夏祭りステルス ④
「ねえサオリン、カボチャの馬車って何でしゅか?」
「アポロにはまた絵本を買って読んであげるね」
「さあ二人とも話は後だ。乗った乗った」
アダムは御者として牛の背に乗り、二人は牛車に乗り込んだ。
「アダムありがとう。道真様にもありがとうって言いたいんだけど、どこいっちゃったんだろ?こんな立派な牛車に乗りながら祭の喧噪と綺麗な満月を見られるなんて。なんてロマンチックなんだろ」
「なに言ってんだよサオリン。これからだぜ」
沙織がどういう事だろうと首を捻っていると、牛がアダムに振り返り、モーーッと一鳴きする。
「もう準備出来たのかミッチー!さすが学問の神様だぜ。仕事が速えな。サオリン掴まってな。ちょっと揺れるぜ」
そう言うとゆっくりと牛車が空を駆け上がっていく。
「ウワ~~~~すごーーい飛んでる~~~~私本当のかぐや姫みた~い!」
牛車は街の明かりや喧噪を下に置き去るようにして、グングンとスピードを上げて空を登っていく。三人を月明かりが照らし、牛車が進む心地よい音が神秘的な雰囲気を作り出し、上空の澄んだ涼しい風が顔を撫で、沙織の傷ついた心を癒やしていく。
沙織の顔に自然と笑顔がこぼれる。
「ウヒョー―ッ綺麗だな~サオリン!」
「ホントねアダム!私たちの住む街が光り輝いてて、まるで宝石の海みたいだね」
「オイオイッ俺が言ってんのはサオリンの事だぜ。サオリンの言う通り牛車が正解だったみたいだな。サオリンの着る浴衣と良く合ってるぜ、それに月明かりの中で見るサオリンは、かぐや姫っていったか?そいつより美人だぜ。今日は沙織姫をエスコート出来て俺の精霊犬生で五本の指に入る位に嬉しいぜ」
アダムは牛車の中の沙織を見ずに言う。しかしコーギー特有の大きな耳を倒して、短い尻尾をフリフリしているところを見ると照れているのだろう。
「ヘヘーッありがとうねアダム!お姫様扱いされるなんて人生で初めて・・・照れちゃう。世の中の男達にアダムの爪の垢を煎じて飲ませたい」
「まあ許してやってくれ。あいつ等はまだまだ男としての修行が足りないんだからよ。それに比べて俺は男10人分の価値があるからよ。いい女が分かるんだ」
「じゃあ私は男10人からお姫様扱いされてるのと一緒だ!」
「ねえアダム、僕もサオリンの事大好きでしゅ!僕は何人分でしゅか?」
サオリンの膝でナデナデされてご機嫌のアポロが質問する。
「そうだな~アポロはまだお子様だからな~五人分ってところかな」
「ヒャーーッ私、十五人の男達から愛されてるんだ。モテ期だ!リア充だ!それじゃあ帰ったら十五人が私から離れて行ってしまわないように美味しい手料理をご馳走しなきゃね」
「わーいアポロは唐揚げがいい」
「唐揚げがいいのアポロ?じゃあ山盛り作っちゃおう!」
「サオリンの唐揚げは絶品だからな。こりゃ楽しみだ。でもその前にもう一つだけサオリンに見せたいものがあるんだ。前を見てみな」
目の前には月夜とは言え闇が広がっているようにしか見えない。次の瞬間、突然闇夜を切り裂く光がほとばしり、轟音が耳を打つ。
それは月夜に大輪の花を咲かす花火だった。アダムは道真を祝う花火を海岸まで見に来たのだ。
「わあーー綺麗!花火をこんな間近で見られるなんて最高!」
「喜んでくれて嬉しいぜ!サオリン」
「わあ~~サオリンの浴衣と一緒でしゅ」
「そうだねアポロ。これが花火だよ」
三人は次々と打ち上げられる花火に魅了される。しばらくして、アダムが言う。
「サオリンはさ、花火だよ」
「お姫様の次はこんな綺麗な花火に例えてくれるなんて照れるじゃな~い」
「俺達精霊や霊は人から見れば夜の住人だ。そんな俺達にとってサオリンは花火なんだよ。綺麗でよ。輝いててよ、一緒にいたくなるんだ。でもそんな花火も昼にあげてたら馬鹿にされるだけさ。相手にされない」
沙織は浴衣をキュッと握りしめる。
