家出ホットケーキ ⑥
「アポロ大丈夫か?準備ができたぜ。さあバターをフライパンに入れて焼いていこうぜ」
「了解でしゅ。サポートお願いしましゅ」
ここからは今までと違い、完全に作業を分担して行う。道真が、アダムならまだしも、アポロ一人に火を使わせる事に首を縦に振らなかったからだ。アポロは椅子の上に立ち、ホットケーキの種をもう一度かき混ぜてから撹拌棒を取り出し、代わりにお玉でタネを掬う。
「バターでしゅ」
「了解!」
アダムはアポロの指示に従って、フライパンにバターを投入し、バターがフライパン全体に広がるようにする。バターが少し焦げ、良い匂いがする。
「フライパン固定するでしゅ」
「了解!」
ホットケーキの種を入れた時に、フライパンがコンロから落ちないように、アダムがしっかりフライパンを押さえる。
「種、注ぐでしゅ」
「了解!」
種はちょうどフライパンの真ん中辺りに綺麗な円を描く。種がバターと接触する事により、一層バターの香ばしい良い匂いが部屋に広がる。
「弱火にするでしゅ」
「了解」
アダムは少ししゃがんで、火の勢い見ながらツマミを回し調節する。ここまでくれば焼けるまで少しゆっくりしようと普通は思うが、アポロは真剣に焼かれていく種を見続ける。それはまるで種が焼かれていく途中にポツポツと穴が出来ていくのは、アポロの眼力のなせる業なのではないかと錯覚してしまうほどだ。しかし当然暑いコンロの近くに居続けると、アポロの額にジワリと汗が滲む。
「汗でしゅ」
「了解」
アポロの額の汗をササッと拭うアダム。これは別に必要無いことだが、医療系の昼ドラを見た二人は、
いつか真似したいと思っていたので取り入れたのだ。
リビングから「キャッ」という声がするので振り向くと、沙織が「それドラマでよく見るやつ~」と自分もやって欲しそうに目をキラキラさせている。その汗を拭く行為を何度か繰り返した後、アポロはフライ返しを両手で持ち、ホットケーキの下に潜り込ませる。
「アダム、いくでしゅよ3、2、1、0でひっくり返すでしゅ」
「了解、フライパンは固定済みだ。いつでもいいぜ」
「3、2、1、0」
ホットケーキが宙を舞い、半回転してフライパンに落下してくる。成功だ。
茶色の綺麗な焼き色が付いている。多くの人が少し焦げたりして、綺麗に焼けず失敗するこの作業が上手く出来たのは、当然道真のおかげだ。サヤカの家で何回も作っている間に道真がデータを集めて、アダムに火の大きさを、アポロに時間を指導したからだ。
後は裏側も道真に教えられた時間焼くだけだ。そして遂にその時が来た。
「アダム、お皿を用意するでしゅ」
「了解!最後だ。しっかり頼むぜ」
アポロはフライパンを傾ける。
そこから滑り落ちてくるホットケーキを落とすまいと構えるアダム。完成は目前だ。しかしここでアポロの体力は限界を迎える。無理もない。今日はサヤカの家でも何度も撹拌し、焼いたのだ。とっくに限界など迎えている。それでも沙織のため、体に鞭打って頑張ったのだ。
フライパンは予期しない方向に傾き、ホットケーキはアダムが待ち構える場所とは違う方向に落ちていく。アダムは落としてなるものかと必至に飛びつくが、悲しいかなコーギーの手は短い、無情にもホットケーキはアダムの目の前をすり抜け、床に落下していく。
そこに伸びていく一つの影。
沙織がダイビングレシーブの姿勢で飛びつく。途中、椅子から落ちるアダムを、沙織は仰向けになりながらキャッチし、右手に握ったフォークをホットケーキに突き刺そうとする。
沙織は床に背中をぶつけ、ダンッと大きな音を部屋中に響かせた。
「おい、大丈夫かサオリン。俺の事なんてどうでも良いのに。なんでそんな無茶するんだよ」
「あわわわわッごめっごめんなさいでしゅサオリン、大丈夫でしゅか?怪我はないでしゅか?」
二人が心配する中、サオリンゆっくりと立ち上がる。
「へへーん。二人とも大丈夫だよ。それにほら、ホットケーキも大丈夫だよ」
沙織の右手に握ったフォークの先にはホットケーキが刺さっていた。
