ツチグモハント ⑦
ツチグモは勝利を確信した。
コイツは今も飼い主に囚われている。
これを利用すればいつものように勝てると。
そうこれがツチグモの必勝パターンである。
誰の心の中にも愛する者が住んでいる。
それを刺激すれば簡単に無力化又は大幅な戦力ダウンができる。
ツチグモはこの方法で自分よりも力が強い者にも勝利してきたし、
これこそが人にとってツチグモが忌むべき存在として広く知られる理由だ。
今回のアダムが発した消え入りそうな声での嘆願、
ツチグモが何度も何度も耳にしてきた言葉だ。
ツチグモにはそれが降伏宣言のように聞こえた。
「まあまあご主人様に久しぶりにあったんだ。ちょっとぐらい会話しろよ」
ツチグモは、ジェームズを引き締めていた糸を喋れるぐらいに緩める。
「ガハッハアッハアッ・・・アダム、すまないこんな形で再会することになるとは。アダム、俺を助けてくれないか?ツチグモは約束してくれた。お前が天に還るなら俺を解放してくれると。今、おまえは女の子を助けるために行動してるみたいだが頼む、俺を優先してくれないか?天国で一緒に前のよう―」
ゴウッ
炎がジェームスもろともツチグモに襲いかかった。
火力は今までの比ではなく小さな一軒家など丸呑みするような大炎である。
ツチグモは自分の体にまとわりつく炎を消すために地面を転がり回った。
鎮火した後、アダムに言い放つ。
「テッテメェの飼い主だろが!炎で焼くってどういう神経してんだこのクソ犬がー!」
「黙れクモ野郎。腐ったものを燃やすのは当たり前だろうが。関係ないんだよ。俺は今、女を助けるために行動してんだ。その任務の前に立ちはだかる者は御主人であろうと容赦しない。それがスパイってもんさ。それに女より自分を優先してくれ?俺の御主人ともあろうお方がどうしちまったんだ。頭を冷やせってもんだぜ・・・焼いちまったけどな。どっちにしろ正気に戻んだろ」
「テメェは馬鹿か!だから嫌なんだよ畜生とやんのはよ。話が通じねえ」
「ハハハッすまねえな・・・ツチグモさんよ、お前の攻撃はもう終わりかい?」
「グヌヌッ」
ツチグモは歯噛みする。
そして数歩後ずさりする。
アダムはそれを追うように数歩前進する。
その時、突然アダムの周りから地面を砕きながら糸が飛び出し、アダムの体を拘束する。
罠に掛かったアダムを見てこの機を逃すまいと、
追い打ちをかけるように口から大量の糸を吐き、さらに拘束を強めていく。
ツチグモが糸を吐くのを止めた時には、アダムは蚕の繭状態になっていた。
「ギャハハハッやっぱりテメェは馬鹿だぜ!この俺に調子に乗って『お前の攻撃はもう終わりかい?』なんてふざけた事を言って俺を怒らすからこんな事になるんだぜ。お前はこれから毎日毎日消滅するまで苦痛を与えてやるからなギャハハッ。女を助けられず残念だったな、スパイさんギャハハハッ」
ツチグモの笑い声に混じってギュイーンという機械音が辺りに響く。
「うん?なんだこの音は?」
バリバリバリバリバリ。繭の中から轟音をたてながら回転する刃が出てくる。
それは繭と化したツチグモの硬い糸をたやすく切断していく。
「フーッ。ホームセンターで見たこれ、チェーンソーって言うんだけど良いな。めちゃめちゃ切れる。ああ、おまえに耳障りな事を言って申し訳ないが言わせてくれ。お前の攻撃はもう終わりかい?」
ツチグモは言葉を発する事が出来ず固まる。
「それじゃあ絶望しろツチグモ。恐怖に顔を歪めるのはお前の番なんだよ。お前を狩る者の名、アダムを胸に刻んで消滅しろ」
その時、ポッポッポウ・・・と音を立てながらアダムの背後にある黒焦げになった死体から魂が解放され天に還っていく。
指輪をした女性はアダムに何度も感謝して天に還っていく。
それをアダムは振り返らず手を上げることで応える。
アダムの御主人の魂も天に還っていくが、どうやらそれは別人だったようだ。
ツチグモの能力で一時的に魂の外観を変態させた上で、
