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ドランクタイガー ④

「ふえぇぇーこれが絵か?」


アダムとアポロはまだ信じられないのか、壁をペタペタと触りながら食い入るように見ている。


「やるじゃねぇか!あっ大家だからオッちゃんって呼んで良いか?」


「こらアダム!大家さんになんて失礼な事を言うの!」


「まあまあ西九条さん、いいんですよ。アダム様もアポロ様も私をそのようにお呼びください」


「オイオイ、様って何だよ?俺はオッちゃんに誇れるような生き方してきてねぇからそんな物つけなくていいぜ。それとアポロもまだまだ子供なんだから甘やかしたら駄目だ。だから俺達の事はアダムとアポロって呼んでくれよ!もっとしゃべり方もフランクにいこうぜ」


アダムがそう言うとアポロもウンウンと頷く。


「お二人がそう言ってくれるなら、いつも通りの喋り方で話すヨ!それでは何故この絵を隠していたか訳を話すネ。それにはまずミーの生い立ちが重要だからそこから話すネ。何故二人を見ることができるのか?それはミーが由緒ある陰陽師の跡取りだったからデース。ミーは物心付く前から陰陽師になるための厳しい修行をしていたヨ。ミーは才能があったからネ、実力はメキメキと伸びていったヨ。それに比例するように周囲の期待も大きくなっていったネ。ミーはそれに応えようと、『えっ?人間ってそんなん出来るん?』、『グロですやん!』、『あの子のマネはするな。葬式せなあかんことなるからな』、『えっ?えっ?ちょっやっぱりグロですやーーん!』という声が毎日あがるほどの苛烈な修行を己に課したネ。十歳の頃にはもう呪詛祓い、悪霊祓い、妖怪退治等々色々やらされていたネ。まあそんな過去があるからミーは二人を見ることが出来るんデース。でも祓う対象としてアダムとアポロの二人に会わなくてラッキーだったとホッとしてマース。ミーは確実に死んでたと思いマース」



沙織、アダム、アポロは大家の変わった喋り方と、今までの低音な声で丁寧な言葉使いから、明るい声でメチャクチャ喋る変化に戸惑うが、そんなことよりもアダムとアポロの二人は大家に褒められたことを喜んでいる。


「サオリン!オッチャンは分かってましゅ。誰もが恐怖するこの密林の王者の獲物の血を求めて毎晩疼く最強の爪が持つ力は隠せなかったでしゅ」


そう言って中二病を全開にしたアポロは、沙織に飛びついて来て得意そうに手を見せてくるが、毎晩疼いていると言う割には、沙織の横で朝までグッスリいびきをかいて寝ているし、それにアポロの可愛いピンクの肉球と柔らかそうな爪は、沙織を恐怖に陥れるどころか笑顔にさせている。


「ヘヘッオッチャンは悪ぃ奴じゃねぇからよ。実際に会ってたとしても俺もアポロも命まで取ったりしてねぇよ。それよりサオリン聞いたか?俺達はエリート戦士だからよ。これからバカスカ殴んじゃねぇぞ。俺がいつまで紳士でいられるか分かんねぇぜフフフッ」


アダムがどや顔で沙織を見つめる。


「オウッ知らぬが仏とはまさにこの事デース」


「ウン?何か言ったかオッチャン」


「イエイエ何も言ってまセーン」


大家は沙織に笑いかける。沙織は驚き、その後気まずそうに目をそらす。


「話を続けマース。そんな厳しい修行の日々を過ごしていましたが、ミーが悪霊等を倒さないと困る人がいるんだと子供ながら理解してましたからツライ修行にも耐えることが出来たネ。しかし一四歳の時、神降ろしの奥義を伝授されることになったのデース。この術は降りてきて欲しい神様を紙に描き、それに神様を降ろして力を貸して貰う超高難度のスーパー強力な術デース。この術はそもそも神様を感じる事が出来なければ習得出来まセーン。でもミーは才能の塊だったので、その頃には神様をリアルに感じる事が出来てたネ。あとこの術を行使するためにミーに足りなかったのは絵の上手さだけだったネ・・・。ハハッこれがミーの人生を狂わす事になったね」


