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家出ホットケーキ ⑤

アポロは頭をかきながら照れる。続いてその粉をボウルに移した後、卵を割る作業に入る。


ホットケーキを作る事において、この作業は一つの山場といえる。子供が卵を割りたいと駄々をこねるので、しょうが無いからやらせてみると失敗し、母親が混入したカラを取るという作業はよく見る光景だ。


でもそんな失敗を重ねて子供は成長するものだから、本来なら可愛い我が子の成長を促す、微笑ましい一場面である。


しかしアポロには失敗は許されない。今こそが成長した自分を見て貰う大事な舞台なのだから。それに失敗できない理由が他にもある。それはアポロの体毛である。


アポロの手は、二本足で生活するようになってから指先がいくらか進化し、普通のトラよりは細かい物を掴むことが可能であるが、卵の細かいカラを拾えるかと言われれば難しい。もしカラを取るために粉を触ったりすると、今度はアポロの体毛が混入する恐れがあるのだ。


一般人にはアポロの体毛は見えないし、食べても有害ではないので問題無いのだが、沙織相手にはそうはいかない。


隣で先程と同じように、いや沙織もここが山場と知っているのだろう、先程以上にブツブツと呟き、アポロの成功を願っている。


緊張が部屋を支配する。アポロがドアを開けた時と同じくらい空気が重い。そんな中、ついにアポロが動く。


「・・・いっ行くでしゅ・・・」


カッカッ・・・パリッ・・・チュルン。


卵の殻が粉に混入すること無く、卵はボウルの中に滑り落ちた。


「キャーーやったよアポロ!凄い凄い!」


沙織は飛び跳ねて喜ぶ。


「ありがとうでしゅ。アポロはやり遂げたでしゅ」


アポロは沙織に応えて、両手を腰に当て胸を張る。沙織はそんなアポロの両脇に手を滑り込ませて万歳し、メリーゴーランドのように回転する。


「本当に凄いよアポロ!あれから四時間しか経ってないのに卵まで割れるようになるなんて。決めた、アポロを今日から卵大臣に任命する!」


「はいでしゅ。アポロは卵大臣でしゅ~」


二人が大はしゃぎしている時、沙織のふくらはぎに刺すような痛みが走る。沙織は、アポロを抱き抱えてはしゃぎすぎたかなと思い、痛みの元を見ると、沙織のふくらはぎにフォークを突き立てているアダムがいた。


「サオリンよー。待ってろって言ったよな!全然進まねえよ!今まだ粉入れて卵割っただけだぜ。次、牛乳入れたら牛乳大臣か?バター入れたらバター大臣?ふっくら焼けたらふっくら大臣に任命すんのか?アポロが集中してんのにそれを乱すんじゃねえよ。アポロ、オマエもだ。全然やり遂げてねえよ!忘れたのか、オマエは疲れて帰ってくるサオリンのためにホットケーキ作ってたんだろうが。明日またホットケーキ作るんなら今みたいに笑いながらしても良いよ。でも今日は違うだろ。ミッチーが協力してくれたのだって、お前のサオリンを想う気持ちに打たれたからだろ。それに応えるためにも早く作ろうぜ・・・すまねえ、腹が減って生意気いっちまった」


アポロがアダムの言葉にハッとなる。


「ごめんなさいでしゅ。アポロの言う通りでしゅ。サオリン降ろしてくれましゅか?待っててくだしゃい。すぐに美味しいホットケーキを作りましゅから」


沙織はアポロを椅子の上にゆっくり降ろす。


「ごめん・・・アダム、座ってます・・・」


沙織ははしゃぎすぎた事を後悔し、しょんぼり頭を下げながらリビングに戻っていく。


「サオリンごめんな。俺も悩んだんだ、楽しく作ってるんなら良いかなって。でもやっぱりケジメは大事だ。今日はアポロの作ってる姿を見ててもらいてえんだ。唐揚げの下準備はしてんだろ?」