「でもよサオリン、見ろよ。花火は一種類だけじゃねえんだ。今も違う種類の花火がドンドンあがってるだろ。サオリンは一人じゃねえ。この花火のように俺達を夢中にさせるサオリンのような人間は必ずいる。サオリンを心から理解してくれる奴は必ずいる。だから笑おう。いつ来るか分からないその時のために、サオリンの一番輝いてる瞬間を見せられるようにな」
沙織は声を殺して泣く。
「花火の音がデケえな。今なら誰が何しても気付かねえな~」
アダムの言葉に、沙織は今まで溜め込んでいたものを吐き出すように泣いた。アポロは幼心に気付いてるのか、沙織に静かに寄り添っている。夜空に響く轟音は、沙織の泣き声をかき消した。
三人を乗せた牛車は沙織の自宅近くの公園に降り立った。アダムが牛から飛び降りると、仕事は終わったと言わんばかりに、牛は踵を返し神社に向かって歩き始めた。
「今日はありがとよ~。また遊ぼうぜ」
「牛さんありがとうー。また差し入れ持って行くね」
「牛しゃん、今度一緒に散歩に行くでしゅ~」
三人の感謝の言葉を聞き牛は振り返り、モーーッと大きく一つ鳴いた。その声から牛も楽しかったんだとわかり三人は喜んだ。そして沙織は気になっていたことをアダムに尋ねる。
「あのさアダム、何で道真様は急にいなくなったの?お礼をしたいんだけど」
「あ~お礼ね。お礼は後でいいよ。急にいなくなったって言うより今日はミッチーの祭だからな。ずっと俺達と一緒にいるわけにはいかねえよ。今度みんなで一緒に神社に行こうぜ」
「そうか、そうだよね神様だもんね。しかも超メジャーの。私が考える以上に激務なんだろうね」
「そうそうミッチーは今大変だからよ。お礼はまた今度」
アダムは嘘をついた。道真は忙しくてここにいないのは確かだが、原因は俺達にある。アダムが沙織に今回のサプライズを提案したのは、インドで神様が空を像に乗って飛び回っているのを見たからだ。
しかし日本は神様の規律からしてきっちりしているため、空を飛ぶのであれば、神様といえども人と同じように飛行許可がいるのだ。しかも今回は人を神の乗り物に乗せるということなので大変な量の書類を書かなければならないらしい。
今頃道真は神社で疲れて寝ている事だろう。そんな姿を沙織に見られては今日のサプライズが台無しになる。この事は道真とアダムの二人だけの秘密だ。
アダムは心の中で思う。『ミッチーお疲れさん。ゆっくり休んでくれ』と。
「ありがとうねアダム、アポロ。おかげで本当に楽しかったよ。」
「良いって事よ。でも出来ればエスコートの続きで、この後の食事も作りたいんだけどよ。俺達は料理が出来ないからよ。悪いなサオリン」
「何いってんのよ。私の楽しみを取らないでくれるかしら!あなた達が私の料理を美味しい美味しいって食べてくれるのは私の幸せよ。私が料理を作る出番を残しておいてくれて感謝するわ。アダム、アンタのエスコート最高だったわよ」
アダムは沙織の感謝の言葉に、お姫様にするように片膝を突き恭しく礼を受け取る。アポロもアダムのマネをする。初めてするのでぎこちないが最高に可愛い。
「じゃあ帰ろっか。あっ綿飴買うの忘れちゃダメだね」
沙織がそう言うと抱っこをねだるアポロを両腕に抱えアパートに向かう。そんな二人の後ろ姿を見ながらアダムはしみじみと呟く。
「やっぱりサオリン、オマエはいい女だぜ!」
それからアダムは駆け出し、沙織に飛びつく。
「おい、アポロばっかりずるいぞ。おれも抱っこしてくれサオリン」
「も~~アダムは甘えんぼしゃんでしゅね~。でもアダムのおかげで今日は楽しかったでしゅから譲りましゅ」
アポロはいつものように沙織の頭部に移動し、頭に覆い被さるように抱きつき、髪の毛をグルーミングする。沙織は二人のやり取りを笑顔で見守り、アポロの代わりに両腕に収まったアダムをナデナデする。
沙織は幸せを噛みしめる。
そして、『こんな私を好きでいてくれてありがとう。私の命が続く限り二人を大事にします。二人が幸せでありますように』そう夜空に輝く月に願いをこめた。