大家は壁の絵を微笑みながら見る。そして後悔の色も滲ませる。


「絵の練習は本当に楽しかったネ。子供の時から祓う、退治という消滅させる事しかしてこなかったミーが、絵とは言っても生み出すことが出来るのだからネ。ミーは暇さえあれば練習したヨ。お小遣いは画集や絵の教科書、あと道具に全て使ったネ。そんな毎日を過ごしていく内に、絵の実力もメキメキと伸び、十七歳の時に神降ろしは成功したネ。ミーが描いた絵に神様が宿るのを見て、絵を描き始めてから心の中に芽生えていた画家になりたいという気持ちを抑えられなくなったネ。その事を家族に伝えたけれども、全く取り合ってくれなかったネ。『神降ろしまで極めたお前が何を血迷った事を言うか!』ってネ。もう本当に酷かったヨ、画家という言葉を出すだけでパピーはミーを殴っていたからネ」


大家は父親に殴られた痛みを思い出したのか左頬を撫でる。


「それでミーは決心したネ。今まで陰陽師の仕事で正規の報酬以外にも、よく頑張ってくれたということでミー個人にくれたお金の貯金が三百万円程あったからね。それを持って十八歳の時に家を飛び出して好きな画家の所に押しかけたね。その方は心優しい人でミーに一から描き方を教えてくれたね。そこで画家になるために毎日キャンバスに向かう日々がミーにとって一番幸福な時間だったと思うネ。楽しかったー・・・。ただ人生は厳しいものヨ。ミーは二十四歳で筆を折ることになるヨ」


大家は夕日が差し込む窓まで歩く。出来れば語りたくないだろう恥を語るための準備なのだろう。少し間を置く。


それから、大家は長い間、自分の中で封印してきた話をぎこちなく喋り出す。


「あの・・ミーは二十四歳の時にさ、・・初めて彼女が出来たネ・・。嬉しかったヨ。それに絵も師匠から褒められだした頃だったから・・・調子に乗っちゃってネ・・・その・・二股しちゃったヨ。ミーは愚か者ヨ、世間知らずだったヨ。彼女が一人でこんなにも楽しいんだから二人いればもっと楽しくなるはずだって思っちゃったヨ・・・」


沙織の目に、過去の事といえども侮蔑の光が宿る。アダムはウンウンと頷き、まあそんな過ちもあるだろうと受け止めている。アポロは全くついて来れず。頭には?マークが浮かんでいる。


「にっ西九条さん、そんな目でミーを見ないで・・・なっちゃうヨネ~。そういう風な目になっちゃうヨネ~。ミーはそんな目で見られてもしょうがない最低な事をしたヨ。そして西九条さんに午前中に言った『壁紙が卵やマニキュア、口紅で彩られてまるで現代アートみたいになってた』ってその部屋が実はここネ。ミーの彼女と浮気相手はここで大喧嘩したよ。当然ミーはボコボコにされたよ。二人の女性も引っぱたき合って頬が赤く、所々は内出血しているんじゃないかと思うくらい傷ついてたネ。そして二人は泣きながらミーに迫ったね。どっちを愛してるの?ってネ。ミーは・・・・・・・・・・・選べなかったネ」


沙織は過ちに気がついた。目の前にいるのは侮蔑する価値すらないゴミだと。アダムは「気持ちは分かるが、それをやっちゃあお終いだよ」と腹を抱えて笑っている。アポロはもう眠たいみたいでアダムにもたれかかっている。


「あっああ~~っ西九条さんの目が呪詛を行う人の典型的な目になっている~。やっやめてマジで、マジでシャレになんないから!うう~~こんな感じになる事は分かっていたのに・・ツライですネ。いや目を閉じれば今でもはっきりと思い出せる彼女たちの苦しみを思えばなんのこれしき。・・・それからミーは彼女達からの問いに三日間悩んだネ。そして私は付き合っていた彼女を選んだヨ。でもミーはどうしても浮気相手の事が忘れられなかったヨ。愛する彼女とどんな事をしても『あの子ならどんな顔をするかな?』『あの子とならここでどんな会話をしただろう』って頭によぎるのヨ。そこでミーはこの・・・絵を描いたネ。この絵はミーの中で浮気相手が死んだことにするために描いたのヨ」


沙織は浮気をやめ、彼女にツライ思いをさせないように必死に努力した大家の事を、ゴミから一応目に映る事を許す程度には見直した。アダムも「そうだぜ!やっぱりケジメが大事だぜ」とウンウンと頷きながら、アダムの太ももを枕にして寝るアポロをナデナデする。


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