳ない」
大家はもう一方の膝を床に付け、二人に土下座をする。
「よしてくれよオッちゃん。頭を上げてくれ。意地悪な事を言ってすまなかった」
アダムは大家の腕を取り、立たせる。
「そうかサオリンがそんな事を。両親が心配する訳だぜ。じゃあこれから病院に行って説教してくるぜ。東九条のみんな、ありがとな。また改めて礼をしにくるからよ。行くぞアポロ」
「東九条のみんなありがとうでしゅ~~。アポロ特製ホットケーキ楽しみにしておくでしゅ~」
そう言って二人が祭壇の間を出ると、サヤカが神社の時と同じ格好で待っていた。
「さあ乗って二人共、今度は病院ね!」
「「サヤカーーン」」
二人は来た時と同じようにリュックに飛び乗り、颯爽と東九条家を後にする。
「サヤカーン、おまえ最高だな!お前がいなけりゃ日が暮れちまうとこだったぜ。なぁサヤカーン、アーサー探偵事務所に来る気はないか?」
「アハハ、いいねぇそれ!進路希望調査書に書いとくね」
「それは止めろ!お前の両親がまた呼び出しくらうだろが!・・・頼まれたのがサヤカーンじゃなくサオリンで良かったよ」
「えっ?何か言った?」
「何でもねえよ。とにかく進路は進学とかにしとけよ」
「アハハハハハ」
「おい、お前本当に止めろよ―」
二人を乗せた自転車はギャーギャーうるさく騒ぎながら病院に向かった。
病院に着くと、サヤカーンは帰ろうとする。
「会って行かないのか?」
「チッチッチッ沙織さんを迎えるのは、まず家族でしょ?そういうとこだぞ所長!じゃあね~」
アダムの頭を指で小突いて言うと、ペダルを力強く踏み風のように去ってしまう。
「まったく・・・おいコラ!絶対進路にアーサー探偵事務所って書くんじゃねえぞ!」
もう遠く離れてしまったサヤカには聞こえていないだろうがアダムは力の限り叫ぶ。
アダムの脳裏に、両親が先生に「ウチの子は大丈夫でしょうか?」と尋ね、先生、両親共に困っているなかサヤカだけが笑ってる画が浮かぶ。
「サヤカーンありがとうでしゅ~~」
サヤカは振り返らずアポロに手を上げて応える。
「あいつ聞こえてんじゃねえか!」
アダムはげっそりしながらサヤカを見送ると、二人は沙織の病室にトテトテと早足で向かった。
沙織の病室につくと医者や看護婦がバタバタと動き回っていた。
最悪の事態が一瞬脳裏によぎったが、もう必要の無いであろう器具を片付けている最中だった。
医者も看護師も訳が分からないというような困惑の表情を浮かべながら作業をしている。
医者は本当にもう大丈夫か?と片付ける最中に何度も聞いていたが、
沙織の人並み以上の健康体であるデータと沙織の血色、受け答え等を見て、
困惑の色を深めながらも生命維持装置を外し、点滴のみを一応残して診察を終える。
元気になったサオリンを前に、人がいなくなるまでアポロが我慢できるはずがなく、
ベッドの上で上体を起こしている沙織に飛びつく。
「サオリ~~ン良かったでしゅ!アポロは一杯一杯心配したでしゅよ!」
しかし、沙織はアポロが飛びついた事に全く反応しなかった。
アポロは首を傾げながら、沙織の体をヨジヨジと昇っていき、いつも通り髪の毛をグルーミングをするが、それでも全く反応しない。
「アダム!大変でしゅ!サオリンが病気でしゅ!」
沙織から飛び降りてアダムに心配そうに尋ねる。
「病気じゃねえよ。治ったんだよ。普通の人間にな・・・。ツチグモの爪が刺さっている魂の一部を残して無理矢理分離、精霊化して助けに来るとか、とんでもない事した反動かもしれねえな」
「じゃあ、もうアポロはサオリンとお話できないの?」
「そうかもな。でもサオリンにとってその方が幸せなのかもしれねえな」
アポロは目に涙を貯めて今にも声を上げて泣き出しそうだ。
「ここからは俺達のわがままだ。これで見えないってんならあきらめよう。待ってろアポロ。今から俺がサオリンの目の前に、風呂場で見せたのよりも大きい極太一本グソをひねり出してやるからよ。そしたら一発だぜ。唸れ俺の肛門!ウオオォォォォォー」
アポロが沙織に肛門を向け、沙織の太腿の上に脱糞を試みる。
そうしている間に、片付けを終えた看護師が病室を離れる。
「あれ?サオリン何してるの?手袋?」
「なに?手袋?・・・!!しまっ―」
ズドン!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
アダムの肛門に無慈悲なカンチョーがめり込む。指の第二関節まで刺さっている。
「ちょっとアダムどういうつもりよ!感動の再会が台無しじゃない!ここはハグするところでしょ!何で極太一本グソひねり出すことになるのよ」
「ちょっ・・ちょっと待て・・・そっその前にナースコールを押してくれ・・・きっ緊急オペを・・」
「サオリーン!気づいてたの?」
「当たり前じゃない。みんなの前でハグしちゃうとまだ入院させられそうだったから気付かないふりしてたの」
「もう心配したよ!心配したんだから!」
アポロは再び沙織に抱きついてグルーミングをし始める。
「全くサオリンにはもてあそばれてばっかりだぜ!」
「あっそうだアダム!悪事のこと白状して貰うからね!」
「なっ!お前水に流すっつったじゃねぇか!」
「聞こえない聞こえな~い」
「ホントやっかいだぜ」
「ヘヘへッさぁアダムおいで」
サオリンは両手を広げてアダムを呼ぶ。
「サオリーン」
アダムは沙織に飛びつく。
三人は泣きながら喜び合った。これからも沙織が歩む道は平坦ではないだろう。自分の力にまた振り回されて失敗してしまうこともあるだろう。しかし、沙織は、今度は死ぬなんて言わない。自分を助けてくれる多くの人、特にアダムとアポロが自分のそばにいてくれるのだから。
「さあ、早く帰ってホットケーキを食べよう!」