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ツチグモハント ③

道真、アダム、アポロが同時に床板を叩き割る。


「フーッフーッフーッ・・・気持ちは一緒のようじゃな。ワシが教えた精霊化のせいで沙織はツチグモを精霊界まで無理に追いかけ、結果死ぬより辛い目にあわすことになってしもうた。お前達、ツチグモの本体を消滅させれば沙織の魂に食い込んでいる爪も消滅する。沙織を何とか助けてやってくれ」


道真は二人に頭を下げた。


「頭を上げてくれミッチー。言われなくてもそのクソ野郎、いやクモ野郎をぶっ殺してきてやるよ。塩っぱいホットケーキ食べさせやがって。早く皆でアポロの甘いホットケーキで口直しだ」


アダムは涙を拭いながら道真に約束する。


「サオリンを悲しませる奴はアポロがぶっ飛ばしてやるでしゅ」


アポロも泣きながら怒っている。


「ミッチー、俺達はもういつでも行けるぜ。クモ野郎の所まで案内してくれ」


「案内人はワシではない。ワシにはやるべき事がある。奴の準備もそろそろ整うかの」




大きなサイレンを響かせアパートから沙織を乗せた救急車が遠ざかる。


大家は道真から事前に聞かされていた事態が到来したことが分かった。


「西九条さん、頑張ってください。」


救急車を見送った後、アパートに併設されている倉庫で準備をしてから沙織の部屋に戻る。


大家は例の壁を見据える。


「大変な事になったものヨ。道真様もワシなんかに難儀な頼みをするものネ」


大家は壁に描かれた前妻の絵に触れる。


「ミーが描いた最高傑作。絵の技術も衰えた今ではもう二度と描けないネ。以前はこの絵が原因で離婚になるかと思い、勢いで壊そうとしたけど冷静になると・・・惜しい。ええーい、もう結論を出したはずヨ」


大家は倉庫から持ってきたハンマーを振りかぶる。


しかしそこで動きは止まる。自分の人生の一つの集大成。


決断はしていても容易に踏み切れるものではない。ハンマーは宙に止まったまま時間だけが過ぎていく。


「ダーリン、何してるヨ?」


突然の妻の声に持っているハンマーを慌てて降ろし、後ろに立つ妻に向き直る。


「いっいや別に何も!沙織さんが体調崩したのは、こっこの絵も関係してるのかな~って思ったヨ。ハハッ」


「そうだったの。言ってくれれば良かったヨ。小憎たらしい前妻の絵を壊すのは現妻の役目ネ」


そう言うとルーシーはニッコリ笑いながら絵の前まで最短距離で移動し、


そして躊躇すること無くその強力無比な拳を絵にぶつける。


ズガンッと大きな破裂音を立てながら前妻の顔面部分に、


現妻であるルーシーの腕が二の腕までめり込む。


前妻の顔どころかアパートに穴が開く。


「ギイェェェェェェェェェェェェーーーーーちょっハニー、あっ穴!家賃収入がーーーーー」


「あら?やり過ぎちゃったヨ!前妻の絵だけに穴を開けるつもりだったのに失敗したヨ」


「絵?ギャアアァァァァァァーーー。我が人生の大傑作がーーー」


ズドンッとまた大きな破裂音が部屋に響く。


「黙るネ!ダーリンにとってこの絵は家賃収入より価値がないのが分かったデショ。そして家賃収入と沙織、どっちが大切か言うまでもないヨ」


ルーシーは大家の目を見て諭すように語りかける。


「ダーリンが何の理由も無くいきなり借家人の部屋を壊す人じゃないことは知ってるヨ。沙織に何かあったのネ。夫の背中を押すのも良妻の務めネ。ダーリン、沙織を助けてあげてネ。それじゃ私は日本語教室に行ってくるネ」


ニッコリ微笑みながらルーシーは沙織の部屋を後にする。


「・・・ハハハッ全くミーは馬鹿ネ。そもそもこの絵は浮気相手を忘れる為に書いた絵。それが、ちょっと絵の出来が良かったからと言ってダラダラと残し続けたネ。それも偶然にも魂がこもっていたから良い絵だっただけヨ。今、ミーには悩んだり、決断に迷ったりした時には背中を押してくれるミーには勿体ないくらい良い妻がいる。ならば愛する妻をミーの魂100%で愛さないと浮気じゃないか。ルーシー、ソーリーネ。それとI LOVE YOU」


大家はハンマーを絵に振り下ろした。




道真から「案内人の所まで連れて行くように手配しておる。外に出てみよ」と言われ、


拝殿の扉を開くと、自転車レースに出場する選手の様な自転車と格好をした何者かが、


自転車に乗ったまま鳥居をくぐり、境内を疾走し、拝殿内に泥の混じった雪が飛び込むのも構わず、


ギリギリまで近づき横付けで急停車する。二人が驚いていると、何者かはサングラスを外す。


「アダム、アポロ、早くリュックに入って!沙織さんを助けに行くッスヨ」


サヤカだった。サヤカも沙織のピンチに駆けつけてくれたのだ。


「「サヤカーン!」」


二人は嬉しさのあまり喋り続けそうになるが、グッと我慢してリュックに飛び乗る。


後ろから道真の怒鳴り声が聞こえるが、サヤカは気にせず出発する。


「さすがアダムとアポロッス!沙織さんを助けるためにヤバイ奴と戦うなんてマジハリウッドッス」


「へへっまだこれからさ。負けやしねえけどな。それよりサヤカーンありがとな。授業中だったろ?」


サヤカはニヤッとして言う。


「全然大丈夫ッス!でも授業中にいきなり立ち上がって、『先生!消えゆく友の命、そして日本の将来のため、戦うべき時は今。そう!サヤカは今戦わなくちゃならないんです!安心して、あなた達には決して手出しなんかさせない。フフフッいつかあなた達にも分かるときが来るわ』って言ったらマジ全員ポカーンとしてたッス。教室出るまで誰も反応なかったッス。明日両親共々呼び出しコースッスねハハハハハッ」


