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ドランクタイガー ③

「さあ、それじゃあ壁紙を貼り直すよ!」


「「オー!」」


沙織の号令に、二人は元気よく応える。沙織達は壁紙と道具一式、それとジュースやおやつをたくさん買い込んでアパートに帰ってきた。そして日が落ちる前に修理を終えようと、休む間もなく作業に取り掛かる。


「じゃあまず破いた壁紙を剥がすか。サオリン、肩を貸してくれ」


「えっ?何で?精霊はフワフワ~ッて浮けるんじゃないの?」


「いや、出来ねえよ。精霊は幽霊と違うんだ。強い力を持つ対価ってことなのかな?よく分からねえが、生前の生態と同じような行動、犬の俺なら地面を歩くとかしか出来なくなる。まあそれもその精霊の力次第だな。それ飛んでるのと変んねえだろっていうジャンプする奴もいるしな」


「へえーそうなんだ。そう言えば浮いてるところ見た事ないね。じゃあちょっと待ってね。ここが良いかな」


沙織は天井付近に破れた壁紙の継ぎ目を見つけると、その下の壁に手をついた。壁紙を上の方からビリッと一気に剥がずために、サオリンの上にアダム、アダムの上にアポロと、ブレーメンの音楽隊のようにして、天井付近までアポロを運ぶ。それからアポロは、壁紙の一部を、自慢の爪を使って少しめくるとそれを掴んだ。


「それじゃあ行くでしゅ!」


アポロは一気にアダムの上から飛び降りた。壁紙もそれにつられてビリビリと大きな音を立てて剥がれていく。


成功だ。計画どおりに進んだことに三人は拍手をして、作戦の成功と各自の頑張りを讃え合った。


「アポロ、やるじゃねぇか。飛び降りる時に、もうちょっと渋るかなと思ってたのに早かったな。さすが小さくても密林の王者だぜ。それでふと思ったんだが、今みたいに飛び降りる時に爪で引っかいたら敵に大ダメージを与えられると思うぜ。よし、このアダムがその技を“奥義 壁紙剥がし“と名付けよう」


「うわーカッコイイでしゅ~!ありがとうでしゅアダム。アポロは一生懸命練習するでしゅよ。奥義壁紙はがし」


アポロがその気になってその場でジャンプして、爪をむき出しにした右手を振りかぶっていると、沙織がアポロの両脇に手を入れて持ち上げる。


「ハイ駄目~。アポロそれ部屋でやっちゃだめだからね。危ないしまた色んな所に傷をつけそうだからその奥義封印しま~す」


「おいおいサオリンせっかくアポロに男なら、特に中二の男なら誰もが持ちたい奥義を考えてやったのに即封印とか・・・いや、そっちの方が中二心をくすぐるか・・・クッやめろ!暴れるんじゃねぇ俺の右手!みんな、俺の理性が残っている内に早く逃げるんだ!」


アポロはアダムをキラキラした目で見ている。まさか発病してしまうのか。


「サオリン、今すぐ僕を床に下ろして欲しいでしゅ!さもないとこの右手が、王者の右手が血を求めてサオリンを貫いてしまうでしゅ」


「おーー!いいねアポロ良いよ~。さすがこれから現役を迎える世代だ。中二病が完治してしまった俺なんかとレベルが違うぜ!」


アダムとアポロは壁紙を剥がしただけで大盛り上がりだ。サオリンは発病してしまったアポロを哀れに思いながら次の作業に進むためにアポロを優しく床に下ろす。


「二人とも遊ぶのはそれくらいにして次のさ・ぎょ・・う・・・」


「どうしたサオリン、何かあったのか?」


アダムの問いに、沙織は震える指で壁を指し示すことで答える。アダムとアポロが壁を見ると・・


「「「ギャアアアァァァァァァァァァァァーーーーー」」」


三人は一斉に大きな悲鳴をあげた。悲鳴を上げるのも無理もない。壁紙を剥がした後の壁には、棺桶に入った青白い顔をした死んだ女性がいたのだから。


「もっもっもう奥義 壁紙剥がしの犠牲者が出てしまったでしゅ。でっでもアダム、アポロは棺桶なんか用意した覚えはないでしゅよ」


「バッ馬鹿野郎アポロ!そんな訳ねぇだろ。こっこれは殺人事件だ。サオリン、警察に電話だ!」


サオリンの方を見ると腰が抜けて電話どころじゃなく、玄関に向かって這出ようとしているところだった。アダムとアポロも沙織に倣って玄関に向かおうとしたその時、サオリンの横顔が壁に埋まっている女性と同じように白くなっていくのが分かった。


二人が玄関の方を見るとそこには、作業着を着て右手にギラギラ輝くノミ、左手には金槌を持った小麦色に焼けた中年男性が、鬼の形相で立っていた。その男は三人をゆっくりとじっくり値踏みするように見て言う。


