ツチグモハント ⑪
「久しぶりねツチグモ。私の家族をよくもやってくれたわね」
ツチグモは先程アポロと対峙した時以上に震えている。
「しっ知らなかったんだ。ゆっ許してくれよ。おっ俺は最期に残った一匹だぜ。お前は一年前、俺の同胞を五百匹も殺したじゃねえか、もう十分だろ」
「「五百!?」」アダムとアポロは絶句する。
「ええそうよ。でもそれはあなた達が悪い。人を攫い、陰陽師達がお前達を退治しようとすると、人間が追って来られない精霊界に逃げ帰り、ほとぼりが冷めればまた人を攫う。挙げ句の果てには、小学校の全校生徒を一気に攫おうとしたからでしょ。それに私の両親も・・・本当ならあなたを塵一つ残さず始末するところだけど、今の私にはそんな力すら残っていない。私に出来ることはあなたと一緒に天に還ることだけよ」
そう言うと沙織は動けないツチグモにそっと抱きつく。
「馬鹿、止めろ。俺はまだまだ殺したりねえんだ。止めやがれチクショーー」
「あきらめなさいツチグモ。あなたの始末は私が付けるって決めてるの。後世の天才に私と同じ思いをさせたくないから。ましてやあなたにアダムとアポロは殺させない。あなたは私と逝くのよ!」
沙織とツチグモの体がふわりと浮き上がり、空に開いた天に還る穴に向かっていく。
「駄目だサオリン!俺はまだ戦える。降りてこい!」
その証をたてようと、動かない脚を叩き、必死に立とうとするアダム。
「フフフッデコピンでも倒れそうだよアダム。・・・一杯殴ってごめんね。あなた達と過ごした時間が人生で一番楽しかった。アダム、私を花火に例えてくれたよね、嬉しかったよ。余命が短い事を黙っててごめんね。命も花火のように短いなら、私は二人を守って散りたい。アポロをこれからも宜しくね。アポロ、アダムの言うことを良く聞くんだよ!」
「馬鹿野郎!まだお前に隠してる殴られるような悪事が一杯あんだよ。まだ・・・まだ・・」
「サオリーーーーーーーーン!行かないで欲しいでしゅーーーーー!」
アポロは死力を振り絞って立ち、大声で泣きながら懇願する。
「本当にしょうがないわねアダムは。フフッ水に流してあげる。探偵一緒に出来なくてごめんね。アダムが私にトモダチを一杯作ってやるって言った事、本当に嬉しかったよ。アポロ、あなたは密林の王者でしょ?そんなに泣かないの!私がいなくなってもアダムと協力して頑張るのよ。私はいつも二人を見守ってるよ」
沙織は、涙を流しながら、二人に最後の笑顔を見せる。
「さぁツチグモいくわよ。」
「はっ離せ!やめろーーー!」
沙織とツチグモが天に昇る速度が加速する。
「沙織、止めなさい。」
突然、沙織の耳に聞こえるはずのない声が聞こえ、天を向くと、
沙織がこれから向かう先から沙織の父と母が降りてくる。
「どっどうして?お父さん!お母さん!」
「娘のピンチにパパが現れるのがそんなに不思議かい?パパはお前を守るためなら天からでも舞い戻ってくるぞハッハッハッ」
「もうお父さんたら。違うわよ沙織。道真様よ。道真様が私達に現世の人間に干渉する権利を与えてくれたの。現世に通じる二百四十八個の関所を一つずつ説得していってね。さすがの道真様も疲れ果てていらっしゃったわ」
アダムは拝殿でのミッチーの姿を思い出し納得する。
「へへッ全てがミッチーの掌の上かよ。俺等に無茶振りしやがってと思う事もあったが、ミッチーが一番大変だったとはな。しかもキッチリ間に合わせるなんて、さすが学問の神様だぜ」
「それよりなんだ沙織!パパの前で抱きつく姿を見せるなんて!パパはそんなはしたない子に沙織を育てた覚えはないぞ。さあパパと替わりなさい。」
沙織パパは沙織を無理矢理引きはがし、代わりにツチグモに抱きつく。
