アーサー探偵団 ③
「それじゃあ行ってくるからね」
沙織はいつも通り昼食のあと出掛けた。
「ホームズしゃん。探偵って他にどんなことするの?」
アダムは沙織を二人で見送ったあと、リビングに戻りながらアポロの質問に答える。
「やっぱり尾行かな」
「尾行!アンパンと牛乳のやつでしゅね」
「・・・ワトソン、食べることがメインになってるじゃねえか。そうじゃねえからな。ターゲットに見つからないように付けて情報を収集するのが尾行だぜ」
「そうでしゅか。でもそんな人いないでしゅね~。」
「じゃあサオリンでも尾行しろよ。あいつなら見つかっても怒らないし練習にいいだろ」
「さすがホームズしゃん、頭良い!」
「へへッ。やめろよ照れるだろ!でももう一回言ってくれるか?・・・アポロ?」
振り返るとアポロはもうすでに沙織を追いかけて出て行ったあとで、部屋にはアダム一人だけだった。
「頭割れてる怪我人おいてみんな外出するとか・・・」
アポロは徹夜で疲れていたこともあり、ふて寝した。
「ただいまー。あれ?アポロは?」
「おう、おかえりー。アポロ?知らねえよ。今まで寝てたからな。サオリンと一緒にいるんじゃねぇのか?今日、あいつサオリンを尾行するって言って出てったぜ」
アダムは目をこすりながら答える
「えっ?全然知らないよ。ちょっとアダム本当にアポロの居場所知らないの?」
アダムはヤバイと思い、すぐに立ち上がり探偵コートを羽織る。
「チクショウ忘れてたぜ。あいつインドで数百年迷子だったんだ。筋金入りの方向音痴だ」
アダムの慌てように沙織も顔を青くする。
「アッアダム、アポロは大丈夫よね?」
「当たり前だろ!アイツは子供でも密林の王者だぜ。でも泣き虫だからな、今も泣いてるだろうな。早く見つけてやんねえと。サオリン!今日歩いた道をもう一度歩いてみてくれ」
「わかった。行こう」
入れ違いにならないよう書き置きを残し、二人は部屋を出た。
「でもアダムどうやってアポロを見つけるつもりなの?」
「俺達のような動物タイプの精霊は、生きてた時と同じように縄張りを作ったりするんだ。まぁやり方は大別すると二通りあって、一つは生前のように、自分のオーラをおしっこに見立てて電柱につけたりするタイプ、もう一つは体から少量のオーラを出しながら縄張りを回ることでマーキングしたりするタイプがあるんだが、アポロは後者だ。と言ってもアポロの場合は、自分で縄張りを主張するとかそんな気はないのにオーラが漏れ出ているだけなんだけどな。俺達はそれを追う」
「えっ私そんなの全然感じないよ」
「当たり前だろ。サオリンは犬の縄張りとか、あっ今言ってるのは生きている犬のことな。この犬の縄張りはここ。あの犬はこことか今まで分かった事なんかないだろ?」
「うん。わからない」
「それと一緒さ。俺達にしかわからない。そういう世界で生きてきた俺達しか感じられない。だからサオリンは今日歩いた道を歩くだけでいい。俺がアポロのオーラを感じていくから」
「うん。わかった頼りにしてるよ!」
サオリンは商店街を通り抜け、人通りの多い交差点に出る。
「まてサオリン。本当にそっちか?」
「うん間違いないよ。こっちの方向に歩いて行ったよ」
「じゃあここでアポロは、はぐれちまったんだ。こっちだサオリン」
今度はアダムを先頭にドンドン進む。
この調子ならアポロはすぐ見つかる。
沙織の心は軽くなった。
しかし、アダムは大通りに出ると立ち止まった。
「アポロはここら辺で迷った事に気付いたみたいだな。オーラの残滓があちこちにあるぜ。たぶんサオリンと似た服を着てた奴を尾行してたみたいだな。そしてここで自分が尾行しているのがサオリンじゃないと気付いた。急いで戻ろうとしたが、偽サオリンしか見ていなかったから、自分がどの道を通ったか全く分からずオロオロしてるって所かな」
「すごいアダム!名推理じゃない。じゃあもうすぐ見つけられるかな?」
「残念ながら大変なのはこれからだ。サオリンには分からないだろうが、ほぼ全ての道にアイツのオーラの残滓があるんだ。俺でもどれが一番新しいかよくわからねぇ。それに・・・降って来やがった。これで余計に状況が悪くなった。オーラが拡散しちまう」
沙織とアダムに、無慈悲な大粒の雨が降り注ぐ。道を行く通行人も、濡れないように近くの建物に避難している。
アダムと沙織は、大雨の中、立ち尽くす。いや通行人には、沙織が一人大雨のなか、絶望の表情で立っているように見えるだろう。
「サオリン、もう濡れてるけど、雨でこれ以上体温が下がらないように、そこのコンビニでカッパを買ってきな」
「でも・・・」
「早く行ってこい!お前が風邪を引いたらアポロがもっと悲しむだろうが!それまでに俺は俺で準備をするからよ!」
「うん、アダムごめんね。すぐに戻ってくるから」
沙織はコンビニに全速力で走り出す。
アダムがあんなに感情をむき出しにして大きな声をだすなんて初めてのことだ。本当にヤバイ状況なんだと分かり、沙織の心はどうにかなってしまいそうだった。
急いでコンビニに入るとカッパを3着むしり取り、傘を購入するためにレジに並んでいるお客さんに、頭を下げて順番を譲ってもらい、カッパを購入した。そして走りながらカッパに袖を通す。
「早かったなサオリン。こっちも準備が出来たぜって何してんだ?」
沙織はアダムにカッパを着せようとしている。
「サオリン落ち着けよ。俺にはカッパはいらねぇ。もう死んでんだからよ。心配してくれてありがとよ。あとすまねえが、これ持っててくれねぇか」
アダムは探偵服を沙織に手渡し、四つん這い、いや本来の四足歩行になる。犬の長所である嗅覚を最大限活用するために。
「サオリン、今度はお盆で殴んじゃねぇぞ・・・・・・ここ笑うとこだぜ。そんな辛そうな顔すんなよ、笑っててくれよサオリン。必ず見つけ出してやるからよ」
アダムはさっきの自分の態度が、私を不安にさせたのを悔いているのだろう。必死に明るく努めているのがわかる。マーキングとか沙織には全然分からないけどこれは痛いほどわかる。
だから沙織もそれに必死に応える。
「そうだね。名探偵が本気だしたらすぐだよね。早くアポロを見つけてみんなで温かいご飯を食べるよ!」
沙織の笑顔にアダムも笑う。
「それは名案だ。さぁ行くぞ!」