夏祭りステルス ③
「これはどういう事だ?」
「アダム!アポロのスキル“隠れんぼ”は、アポロにしか出来ないと思ってましゅたが、サオリンも出来るんでしゅね!しかもサオリンのこと気付いているみたいでしゅのに、気付かない振りをしているみたいでしゅ。前にアダムが教えてくれたステルスってこんな感じでしゅかね?」
「スッステルスってギャハハハハハッアポロ、お前上手いこというじゃねえか!まあちょっと違うが、認識しづらいのと、あえて認識しないってのは、結果だけみるとステルスとそう変わらねえな。でも落ち込むなよアポロ。サオリンとお前じゃ才能が違うよ。生まれ持った才能がギャハハハハハッ。ひっ一人一人と誠実に向き合っていくだけだなんだからねって言ってたのに、一人もナンパしに来ねえでやんの。アポロ、サオリンを良く見て勉強するんだぞギャハハハハハッ」
アポロは尊敬の眼差しで沙織を見る。
「何よアダムの馬鹿馬鹿!せっかくのお祭りなのに私を馬鹿にして」
沙織は泣きそうになる。そんな沙織を見てアダムは少し言い過ぎたと反省する。
「ちょっ悪かったよ。冗談だよサオリン。ナンパなんかされなくたってサオリンには俺達がいるじゃねえか。機嫌直してさ、リンゴ飴食べに行こうぜ」
アダムはいつもならここで機嫌を直してくれるのに、さらに泣きそうな顔になっている沙織を見て動揺する。
「どうしたんでしゅかサオリン?どこか痛いんでしゅか?」
アポロも心配して沙織の顔を舐める。
「マジで悪かった。晩メシ抜きでも良いから機嫌直してくれよ。頼むよ」
二人がどうしようと悩んでいると、前から浴衣を着た初老の男性が、真っ直ぐ沙織の方に近づいてくる。
「よう来たな沙織。楽しんどるか?・・なんじゃ泣いておるのか?」
サオリンはその男性に話しかけられても、ブスッとしている。
「どうしたんじゃ沙織?おいそこの二人、説明せい」
「なんだおっさん。俺たちが見えるのか?」
「当たり前じゃろ。この祭は誰の祭じゃと思っとるんじゃ」
さっきまで避けられてると思ってたら、今度は変な爺に絡まれる。アダムは沙織の将来を本気で心配になる。そんな事を思っていると沙織が口を開く。
「二人ともご挨拶しなさい。アダムは間接的に何度も関わってるわよ。この方が私の知人、って言うか知神?この祭りの祭神である智神 菅原道真様よ」
「かっ神様~~~!だからサオリンはあんな強力な御守や御札を持ってたのか」
二人は挨拶をする。アダムは無礼な言葉使いも詫びる。
「ハハハッ構わん構わん。別に気にするな。気軽に話しかけてくれてかまわんぞ」
「本当かミッチー。助かるぜ敬語はつかれんだよ」
「ミッチーって・・・お前、コンビニに突っ込むくらいアクセル踏み込んできおったの まあいいんじゃけど」
「聞いてくれよミッチー。さっきからサオリンがナンパされなくて落ち込んでるんだよ」
沙織がその言い方にまたブスッとする。
「なんじゃそんなことか。そりゃそうじゃろ。沙織はお主らをハッキリと感じることができる程の強いオーラを持っておる。その力は常人でも感じられるほど強いものなんじゃ。しかしそれは常人にとっては不快感であり違和感なんじゃ。お主達はそれぞれが精霊で強い力を持っているから、その様なものは感じんじゃろうがな」
「ほら見なさい!こんな美少女が声を掛けられないのにはちゃんとした理由があるのよ!」
沙織は鬼の首を取ったかのように胸を張る。そんな得意な沙織に対して、通りかかった通行人が沙織を見てヒソヒソと話す。
「おいあの女だぜ。道やホームセンターとかで独り言が激しい女・・・」
「おお知ってる。それにあいつインドでも独り言を言いまくってる動画があるんだぞ」
「うわマジかよ、ワールドレベルの地雷女じゃねえか」
沙織が通行人を睨むとそそくさと足早に去って行く。沙織は周りからそんな風に言われているのを聞いて酷く落ち込む。
「おいおいミッチー、話が違うじゃねえか!これは気の毒過ぎて笑えねえぞ。俺達のせいでもあるんだからなんとかしてくれよ」
アダムが道真の脚を肘でつつく。
「なんとかしろって言われてもじゃな・・・ゴホンッ沙織よ。ワシらは沙織から沢山のものをいつも貰っておる。感謝する。それなのにワシらのせいでツライ思いばかりさせて申し訳ない。じゃがな沙織よ、ワシら神や精霊はわがままなんじゃ。本当に、本当に勝手じゃが沙織を悲しませる結果になると分かっていても一緒にいたいんじゃ。沙織の笑顔や笑い声がワシ等の一番の楽しみじゃからな。でも、お主が落ち込んでおると身を切られるようにツライ。沙織に幸せになって欲しいともワシ等は本気で思うておる。じゃから、これから人がいる所では出来るだけ沙織に話しかけないように我慢しようと思う。だから沙織よ、機嫌を直してくれぬか?」