腹話術のようなスキルを使っていたのだ。
ツチグモは、自らが完全に支配していた人間達が解放され天に還っていく光景を見て、
驚きのあまり目を丸くする。
「なっ何で・・・」
「ちょっと時間が掛かっちまったが、魂を縛っているお前の糸が今、焼き切れただけだぜ。まあ肉体は強火で焼いて、魂は出来るだけ傷付けず、お前の糸をじんわりと焼いていくっていう俺にしか出来ない絶妙なコントロールが必要だけどな。だから、お前を焼いた炎はそんなに熱くなかったはずだ。ニセ御主人の魂を拘束する糸を焼くのが目的だったからな。それなのにお前ときたら自分が持つ炎に対するイメージに踊らされてよ。傑作だったぜ、お前が転げ回ってダンスする姿はよ。まあ熱いのは熱いからニセ御主人にはツライ思いさせたがよ」
ツチグモの眉間に出来た皺が深くなる。
ガチャッ。
アダムの新しい武器、グレネードランチャーに弾を装填する音が、戦闘の開始を告げる。
「おしゃべりは終わりだ。行くぞ」
ツチグモは防戦一方である。
なぜならツチグモの主武器である糸は燃やされるわ、切られるわでアダムに全く通用しない。
ならばと自切した前脚を弾丸と見間違う程のスピードで飛ばしても、
距離があるため楽々とアダムに見切られて避けられてしまう。
かといって近寄って肉弾戦に持ち込もうとすると大きな体が災いし、
ロケットランチャー、グレネードランチャーと大火力により体力を削られてしまう。
そして最悪なのがこのあたり一帯が地雷原になっており逃げられないことだ。
詰んでいる。
脳裏にその言葉がちらつくが、悪党の最期ほど見苦しいものはない。
口に出すのも憚れる暴言を吐きながらアダムの攻撃に足掻く。
「ゼーッゼーッ絶対俺は生き延びてやる!そして絶対あいつを縊り殺してやる。まずは体力回復だ。今までみたいにチマチマ攫うんじゃなく、今度こそ小学校の子供全員攫って喰ってやる・・・ギャハッギャハハハッ・・・」
だが現実は甘くない。
アダムは慢心せず、油断せず、一定の距離をとりながら粛々とツチグモの体力を削り取っていく。
しかし事件が起こる。
アダムは何も悪くない。
完璧な戦闘を繰り広げていた。
しかしあえて言うならアダムが強すぎたのだ。
ツチグモを圧倒しすぎたのだ。
「アダム~!頑張るでしゅ~。もうちょっとでしゅよ~♪」
アポロが隠れていた岩から出てきて大声で応援し始めたのだ。
ツチグモとアダムはお互い一瞬時間が止まったような感覚を共有した。
次の瞬間ツチグモは地雷原があることなど忘れたようにアポロに向かって疾走した。
地雷原に踏み込んだツチグモは何度も大きな爆発に巻き込まれ、
口を失い、脚を三本失い、胴体にも大きな傷を負ったがそれでも走るのを止めようとしない。
当然アダムはそれを阻止しようと武器を創造しようとするが、
外したらアポロの命の保証はない。
だからアダムは別の方法をとった。
『ヴィーンヴィンヴィン』エンジンが大きな音を鳴り響かせ、
アポロ目がけて爆走を開始する。
アダムが創造したのはオフロードバイクだ。
ツチグモが地雷を踏むことで発生した土煙の残るアポロへの最短距離を、
アクセル全開で突っ込んでいく。
アダムは土煙の中でツチグモが待ち構えていたらアウトだなと、
恐怖を感じながらもアクセルを緩めたりはしなかった。
『俺達はまた三人で暮らすんだ』
その思いがスロットルを緩めることを許さなかった。
ツチグモは、背後の異様な音に恐怖を感じたが、振り向かなかった。
アダムの武器は強力だ。
この音も俺が知らないだけで次の瞬間には、俺を灰にするような武器かも
しれないのだから振り向いて確認するのが正解かもしれない。
しかし、そうだとしても、今はこの体を傷付けた地雷の爆発による土煙で上手く
狙いが定まらないはず。
今は切り札になり得る猫目がけてジグザグにアダムから遠ざかることが最善の策の
はずだと確信し、狙いを少しでも外すため、残った脚で地面を抉って土煙を巻き
上げながら、命の糸を目指し懸命に走る。