「見られてしまったか、ではしょうがない。始末するか」


男は刃物を振り上げ三人に近づく。男の迫力と刃物の恐怖で三人は同時に意識を失った。


「・・・・丈夫・・か」


「・・九条さん・・?」


「西九条さん大丈夫ですか?」


沙織は頬をペチペチと叩かれる振動と自分を呼ぶ声に反応し意識を取り戻した。しかし目を覚ましたその目の前には意識を失う原因となる男がいたのだ。沙織は言葉を失った。わざわざ目を覚まさせてどうするつもりだ。殺すなら意識を失っている時に一思いにやってくれれば良いのにと思った。自分の心臓が今までにないくらい激しく脈打つのを感じる。


「おおーー良かった気がついた。驚かせてすいません。西九条さん、私です、大家ですよ」


沙織は始め何を言われたのか分からなかったが、三秒程経過した後に意味を理解し、もう一度よく男をよく見る。確かに大家のようだ。沙織は今までサングラスをかけ、アロハシャツを着て、変ったしゃべり方をする陽気な大家しか知らず、それに大家に会ったのも部屋を借りる時と、そしてさっき壁紙の修理の許可を貰いにいった二回しかないので気付かなかったのだ。


「西九条さん本当にすいません。悲鳴が聞こえたものだから許可を得ずに黙って部屋に入ってしまいました。いやっ心当たりがあったんですよ。あっ見られたなと。これは私の恥というもので出来れば隠し通したかったものだったんですよ。運悪く今回傷付けた壁紙がここだったなんて」


大家は、ばつが悪いのか、いつもの片言の日本語ではなく、しっかりとした口調で、さらに敬語で沙織に話しかける。しかし沙織は大家に対する警戒を緩めなかった。なぜなら沙織は大家の言ってる事など到底理解出来なかったからだ。


「はっ恥とかそんなレベルじゃないじゃないですか。さっ殺人ですよ。何があったか知らないけど人を殺すなんて!・・・私も殺すんでしょ!それからあの女の人と同じように壁に埋めるんでしょ!」


沙織はどうせ殺されるならと開き直り大家に怒鳴った。


「西九条さん。しーーー!」


大家は慌てて沙織の口を手で塞ぐと同時に人差し指を自分の口元にあて、静かにのジェスチャーをする。


「西九条さん違います。違いますって!あれは私が描いた絵です」


大家はもう大きな声を出されたくないのか沙織に囁くように弁解をする。


「えっ?絵?えっ?」


沙織は振り返って壁をよく見る。


「いやいやいや、嘘でしょ。これが絵?」


大家の言うことが信じられず沙織は恐る恐る壁に手を伸ばす。この間にも沙織は壁の女が、ホラー映画のように、いきなり目を開き噛み付いてくるのではないかと不安になる。


女の顔に指先が触れる。モルタルの壁の冷たい感触だけが指先を通して伝わってくる。


「・・・絵だ」


沙織が脳でそう認識すると、先程まで恐怖の対象であった棺桶で眠る女性が今度は神々しく感じる。絵の事なんて全く分からない沙織ですら心を揺さぶられる。死の優しさ、厳しさ、そして死を極限まで表現した絵だからだろう、生きていることの素晴らしさを、絵が本能に訴えかけてくる。


「でもどうして?なんでこんな素晴らしい絵を隠したんですか?」


「それは、今も気絶している精霊様達を起こしてからにしましょうか」


沙織はハッとして周りをみると、アダムとアポロはだらしなく腹を見せたまま気絶していた。沙織は大家の言うことに同意する。


「そうですね、アダムは絶対起きたら大家さんを問い詰めると思うから、大家さんの言う通り一緒に話を聞かないと二度手間にな・・る・・・ちょっ大家さん!二人が見えてるんですか!?」


「ええ見えてますよ。二人の精霊様がへそ天で寝ていらっしゃるのが」


「うわ本当に見えてるんだ!アダムとアポロ、え~っとコーギーの方がアダムで、トラの方がアポロなんですけど、精霊様なんて呼ばずにアダム、アポロと呼んであげて下さい。様付けで呼ばれるの嫌がると思いますから」


「いえいえとんでもない。アダム様もアポロ様も非常に強い力をお持ちですから。何の許可も無く、私がそう言う訳にはいきません。それより先に起こしましょうか?私が何故、精霊様を見ることが出来るのかも含めてお話します」


二人は協力して二人を起こした。沙織はアポロを、大家はアダムを起こす。アダムが起きた時は沙織と同じようなリアクションで、


「俺をわざわざ起こしてどうする気だ!フンッ、まあ殺さねぇ理由なんて一つしかねぇよな。俺は家族の事は喋らねぇ!一思いに殺しな!」


とカッコ良く吠えたところで、大家の後ろでアポロを抱っこしながら手を振る沙織を捉え、安心したのかまた気絶しそうになった。


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