「よお久しぶりだなツチグモ!いや、お前とは初対面かもしれないが、俺はお前達のどれかに殺されたんだ。こんな可愛い娘を残して死ぬ無念、お前に分かるか?分からんのだろうな~だからお前はまだ殺したりないとかふざけた言葉を吐くんだ!しかも今度は俺の娘の命を取る?死にたいのかお前!いや死ぬんだけど―」
「はいはいお父さん、続きは天に還ってからね。それからツチグモ、あなたに伝えておくわ。お仲間が地獄で待ってるわよ。寂しくなんかないわよ」
「いっ嫌だ~たっ助けてくれ~~」
「うるせぇ、口縛鎖!ちょっと黙ってろ。アダム君、アポロ君、沙織の家族になってくれてありがとう。沙織は私達と一緒に退治屋の仕事で全国を連れ回っていたから、普通の生活に不慣れで二人に苦労をかける事があるだろう。本来ならばその苦労は私たち親が買ってでもしたいのだけれどね・・・こんな事を頼んで申し訳ないが沙織を、どうか沙織を宜しくお願いします。」
沙織の両親は深く深く頭を下げる。
「お父さん、お母さん・・・ごめんなさい。私が、私がいれば死なずに済んだかもしれないのに・・・ごめんなさい」
「沙織、謝るのはこっちよ。お父さんも私も死んでしまって本当に辛い思いをさせてしまったわ。それにあなたに徐々に命を削る死ぬよりも辛い呪いの傷を受ける原因をつくってしまったわ。沙織、お父さんを見て分かるように、私たちはあなたの事を憎んでなんかいないわ。生きてる時と変らず唯愛してる。あなたが幸せでありますようにといつも願ってる。この一年弱、アダム君とアポロちゃんと一緒に楽しく過ごしているのを空から見て二人で喜んでたわ。これからも三人で仲良く過ごすのよ。」
沙織は母の言葉に涙を流し、唯頷く。
「アダム君にアポロちゃん、初めまして。沙織の母です。この度は命を賭けて沙織を助けに来てくれて本当にありがとうございました。感謝のしようがありません。その上で厚かましくもお願いします。夫も先程申し上げていましたが、沙織をどうか宜しくお願いします。この子が寂しい思いをすることがないよう、どうかお願いします」
「パパリンにママリン。危ねえ所を助けてくれてありがとよ。サオリンを助けに来たことだが、そんなのは当たり前だろ、俺達は家族なんだから。それとこれからの事だが、助け合っていくのは当然だぜ、家族なんだからよ。それにどっちかと言うと俺達がイタズラばかりするからサオリンが俺達を見限るのが先かもなヘヘッ。心配すんなよママリン。エイプリルフールとハロウィンの違いも分からねえ世間知らずなサオリンを立派に育ててやるよ。なっアポロ」
「そうでしゅ。僕達がいれば問題ないでしゅ。夜はアポロが一緒に寝てあげてましゅから寂しい思いなんかさせないでしゅ」
沙織の両親とアダムは声を上げて笑った。
沙織は頬をぷくーっと膨らませる。
アポロは何がおかしいのか分からず首を傾げている。
「沙織、アダム君、アポロ君、もっと話をしていたいが時間だ。早くコイツを天に連れて行かなくては全てが台無しになってしまうからね。それではいつかまた会おう」
両親は三人に手を振りツチグモを昇天させていく。
沙織、アダム、アポロも手を振り見送る。
天に出来た穴が二人と一匹が通るのを待ち、閉じると同時に沙織は小さな玉になり、もの凄い速さで神降ろしの穴に消えていった。
ツチグモの爪の毒の影響で奇跡的に分離出来ていた魂が、ツチグモが死んだことによって、病院にある沙織の魂に突き立てられていた爪が消滅し、一つに戻ろうと強烈に引き合ったために沙織の精霊化が解けたのだ。
それと同時に二人の耳にオッちゃんの鈴の音が聞こえた。
「やべぇ時間だ。アポロ歩けるか?」
「大丈夫でしゅ。さあ行くでしゅ」
二人は人間界に戻るべく、神降ろしの穴に向かって二人で支え合いながら、早足で向かっていった。