ツチグモハント ②
「食べながら聞いてくれれば良い。ちと昔話をしよう。沙織の両親は二人共陰陽師じゃ。二人とも優秀で優しい者達でな、悪霊、精霊、悪魔、妖怪、式神が暴れて困っていると聞けば二人はすぐに駆けつけ退治しておった。二人に痛い目に遭わされ続けている奴等は、やがて二人の子供の沙織に目をつけるようになっての、二人はやむなく沙織を連れて退治をするようになった。しかしそれから両親はおかしな事態にたびたび遭遇するようになったのじゃ。二人が悪霊を退治に行けば、悪霊など存在出来るはずがないほど清浄な土地になっていたり、昔に封印した妖怪の封印を強化しようと訪れてみれば妖怪が消滅していたり、暴れていた式神が、二人が到着した途端に大人しくなったりの。その内に両親は気付いたのじゃ、原因は沙織じゃと。それから両親は、沙織がその強大な力を制御できるように鍛えようとしたんじゃが、すぐに簡単ではないと分かった。沙織が使う力は両親とは全くの別物、神々が行使する力と分かったからじゃ。そもそも優秀な陰陽師の二人がしばらくの間、感知することもできなかった力じゃ。二人はまず自分達が、沙織のオーラを感じ取る事から始めた。血の滲むような訓練の果てにそれには成功したが、問題はそこからじゃった。アダムお主なら分かるじゃろう。生前、御主人とは言葉が通じぬから何度も何度も文字通り手取り足取り繰り返し教えて貰ったはずじゃ。アダムの場合は言葉じゃったが、沙織と両親の場合はオーラの質じゃ。オーラの質が違うから教えても上手く噛み合わん。そのせいで術が暴走し、強力な防御の術をもってない父親を何度も半殺しにしてしまったと沙織は嘆いておったわい。でもその甲斐もあって少しだけじゃが沙織の力の秘密を解読し、なんとか力を制御させる事に成功したのじゃ。沙織の両親は陰陽師界の杉田玄白じゃ。よう頑張った。それから沙織は両親の仕事を手伝うようになったのじゃが、沙織の力は凄まじかった。沙織の半径十メートルに入った霊的生物は鉛のように体が重くなってまともに動けんわ、生半可な攻撃など無効化するわ、動けなくなったところを軽く殴りつければ消滅するわで無双状態じゃった。しかしそんな凄腕陰陽師の沙織も学校では独りぼっちじゃった。原因は前に祭で言うたように、その頃の沙織は押さえつけても尚あふれ出るオーラが、クラスメートにも悪影響を及ぼしておったからじゃ。沙織のオーラに少し触れただけで、軽い体調不良を申し出るものが後をたたんかったそうじゃ。そんな沙織に恋人どころか友達すら出来るはずもない。辛かったじゃろうな。沙織は学校が終わるとすぐワシの神社にきてオーラを押さえる練習をしておったよ。その頃にワシと知りおうたんじゃ。驚いたぞ!女子高生がなんとワシと同じ神の力を持っておるんじゃからの。ワシも始めどう教えたら良いか悩んだもんじゃ。まあでもワシは天才じゃから、沙織から溢れ出るオーラをさらに減少させることに成功したんじゃ。微々たるもんじゃったがの・・・が、それとは別の問題が沙織にはあったんじゃ。 『陰陽師の仕事でこの力を解放して使っているんですけど、年々力が強くなってきて制御が難しくなってきているんです』と言うんじゃ。しかしそもそもの話、どう考えても人間が直接神の力を使って攻撃するとか無理がある。そこで出来るはずがないのじゃが、一応提案してみたのが精霊化じゃ。・・・・・・沙織出来ちゃうんだもんなー。提案しといて何じゃが、ワシが生きてる時に遣唐使に任命された時くらい玉ヒュンしたよ。まあそれが沙織にとって悲劇になってしもうた」
道真は眉間に皺を寄せ、瞼を強く閉じ、歯を食いしばって罪悪感に耐える。
数秒後、再び目を開け、語り始めた。
「沙織が高校二年生の冬、修学旅行中に悲劇は起こった。ツチグモ討伐に出ていた両親がツチグモに殺されたのじゃ。その時の沙織の悲しみようは見ておれんかったわい。『私が、私なんかが修学旅行に行ったから。万が一でも友達を作るきっかけになるかもなんて浮かれて行ったから・・・リア充なんかに憧れたから父さんと母さんは死んだ』と。ワシは沙織に言うたんじゃ。『そんな事はない。ツチグモは強い。何人もの優秀な退魔師が彼奴にやられておる。沙織、お主のせいでは断じてない。それより両親が命と引き替えに守った人々の笑顔を誇りに思え』とな。それでも沙織は『私がいれば死なずにすんだ』と聞かんかったわい。それだけ言うとワシの元から去って行ったよ。ワシは確信しておるよ。もし沙織がツチグモ退治に行くと言っても両親は沙織を置いていったとな。それだけ強いし、なにより狡猾なんじゃ。案の定、沙織も罠に嵌められおった」
バキッ
大きな音を立てて拝殿の床板が割れる。
道真が拳を叩き付けたのだ。
その道真の拳からはバリバリバリバリッと雷が迸り、床から焦げくさい臭いが立ち上る。
そこにはいつもの優しい道真では無く、荒ぶる神の顔を見せた道真がいた。
「戻ってきた時、沙織はワシに謝ったよ。酷いことを道真様に言ってしまったと。自分の命も一年持つか分からないというのにな・・・笑顔での・・・」
バキッ
「ワシは沙織にツチグモは後世の退魔師にまかせ、少しでも楽しい人生を長くすごせるように延命治療を申し出たが・・・拒否された。『今の私には昔のように人々に必要とされるような力もないし、友達もいない。あっ恋人もいないですよ!だからこのまま両親の元に逝きたいんですハハハッ』・・・乾いた笑い声を響かせおって」
バキッ
「ワシは何か沙織の拠り所となるものが無いかと思案し、咄嗟に旅行をしたらどうじゃ?と提案した。その後、沙織がインドに行ってみたいと言うてきた時は嬉しかったぞ。帰ってきた時に、お主達二人をここに連れて来たときは驚いたわい。沙織が心から笑っておった。沙織の初めての友達がお主達じゃ。そしてお主達と過ごす時が一週間ほど続いたある日、沙織はワシに延命治療を申し出てくれた。嬉しかったわい。それからワシは沙織の為に、一縷の望みに賭け、延命ではなく治療出来ないかと考えうる全ての事をやった。ほれ、アポロが以前、飲んでしまった酒があったじゃろ。あれはワシがツチグモの毒を押さえる為に調整した神酒じゃ。しかしやはり毒は深刻での、出来れば救いたかったのじゃが、やはり無理じゃった。終わりの時が近づくにつれ、沙織はこの神社で泣いて過ごしておったよ。泣いて涙が乾いたら帰るという日々じゃった。『道真様、やっぱり私、死ぬんだねハハハッ。道真様、アダムはしっかり者だけど、時々私がベッドで寝てると、一緒に寝よう!って言ってるみたいに布団に潜り込んでくるの。アポロがいるからかな?あんまりべったりはしてこないんだけど隠れ甘えんぼさんなんです。アポロはまだまだ赤ちゃんでね、すぐにハグしてくるの!ハグしないと僕死んじゃう~って感じで!あっ死ぬのは私かハハハッ・・・みっ道真ざま~グスッどうか二人を宜しくお願いします。宜しくお願いします。・・・死にたくないよーーアーーーーーッ』」
「「「バキッ」」」