そうかこいつ厨二病だったかとアダムは思う。年齢的にもドストライクだな。


同窓会に出るたびにいじられるであろう黒歴史を作ってまで協力してくれたサヤカーンには、


帰ってきたらホットケーキを一枚あげようと心に決めた。


サヤカーンの明るさの半分でもサオリンにあったならばとアダムは思うが、


無駄な事だと思い止める。


「でも今日は“あなたの夢は何?”というテーマで作文を書くつまらない授業だったッスから抜け出せて丁度良かったッス。何でまだ中学生なのにうるさく将来の夢とか聞くんスかね?」


「ああ、それはなサヤカーン。夢を叶えるのに基本的には十年かかるからなんだよ」


「十年?そんなにかかるんスか?」


「ああ、一部の天才とか真面目に授業を受けて良い成績を修めている奴を除けば十年はかかる。例えば教師になりたいと思った奴がいるとする。そいつが本格的に教師になろうと決心するのは、中学二年生辺りで聞かれる進路調査だよ。そいつがそこから一生懸命勉強して教員資格を得るのが二十二歳。大学行くのに浪人していれば二十三、四歳になる。そこから一発で合格すればいいが、教師になりたいやつは一杯いるからな。その枠をゲットするのに二年でも早いほうだ。非常勤講師をして毎年頑張ってるやつが沢山いるらしいからな。中学二年生が十四歳だから、そこから十年足すとほら、二十四歳になるだろう」


「うわっ!本当ッス」


「他にも一杯あるぜ、例えば今度はスポーツだ。日本じゃ小学二年生頃から野球やサッカーのチームに入るらしいな。そいつ等の夢がプロとして、その為にはインターハイで良い成績を収めるのが近道だ。じゃあ計算してみろ。小学二年から十年後は何歳だ?」


「じゅっ十八歳ッス」


「だろ?教師がサヤカーンにうるさく言うのはそれが分かってるからなんだよ。つまらない授業なんて言うもんじゃねえよ。それがお前にとって今一番必要な授業だ。それに日本の諺も勉強して面白いものを見つけたぜ。七転び八起き、七転八倒ってな。人が自分の能力を超えるようなことを実現する。それが夢だな。それを実現しようとしたら昔から七、八回は失敗するって言われてんだ。だからサヤカーン、お前が将来、資格試験受けたとして、三回、四回落ちたからと言って諦めんな。まだまだ落ち足りねえよ。本気でなりたいもんがあるのならそこからだ。お前の根性が試されるのはよ」


「うわーアダム、うちの先生より良いこと言ってるッスよ。教師になればいいッス」


「へへっありがとな。でもそれは出来ねえ話だ。おれは探偵になるって決めてるからよ。アーサー探偵事務所をサオリンとアポロと俺で作るんだ。その為には今日、転ぶわけにはいかねえ。絶対に勝つ!」


「アダム程の精霊でも夢のためには命がけなんスね。いや夢って言っちゃ駄目ッスね。ツチグモなんてアダムにしたら雑魚ッスよね」


「そうだぜ。軽く捻ってやるぜ」


「飛ばすッスよ!」


「ねえサヤカーン。ところでどこに向かってるでしゅか?」


「二人もよく知ってる人の所ッスよ!」


話してる途中にもサヤカはハンドルを右へ左へと動かし、雪の降る京都の街を器用に走り抜けていく。


「ていうか今その場所は修羅場になってると思うわ。あ~~楽しみ~二人も楽しみにしててね!サヤカーン的には伝説の人物に会えるんで超嬉しいんですけど~。リュックの中に色紙入ってるでしょ?絶対サイン書いて貰うんだ~」


サヤカは軽口を叩きながらも全力で自転車を漕ぐ。


しかし漕ぎ始めてから十分を過ぎた頃には、そんな余裕は無くなり、


サヤカの顔色は次第に悪くなり、息も荒くなる。


しかしそれでもサヤカはペダルを踏み込む力を弱めようとはしない。


二人は黙ってリュックの中で到着を待った。


二十分程全力で自転車を漕ぐと、神社の時と同じように急停車した。


「ゼーッゼーッ着いたゲホッここ。私の事はゼーッゼーッいいからゴフォッ早く!」


サヤカは二人がリュックから飛び降りたことを確認すると、自転車ごと地面に倒れ込む。


「サヤカーン、君の事は忘れないでしゅ。君の尊い犠牲、このアポロの心に永遠に刻みこみましゅた」


サヤカーンは親指を立てながらニコリと笑った直後、糸が切れたようにガクリと事切れる。


「サヤカーーーン!」


「おい早く行くぞアポロ」


「そんな!アダムは冷たいでしゅ」


「お前等の厨二劇に付き合ってる時間はねえんだよ。見てみろ。早速起き上がって色紙の準備してんじゃねえか」


アポロは振り返って見ると、すでに色紙の準備を終えたサヤカーンが唇にリップを塗っていた。


「おっ恐るべしでしゅサヤカーン!」


「なっ!あいつを心配するだけ無駄なんだよ。さあ行くぞ」


アダム達は門をくぐる。門に掲げられている看板など無視して。


ここは本来なら二人が絶対近づかない場所である。看板にはこう書かれていた。


「東九条陰陽道総本家」陰陽道屈指の名門である。



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