「まったく。俺達だけでホットケーキ用意しようとしてたのに結局手伝って貰っちまったな」
アダムはホットケーキが無事でホッとしたがアポロは違う。
「もうサオリン!なんでそんな危ない事するでしゅか!アポロは怒ってましゅよ!」
アポロは沙織に非難する目を向けた。
「ごっごめんアポロ。だってこのホットケーキどうしても食べたかったんだもん」
そう言いながらお腹の上で抱きかかえていたアダムを降ろし、ホットケーキを皿の上に置いてから、椅子の上でへたり込んでいるアポロに向かい合う。
沙織はアポロの手足を見る。
「ありがとうアポロ、今日は本当に大変だったね。手も、足もプルプル震えてるじゃない。もう立ち上がるのもしんどいんでしょ。いつもなら椅子から飛び降りて文句を言いにくるのに、それも出来ない位に疲れてるんでしょ。ホットケーキをお皿に移す時に気が付いてね、体が勝手に動いたの、ごめんね」
アポロは沙織の優しさに涙ぐむ。
「でっでも駄目でしゅよサオリン。僕が今日出て行ったのも、大好きなサオリンにこれ以上怒られたくないと思って体が勝手に動いたでしゅ。僕は今そのこと反省してましゅ。だからサオリンも反省してくだしゃい。サオリンが怪我したらホットケーキ美味しくないでしゅ」
アポロは目に貯まった涙をこぼしながら、震える足に鞭を入れ立ち上がり、両手をサオリンに伸ばして抱きしめようとする。そんなアポロに応えるように沙織はガバッと力強く抱きしめる。
「ごめんねアポロ。私たち似たもの同士だね。いつもアダムに助けられてばかり」
二人はアダムを見て「「ありがとう(でしゅ)」」と言う。
「やれやれ本当に手のかかる二人だぜ。まあそんなに俺に感謝してくれるなら、ほらこのホットケーキ早く食べようぜ!温かいうちにな。俺は腹が減っちまったよ」
アダムはホットケーキを見せながら二人に言う。
「「うん」」
アダムはリビングにホットケーキと人数分の皿を運び、アポロは飲み物を持って行く。昼ドラを見ていた時に飲みたくなったジュースだ。そして沙織はバター、蜂蜜、それにジャムをリビングに持って行く。
「今日は一枚しか出来なかったでしゅけど明日は一杯作るから我慢して欲しいでしゅ。さあサオリン切って欲しいでしゅ」
「了解。じゃあ切り分けるよ」
沙織は自分の物を四分の一の大きさに切り、残りを半分にして各々の皿に乗せる。
「サオリンのが小さいでしゅ。僕の作ったホットケーキ・・・駄目でしゅか?」
アポロは俯きながら言う。
「そうじゃないよアポロ。このホットケーキはアポロが私のためを思って初めて作ってくれた料理。私はアポロにこの味をずっと覚えてて欲しいから。誰かの為を思って作った料理の味をね。それに明日また沢山作ってくれるんでしょ?明日も手足がプルプルするほど作って貰うからね!」
「うん任せて欲しいでしゅ。アダム、明日もヨロシク頼むでしゅ」
「ああ良いぜ。サオリン蜂蜜取ってくれ!」
二人はアダムに負けないようバター、蜂蜜、ジャムを塗っていく。
「じゃあアポロ、アダムありがとうね。いただきます」
「いただきま~す」「いただきましゅ~」
「う~~~~ん美味し~~~い!アポロ上手~。ダイビングキャッチする価値あったよ~幸せ~」
「こりゃ美味い。アポロは俺がホットケーキ大臣に任命するぜ!」
「あ~ずるいアダム!私が任命しようとしてたのに~」
「嬉しいでしゅ。二人が喜んでくれて本当に嬉しいでしゅ。それにこのホットケーキ美味しいでしゅ。ホットケーキ大臣の名に恥じない味でしゅ。アポロはこの味を絶対に忘れましぇん」
それから沙織はアポロの神社での行動を聞いて大いに笑い、とっても楽しい時間を過ごした。
ただ明日朝一番に、道真様のお社に、段ボール製の実家を作った事のお詫びを言いに行こうと思った。
「さて、遅いオヤツが終わったし晩ご飯食べるか。約束通りサオリンのお手伝いするからよ」
沙織は待ってましたと立ち上がり、晩ご飯の準備をする。
「これは卵大臣とホットケーキ大臣の僕の力が必要になりそうでしゅ」