「サオリン、こんなことになって本当に申し訳ねえ。反省してる。俺達はサオリンが周りからどんな目で見られるか考えずに甘えてた。これからはサオリンが幸せになれるように気を配るから顔上げてくんねえか?」
「ごめんでしゅーーサオリーン!僕が一杯抱きついたり、壁紙を破いたりしたせいでしゅーごめんでしゅーーーー」
三人はそれぞれサオリンに謝罪する。アポロは沙織の脚にしがみついてワンワン泣く。三人の懺悔を聞いて、沙織は顔を上げ、涙を拭う。
「やっやだな~ちょっとみんなやめてよ!私が落ち込んでる?そっそんな訳ないじゃない。私はみんなを見ることを出来る自分の力を大事に思ってるし、それにこ~んな可愛いトラの子供を見ることが出来て本当に幸せなんだから!」
沙織は通行人の言葉など気にしないと言わんばかりに、脚にしがみついて泣くアポロを万歳するように一気に持ち上げる。アポロは沙織が元気になったと喜び喉をゴロゴロと鳴らす。
「みんなが私に気を使って喋らないだなんて有り得ない。私はこの能力を個性だと思ってるのよ。だから隠すなんて冗談じゃない。他人に変な目で見られたり、可哀想な人とみられたりしても、私こそみんなと一緒にいたい」
そんな会話の最中にも周りから中傷する言葉が沙織に突き刺さる。
「えっ?何?劇団員か何かなの?やばっ!あの子じゃん」
「あれ綿飴一袋を独り事言いながら食べてた女やん。やっぱ危ない奴やったんやな」
「うわ~~私初めて見たわ。あの子聞いてた通り超ヤバイ」
等と沙織を好奇の目で見る人だかりが出来る。
道真とアダムは、沙織の自分達に対する想いに感動するが、数多くの中傷を受けている沙織の状況を考えると素直に喜べない。アダムは、沙織が好奇の目で見られる事なく、祭を楽しむ方法はないかと、頭をフル回転させて考える。するとある一つの記憶が蘇ってきた。
アダムは、そのアイデアをすぐに道真に耳打ちする。道真はアダムの提案に乗り、姿を消す。
「俺達の事をそんなに想ってくれて嬉しいぜサオリン。じゃあ今日は俺達が全力でエスコートするぜ。ではサオリンお手を」
アダムは片膝をつき、左手を胸に、右手を沙織に差し出す。まるで貴族が女性をダンスに誘うような見事な所作だ。
「まあ嬉しい。アダムありがとう!」
沙織は笑顔でアダムの手を取る。
「アーーッ、アダムだけずるいでしゅ!サオリン僕も手を握って欲しいでしゅ!」
アポロがアダムのマネをして、手を繋いでと駄々をこねる。
「はいはい、アポロもありがとうね」
アダムは二人のやり取りを微笑ましく思いながら、好奇の目を向ける人混みをかき分け、沙織をエスコートしていく。そして夜店が並ぶ通り過ぎ、道真を祭る神社の最後の鳥居をくぐる。すると周囲の喧噪はそのままに、人が消える。
「どうしたのこれ?アダムがやったの?」
「サオリン、一精霊の俺にこんなことは出来ないぜ。ミッチーだよ」
そんなやり取りをしていると前から、雅な装飾をした牛車がゆっくりと沙織の前まで来て止まる。
「さあサオリン、カボチャの馬車じゃなくて申し訳ねえが乗ってくれ」
「カボチャの馬車って!もうアダムったらフフフッ。私を童話の中のヒロインにしてくれるの?安心してアダム。私は牛車の方が好きだよ。私は生まれも育ちも京都だから、祭の時に牛車に着物を着て乗るお姫様に憧れてたの。今日は着物じゃなくて浴衣だけど、本当にこの浴衣買って良かった。着てきて良かった!」
「そりゃ嬉しいぜ。童話じゃあ馬車が定番だから、サオリンのテンション下がるのを心配してたんだ」
「全然逆だよ。道真様が乗る牛車って特別なの。めちゃくちゃ嬉しいよ。また道真様から話を聞いてごらん。この牛さん有名なんだよ。あとね、こんな月夜の晩なんかは特に最高なの。昔話のかぐや姫になったみたい!ナンパなんてお断りよ♪」
「ハハハハハッそうか、そりゃ知らなかったよサオリン。俺はまだまだ日本について勉強不足だな」
『あれっ?かぐや姫って確か貴族達から求婚されてたよな?サオリンお前は、ナンパお断りよの前にそのナンパすら・・・』アダムは余計な突っ込みを入れそうになるのを抑えるため、牛車を動かすための準備を始める。