アダムとアポロとサオリンと ③
それから二人は一緒にインドを回ることにした。
インドの有名なアクティビティーの一つの象乗りを体験した時は、
「インドで恐いのはトラ。丈の高い草原を歩いてると音もなくしのびよってきてヒュッと襲われるのよ。でも象に乗ってるとトラも襲ってこないから心配ないよ~。万が一襲われたらお客さん相当レアよ。襲われてもトラは保護動物だから、おじさん助けられないから成仏してね!」
いやっ後半いらないよねと思った象遣いのオジサンの安全性アピールだったが、沙織はそれを聞いて・・・まあ安心して象に乗った。それがフラグだと知らずに。
象が立ち上がった瞬間、「ヒャッ高いでしゅー。揺れるでしゅー」とチビトラは泣き出し、沙織の顔に飛びかかった。そのせいで沙織は前が見えず終始キャーキャー叫ぶことになるが、象遣いのオジサンは楽しんでくれていると勘違いし、いつも以上に象を揺らした。
それによりチビトラがより強くギュッと顔にしがみついてくるので、目隠しされたままロデオをやっている状態になり、楽しいはずの象乗りが、トラ、しかもトラの精霊に襲われて命をとられそうになるというSSRな体験になった。
また街の飲食店でカレーを注文すると、チビトラが「僕も食べたいでしゅ」と言うので、精霊ってご飯食べるの?と疑問に思いながらもナンにカレーを付けて食べさせてあげた。
チビトラが食べたナンは、一瞬で沙織の手から消え、端から見ればまるで手品のようだった。面白いと思って沙織はチビトラを見ていると、辛かったのだろう、チビトラは何度も咳き込み、コップの水にベロを浸して「痛いでしゅ」と泣いた。
沙織は背中を撫でて慰めつつ、ベロの痛みを和らげるために乳飲料のラッシーを注文してあげた。チビトラは甘酸っぱい味が気に入ったようで「美味しいでしゅ!」と良いながら、ストローを使って二杯もゴクゴク飲んだ。
おかげでベロの痛みも取れたのかさっきまで泣いていたのが嘘のようにご機嫌になり、ゴロゴロと喉をならす。沙織はその姿を見て安心すると、トイレに行きたくなった。
「チビトラ君ちょっと待っててね。お姉さんトイレに行ってくるからね」
「えっ?うん」
沙織は席を外しトイレに向かう。うんと答えたが、チビトラにはトイレを使う習慣など無かったため、沙織が何故自分を置いて行ったのか分かっていなかった。
ただチビトラは、これまで何度もこういう事があったが、沙織がすぐに戻って来てくれたので、きっと今度もすぐに帰って来てくれるはずだと信じて沙織を待った。
チビトラは10分以上待った。
犬や猫の子供に比べても長い時間待った。
チビトラは長く待った事で、一人でいた事を思い出してしまい、また一人寂しく森を彷徨うことになるのではと不安になる。チビトラはその心情を表すように耳をパタッと倒し、尻尾は元気なくダラリと垂れ下がった状態で、周りをキョロキョロと見回して沙織を探す。
しかし、何度も何度も見回しても沙織は見つからない。そしてチビトラの不安はダムが決壊するかのように一気に流れ出し、ここで沙織を待つという思考をも飲み込んでいった。
「ビィェェェーーーン、どこーー?どこ行ったんでしゅかお姉しゃ~~ん」
チビトラは我慢できず沙織を探しに走り出す。しかし、まだまだ子供、沙織がトイレに向かった方向と全く違う方向に走り出す。ここは世界で二番目に人口が多いインド、すぐに人混みに紛れ、チビトラは沙織と一緒に食事をしていたテーブルからは見えなくなってしまった。
「ごめーん。長い間またせちゃったね!あれ?チビトラ君?」
テーブルに戻った沙織は、チビトラの姿がないことに血の気が引く。
「チビトラ君もトイレ?いや迷子?それともまさか誘拐!」
沙織は混乱する。トイレなら待ってなきゃ行けないし、迷子なら探さなきゃ、でも誘拐ならどうすればいいの?精霊だし警察に説明できないよ。いやそもそもトラだからお前密猟者かという反応されるのがオチだ。
そんな風に混乱している沙織に話しかける者がいた。
「助けが必要かい?お嬢ちゃん?」