アダムが鼻をクンクンと動かす。


「今は仲間はずれみたいになってるけどよ、唐揚げの時は俺達にも手伝わせてくれよ」


沙織はアダムの言葉に、バッと振り返り満面の笑顔で頷く。


「うん!」


アダムはサオリンに笑顔が戻った事に満足すると共に、少し後悔した。唐揚げを一緒に作る事を言った途端、前と同じようにソワソワし出したからだ。頼むから大人しくしていて欲しい、アダムは心からそう思った。


次に、アポロは牛乳を計量カップに注ぐ。


少しずつ傾けていけば問題ないのだが、アポロはこの行程が苦手だ。子供のアポロにとって、1リットル入りの牛乳パックは大きく、そして人間ほど指先が器用でないため、しっかり掴む事が出来ないからだ。ミッチーからもこの行程は、出来ればアダムと協力してやることと念を押された。


「アダム、行きましゅよ」


喉をゴクリッと鳴らして、牛乳パックを傾け始める。アダムは牛乳が一気に流れ出したりしないように、牛乳パックの後部を持つ。


「いいぜアポロ、落ち着いていけ。そ~っと、そ~っとだぞ」


注ぎ口から少しずつ牛乳が流れ出す。流れ出る牛乳の太さは、うどんの太さの半分程度しかないが、少しずつ目標の量まで牛乳が貯まっていく。


「アダムもう少しでしゅ。練習通り3,2,1、0で注ぎ終わるでしゅ」


「OKアポロ」


「いくでしゅよ」


「「3、2、1、0」」


二人は傾けていた牛乳パックを、かけ声と共に一気に立てる。その勢いで注ぎ口から少量の牛乳が飛び散り、二人にかかったが、計量カップには目標の量がキッチリと入っていた。


「やったでしゅ」


「良くやったアポロ」


「アダムがいなければ出来なかったでしゅ。ありがとうでしゅ」


「よせやい。照れるだろ。さあ次は牛乳をボウルに少しずつ移して撹拌だ」


「はいでしゅ」


アダムは沙織じゃないが、よく短時間で出来るようになったなと、たくさん褒めてやりたくなったが、沙織にフォークまで刺して止めさせた手前、褒めるに褒められない。それにさっきから沙織の刺すような視線が止まらない。


目だけをチラッとリビングの方に向けると、沙織が仲間になりたそうにこちらを見ている。ここであと少しでも盛り上がれば、また待てずにこちらに来てしまうことは確実だ。


アダムは沙織を華麗にスルーし作業に戻る。


リビングから「もう!#$%&$%&$%&・・・」と、声にならない不満の声が聞こえるがスルーだ。アポロは道真に教えられた通り、少しずつ牛乳を加えて撹拌し続けていた。


ここはアポロの得意な作業だからアダムは見守る。そして十分程撹拌すると、どこに出しても恥ずかしくないホットケーキのタネが出来た。


「良くやったアポロ、疲れただろ。少し休みな。俺が今からフライパンを温めて焼く準備をするからよ」


「ありがとうでしゅアダム。ヨロシクでしゅ」


アポロはそう言うと肩で息をしながら椅子に座る。指が短く、握力も弱いアポロが撹拌棒を持って、十分も混ぜる事は大変な重労働なのだ。アダムはそんなアポロを見て、ゆっくりと準備を進めることにする。


まずは火を使う前に掃除だ。卵のカラは生ゴミ入れに捨てる。次にホットケーキの粉が残っていたので、貰ったときと同じように、袋の上部から下部に向けて、何度も折り曲げて粉が出ないよう丸めてから輪ゴムで止め、それを牛乳と一緒に冷蔵庫にしまう。


その時にバターを冷蔵庫から出しておく。それからお皿をコンロのそばに準備し、沙織が恨めしそうに座っている机には、ナイフとフォークを準備する。


沙織がナイフとフォークを頂戴とアピールしてきたので渡す。今、嬉しそうにミリ単位で置き場所を決めている。出来るまでそういう風に遊んでてくれ。


最後にガスの元栓を開け、火をつける。


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